世界の共通語と言えば最初にあげられるのが英語だろうが、フランス語を話す国や地域も多い。特に中央・西アフリカの地域では22カ国がフランス語を公用語としているし、それ以外の国の中にもフランス語準公用語として使われている国もある。また、国際オリンピック委員会(IOC)の第1公用語はフランス語であるように、多くの国際機関のフランス語が公式な言語になっている。

フランスは19世紀から、国内の労働力を増加させるために移民を積極的に受け入れてきた。当初は近隣諸国からの受け入れが多かったが、1960年代からはフランスの旧植民地の国々からの移民が増加した。今回はパリで、旧植民地のモロッコとセネガルの料理を食べる。

ラムのタージーンをクスクスで

モロッコ王国が正式名称のモロッコ。北大西洋の港湾都市で通商の要であるカサブランカや、迷路のように小道が入り組む古都マラケシュ、モロッコ文化の中心ともいわれるフェズなど、魅力あふれる街が多く世界中の旅行客を惹きつけている。国民のほとんどがイスラム教徒で、その食事はイスラム教の戒律に従ったものとなる。一方、フランスにすむモロッコで生まれた人の数は100万人以上だ。日本全体で、在留外国人の数が260万人程度であることを考えれば、この数の多さが実感できるだろうか。

セーヌ川に浮かぶシテ島のノートルダム大聖堂から北へ1㎞ほど行けば、アートとカルチャーの中心「ポンピドゥー・センター」がその近代的な姿を現わし、そのままさらに1㎞進めば、もう一つの凱旋門「サン・マルタン門」が見えてくる。そこを右折すれば、Zerda Caféはもうすぐだ。モロッコ風の装飾が施されたドアは一般家庭の玄関のものと同じくらいの大きさであまり目立たない。かろうじて、歩道にテーブルと椅子が出ていたので、それと気づいた。

本格的なモロッコ風のインテリアで飾られた店内の天井には空が描かれていて、まるでマラケシュなどにあるようなリアド(民宿)の中庭を模したようなエキゾチックな雰囲気だ。その中央には石でできた水盤が置かれているという徹底ぶり。入店したのは13時30分を過ぎたころで、きびきびと動く初老のウェイターに、「ここで食べるべきものは何か」と聞けば、「Zerda Couscousだ」とにっこり即答してくれた。

テーブルに運ばれてきたのは、ラムラック、ケバブ、ミートボールにメルクェズというソーセージ、更にラム肉料理が載るプレートに、ひよこ豆と小粒のブドウの付け合わせと、地中海地方ではメジャーな唐辛子のペーストであるハリッサに、ボール一杯にギュッと詰められたクスクス。トマトベースの野菜のスープはクレイポットに入っている。何も入っていない深めの皿に料理を取りスープをかけて食べる。

スパイスの効いた肉料理はラム好きにはたまらない。ハリッサの辛さが食欲をそそる。煮込まれたニンジン、セロリ、ズッキーニは柔らかいが、それぞれの味と食感がしっかりと味わえる。クスクスは小麦粉を使ったパスタの一種だが、ほんの小さな粒のあつまりだから、ほろほろと崩れて粘りはほぼない。それがスープを吸えば、いわゆるつゆだく状態になるものの、いつまでもその形は残っていて粒感を楽しむことができる。

すっかりモロッコの味を堪能してミントティーを飲み終えたころには、ランチタイムも終了。外に出ればパリの現実世界が待っていた。まるでモロッコへ旅をしたような時間だった。

コスモポリタンな11区でセネガル料理

パリ11区は、コスモポリタンな土地柄で最近人気らしい。最先端の洋服や雑貨を売る店や新しいカフェも多いマレ地区から少し東へ行くと、バスティーユ広場に出る。そこから、カフェやレストラン、バーが並んでいて騒がしく猥雑な狭い通りをしばらく歩き、少し落ち着いた雰囲気になったあたりにあるのが、セネガル料理の店『WALY FAY』だ。

西アフリカでよく飲まれているという「Flag」というビールを飲んだ。すっきりとして喉越しがいい。Flagはフランス資本のビバレッジの国際企業 Castelが製造販売しているが、元々はモロッコで醸造していた企業を買収した結果なのだそうだ。ここで飲んだFlagはエチオピアで醸造されたものだった。しばらくして運ばれてきた前菜が Soya。牛肉を串に刺して焼いたもので、キャッサバ粉をまぶしてある。豆を煮て辛く味付けしたものを一緒に食べる。さて、ウェイターはマリ出身の若い黒人男性でフレンドリー。広いフロアを仕切っている二人のうちの一人だが、テーブルの間を歩き回り、フロア中をいい意味でコントロールしていて、よく気が付く。それにその無駄はないが丁寧な仕事振りが気持ちいい。

その彼がセネガルの代表料理だとすすめてくれたのがThiep bao Dien (チェブジェン)だった。ハタ科の白身魚をピーナッツオイルでコンフィにし、キャッサバ、白ニンジン、ロメインレタスと一緒に煮る。そしてその煮汁で米を炊く。この料理のベースは干したイカとスモークした魚にトマトなので、しっかりとした出汁感があって旨味がたっぷりだ。魚の切り身は身が厚く食べ応えがある。

キャッサバは、その芋の澱粉がタピオカの原料であるタピオカ粉になる植物で、前述のキャッサバ粉がつまりタピオカ粉と同じものだ。チェブジェンにはキャッサバの芋そのものを使う。繊維質がしっかりとしていてサツマイモのような食感だが、味はさっぱりとしている。

セネガル料理はアフリカの中でも洗練されていると言われ、旨味成分がしっかりと味わえるから日本人の口にもよく合う。食後にはアフリカでよく飲まれているルイボスティーをいただいた。「自分たちは“ブッシュ ティー”って呼ぶんだ」と、ウェイターが教えてくれた。

店の内装も、そして外観も全く飾ることがないのにアフリカの趣が漂ってくるのは、きっとこの店がアフリカから渡ってきた人たちによって運営されているからに違いない。

日本に住む海外の人たちの数はまだまだ少ないが、これからはどんどん増加していくだろう。いったいどんな国からどんな人たちが来て、新しい日本を一緒に作っていくことになるのか、チャレンジも多いだろうが気になるところだ。


All photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/