古都は、モダンな町だった

中国の西安には「古都」「旧跡」「古風」のイメージを、とにかく強く抱いていた。北京の南西に位置する西安といえば、 古代中国文明の中心地。日本の奈良時代の平城京、平安時代の平安京のモデルになったと子どものころに習った。中国の都は、さぞかし住みやすく素晴らしかったのだろうと想像したものだ。

それに、ローマまでのシルクロード(オアシスの道)は、ここから始まったと一般に言われているし、2千年以上も土の中にあった兵馬俑(死者とともに埋葬した人形)がいまも発掘・修復中だなんて、古さがシンボルだとしか思えない。が、訪れてみれば、現代的な部分もたくさんあった。


 

ハイセンスなショッピングセンターや最新式の地下鉄・高速鉄道駅などはピカピカで、まだ真新しさに満ち、泊まったホテルでは日本人が期待するスタンダードなおもてなしを受け、銀行では英語できちんと対応してもらえたし、英語が通じない店ではスマホをサッと出してくれて通訳アプリで会話できた。夜になれば、西安駅付近では、ここあそこにある便利屋(いわゆるコンビニ)もそのほかの店も電飾の服で着飾ってまぶしく、人がたくさん行き交い、まるで見慣れた都会の騒がしい夜のようだった。西安が中国経済のかなめの1つだというのが、わかる気がした。

それでも、古い町がかもし出すほのぼのしたムードは押されることなく、しっかりと漂っていた。

1時間100円のバスにゆられて

西安は、最初、中国の旅のプランには入れていなかった。ただ、兵馬俑は必見という意見を無視できず、せっかくだから見ておこうと足を延ばすことにした。兵馬俑博物館に行くには、西安駅脇から乗るバスが便利だ。片道約1時間、往復200円ほどと、ほぼ無料。地元の人も乗るバスで博物館までノンストップではなく、途中下車する人も多い。時刻表はなく、何台もが待機していて満員になり次第出発するシステムだ。朝7時から動き出すので、大きい看板が出ている乗り場に7時前に到着するようにした。もう80人ほどが並んで待っていた。列は徐々に長くなっていった。

タクシーで行くなら、往復8千円ほどかかる。相乗りしてグループで行くこともでき、これだと博物館で英語ガイドがついて、やはり8千円ほど。バスは、ふかふかの座席ではないが、奇麗だし破格だし乗り場がわかりやすいし、車窓の景色が少し高い目線からになるので、おすすめだ。

西安の朝、窓越しの光景は中国に慣れ親しんでいる人にとっては、きっと代わり映えしない。でも、テーブルを囲んで朝ごはんを食べている人たち、緑のある場所でグループで体操する人たち、乗り物でまたは歩いておそらく働きに出かける途中の人たちの、どの一コマをとっても、中国らしさがにじみ出て印象的だった。中国の人たちからは、躍動感が伝わってくる。それは、こちらの勝手な見方かもと思ったけれど、バスが博物館の駐車場に着くころには自分の中にエネルギーが湧いてくるのがわかった。

兵馬俑は感動か、はたまた落胆か 現代人に与える様々な思い

兵馬俑は、紀元前の人物、秦の始皇帝の陵墓の一部で、死後の自分を守るためにと作らせた、いわば、お守り。生前から着手して、陵墓の完成までに約40年間もかかったという。歴史好きの人にとっては、とても感動する場所に違いない。何度も訪れる人さえいる。

博物館は、いくつかのホールに分かれている。「1号坑」というホールには兵馬俑約6千体が並べられている。みな、「ようやく見られた」という勢いで熱心に撮影していた。時間が早くて訪問者はまだ少なめで通路に余裕があり、いいアングルを探しながら撮影して奥へ進むと、修復作業場があった。  

何千体にも及ぶ兵士や馬などのこの像は、すべて手作りだ。材料は粘度で、体の各部位をかたどってから組み合わせ、それから焼いて鮮やかに色づけしたそうだ。色はほとんどが褪せてしまった。もしもオリジナルの色が見えたとしら、インパクトの強さは何倍にもなっただろう。

スケールの大きさや一体一体手の込んだデザインに驚かされる、教科書で見たものが目の前にあって感動した、絶対に1度は見ておくべきという感想が多い中、もっと規模が大きいと期待していた、1つとして同じ顔はないとはいっても、どれも似ていて退屈してくるといった両極的なコメントもある。

友人の1人は、「秦の始皇帝陵と兵馬俑坑」が、世界文化遺産に登録された1987年ごろに訪れた。「中国史にそれほど興味がないけれど、すごく印象的だった。始皇帝が自分の死後まで守らせようとする執念と、それが実際にできた強大な権力を思って背筋が寒くなったことを、もう30年以上前のことなのに覚えている」と話していた。

自分の感覚がどう刺激されるかは行ってみてからのお楽しみとして、あまり意気込まずに訪れるといいのかもしれない。

美味しい水餃子の店

西安では、思いがけず、おいしい餃子に出合った。中国では、餃子は、普通は焼き餃子ではなく水餃子で、しかも一品料理ではなくメインディッシュだ。焼き餃子派で自分でよく作り、水餃子には興味がなかったとはいえ、中国に行ったら、ぜひ食べ比べてみたいと思っていた。

豚肉、牛肉、エビなどの具を選んで、北京と上海でも食べてみたが、開店80年以上の老舗、西安の「解放路餃子館」が1番よかった。どの店も厚めの皮で、ほおばるとジューシーな具が口に広がるのも同じ、決め手は具の味だった。具の旨味をしっかりと感じられて「とても、美味しい!」と素直にうなずけたのは、「解放路餃子館」の水餃子だった。

それと、「解放路餃子館」には、醤油があったのが嬉しかった。水餃子は黒酢につけて食べる習慣で、北京と上海で入った店には黒酢以外にはタレや調味料がなかったのだ。

あとで知ったのだが、「解放路餃子館」は名の知れた店だった。いまは外食の選択肢がぐんと増えたが、ここは昔は行列ができるほどだったらしい。西安の兵馬俑と聞くと水餃子を思い出す、そんな、ゆるやかな旅程もいいものだ。

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All Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美

ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/