巨大な都市、北京の一員になる

2019年夏、初めて中国に降り立った。広大な中国には魅力ある都市は多い。今回は、北京、上海、西安の3都市に滞在することに決めた。日本人の友だちで2008年の北京オリンピック以降に中国旅行した人はいないし、ヨーロッパ人の友だちや知人も「日本に行きたい」「日本に旅行した。またぜひ行きたい」という人ばかりで、友人たちの目を通した最近の中国について聞くチャンスがなかった。それで、ぼんやりとした中国像をもったままの出発になった。

まずは北京。とにかく広くて、地図と実際の距離との違いに少々面食らった。地図上では細い道が、実は何車線もある道路だったということは普通で、また、バス停から目的地まで地図で見ると数ブロックだから歩けると思いきや、1ブロックが異様に長いことに途中で気づき、そこから地下鉄に乗ったりした。

中国は、国内の観光客が断然多い。地元の観光関係者によると、観光客100%のうち、95%が中国人なのだそう。宿泊した大型ホテルのロビーで見かけたのは、中国の人たちばかりだったし、観光スポットでは中国の身分証明書を提示する人たちが本当に多かった。夏休みで、父、母、子供たちという家族連れも目立った。

北京は、まさに見どころ満載。紫禁城、天安門、前門、天壇公園、雍和宮、頤和園。中国観光の初心者としては、これら定番中の定番は見ておきたい。名所はどこも、建造物の色遣いが素晴らしい。どこかしらに木々が植わっていて、美しさに輪がかかっている。

熱心に目当てのオブジェや風景を撮影する人たち、嬉しそうにセルフィーする人たち、床や椅子に座ってのんびり休憩する人たち。同じアジア人だということも手伝ってか、目の前のたくさんの人たちの中に自分が溶け込んでしまったかのような錯覚に何度か陥った。

中国の伝統芸能として有名な雑技のショー観賞も人気だ。雑技団は、国有、民間合わせて曲芸師が全国に数十万人いるともいわれ、親しまれている。毎日、夕方に上演している朝陽劇場(1984年オープン)前は、観光バスで観賞に来た団体客でひしめいていた。道行く人も、その光景に思わずスマホ撮影していたほど。軟体技、輪くぐり、片手倒立、椅子倒立、皿や駒回し、大人数での自転車乗りなど、伝統的な演目の数々に、大きい球体の中を数台のバイクが勢いよく走る現代風のアクロバットで1時間の幕が閉じ、拍手喝采でたいへんな盛り上がりようだった。

もちろん、誰もが行ってみたいと憧れる郊外の万里の長城も旅程に入れた。公式全長が約2万1千㎞という長城には、登れる場所が複数ある。ある旅行サイトによると、八達嶺、慕田峪、司馬台、金山嶺 、箭扣の順で空いていくそうで、最も混む「八達嶺」より訪問客がいくらか少なめの「慕田峪」へ、車をチャーターした。

午前6時半にホテルを出て「こんなに早く出発できるのは、日本人だからですよ」と運転手に感心されたが、日差しが強くなる前に、そして訪問者が押し寄せる前に城壁を歩けるなら、早起きも全然苦ではない。公共の交通手段のほうがもちろん安いが、乗り換えを考えると車はいい選択だ。慕田峪は、往復ロープウェー(ゴンドラ)のほか、行きはリフトで帰りは滑り台(スライダー)という方法もあり、一風変わった体験もできる。その後は、明の十三陵(明の時代の13人の皇帝と皇后の墓所群)のうちの定陵にも立ち寄った。

北京ダックと、冷えていない水

暑さのせいだろう、あまり食欲がわかなかったものの、専門店での北京ダックには満足した。目の前でスライスしてくれたハーフポーションの皮をまず食べた。不思議なほどに、油の風味がさっぱりして、おいしい。さあ、いざ身をというとき、片言の英語で「説明させてください」と給仕が言った。何だろうと思ったら、「正統な食べ方」を教えたかったのだ。スライスは2,3枚がいい、ネギやキュウリはこれくらいを目安に、皮の巻き方はこうでと身振り手振りで見せてくれた。けれど、見回せば、みな食べたい量だけ巻いて自由に食べていて、ちぐはぐ感がユーモラスだった。店によって味は違うから、気に入ったダックを見つけるには、やはり食べ比べをするといい。

北京ダック

中国では、飲み物が冷えていないことが多く(消化の関係で中華料理には冷たい飲み物はよくない)、この店のマンゴージュースもぬるかった。夏でも飲み物は、本当はぬるめ、または温かい方が体にはよいと聞いたことがある。コンビニで冷蔵庫に陳列されているものも、冷え冷えではない。ただ、ホテルのペットボトル水サービスでは、室内の冷蔵庫でしっかり冷やしておいてもらおうと、漢字だけを並べて客室清掃員にメモ書きしておいた。メモ書きのリクエストは通じた。そんな小さいコミュニケーションが妙に嬉しかった。

裏通りも歩いてみた。ホテルの近くをふらりと散歩したとき、小奇麗なマンションとともに、面白い形の古びた集合住宅も見かけた。室内はどんなふうだろうか。その付近には、东茶食胡同という名の通りがある。胡同とは、元、明、清の時代に作られた古いスタイルの家が並ぶ路地のことで、北京に7千以上点在しているという。現在、北京の人口の約半数が胡同で暮らしている。ただし、この庶民たちのストリートは開発をまぬがれることができず、壊されて全体の数は減っている。东茶食胡同もほんの一画が残っているだけだった。観光化された胡同もあるが、中国のもう1つの表情を探しに、通常の胡同に行ってみてもいいだろう。

胡同そば 住宅

鉄道予約はオンライン、快適な一等車

北京から上海への移動は飛行機でなく、電車にした。2都市間は、安全のため数年間抑えていた最高時速が約2年前に再び350㎞になって、たった4時間半だ。乗客の多さを予想して、チケットは早めにオンライン購入した。1か月前からの発売だが日本の新幹線と同様で事前予約ができ、スムースにチケット引換券が届いた。引換券は北京駅でチケットと交換した(注意:上海への電車は北京南駅発で、北京南駅でも引換可)。駅はしばらく見入ってしまうほど、レトロで趣があった。

席は1等車(約1万5千円)に取った。日本でも報じられている「覇座(他人の指定席を勝手に取って、どいてくれない)」行為のことが気にかかっていたが、心配無用だった。

車内では、お菓子と飲み物のプレゼントがあり、1等席にいる気分を高めた。車内販売があるのは日本と同じ。パッケージ入りのフレッシュな果物を販売したり、温かいお弁当を注文できたりというサービスは中国独自。そんな小さい違いを逐一面白がっていたが、1番驚いたのは、乗客たちがとても静かだったことだ。1等席のおかげか、それとも運がよかったのか、中国の人たちは、とにかくどこにいてもにぎやかだというイメージとは全然違った。車窓の風景は、田舎と街が交互に現れて飽きなかった。

上海に到着し、世界から称賛されている日本の新幹線清掃員たちのようなチームは、さすがに見当たらなかった。でも、乗車中にごみ回収スタッフが回ってきて清潔に保つ工夫がされ、好感がもてた。

上海の夜景を求め、また人の波にのる

上海市内へは地下鉄で向かった。鉄道駅に連絡している地下鉄駅は、当然ながら込み合う。切符を買うのはすんなりいっても、改札内に入る際の手荷物チェックのために長蛇の列ができやすので、心の準備はしておいたほうがいいかもしれない。一方、そのほかの地下鉄駅に設けられている手荷物検査では、列の進みは早い。ちなみに、整列乗車は、北京でも上海でもだいぶ達成されていた。

到着した晩は外灘へ。黄浦江の両岸に浮かび上がる電飾があまりにも有名だ。最寄り駅に着くと、急に人がわいてきた。これは、きっとイベントがあるのだと思ったら、みんなが同じ方向を目指していて、外灘へ行く人たちだとわかった。こんなにたくさんの人が一度に河川沿いを歩けるのかと不安がよぎったが、そこは中国。遊歩道に入ったら、いつの間にか、少し余裕がある程度に散らばった。

しばらく歩いてから、ソフトクリームを手に小休憩した。人の波が、まだまだ外灘に向かってくる。地下鉄に乗るのをやめ、30分以上かけて夜の町をゆっくり歩いてホテルまで戻った。

上海の観光スポットは、どこもアクセスしやすい。1か所にどれくらい時間を取るかによるが、何か所も見て回れるはずだ。時間帯によっては、随分空いているスポットもある。古さと新しさのコントラストを、上海でも思い切り堪能してほしい。

上海を離れる日、北京と上海で訪れた場所を振り返りながら、もっといろいろ見てみたかったという思いがこみ上げた。そして、親切な人たちの顔も次々に浮かんできた。小銭がなくて地下鉄の切符売り場で困っていたときに助けてくれた若い女性。いかにも人がよさそうで、盛んに話しかけてきたコンビニの店員。高速鉄道の車内でwifiのことを尋ねたら、一生懸命説明してくれた家族。 見所の魅力に、そんなキラリと輝くエッセンスが加わって、遠かった中国の内側との距離は確実に縮んでいた。

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All Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美

ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/