1600年代になって海外進出を始めたフランス。まずはカナダから始まった。1800年代には、アフリカ、インドシナ半島が植民地となり、第2次世界大戦後までフランス領であった。その後はそれらの国からも移民を受け入れ、旧植民地でフランス語を話す人たちが渡仏してきた。また、第1次大戦後の委任統治領であった中東、シリア、レバノン、(東)カメルーン、(東)トーゴからも、フランス語を話す移民たちがやってきていた。今でもカリブ海沿岸、南太平洋、インド洋に浮かぶ島国などは、引き続きフランスの海外領土だ。

フランスといえば伝統的な料理法、長い歴史に支えられたワインなど、世界の食通を納得させ続けている国であり、パリは世界の食の都の冠をほしいままにしている。ヌーベルキュイジーヌ「新しい料理」というコンセプトが生まれたのは1970年代。それまでの伝統にとらわれず、より自由な発想の料理が生まれ始めた。そしてその流れの中で、古典回帰の意識も高まって、新しい料理と古典的な手法が融合し、現在のフレンチキュイジーヌの確固たる地位が確立されてきたのである。

そんな中、パリで食べる旧植民地・統治領の料理もまた魅力的だ。自由な気風を受け入れるようになったフランスのガストロノミー界に、エスニックの料理が移民たちと共にやってきた。伝統に裏付けられ、かつ新しいものを受け入れることにも躊躇しないパリの食通たちを納得させているレストランを紹介したいと思う。

本物のレバノン料理を楽しめる心地いい店 『Maison Issa』

セーヌ川を南側に渡り、モンパルナスを過ぎてそのまま15区へ。Conventionという駅でメトロを降りる。週末になれば路上に市がたち、生鮮食料品から生活雑貨までが売られる比較的庶民的な住宅街だ。駅から歩くこと5分ほどで、ピンクの外装がポップなレストランが見えてくる。1941年に独立するまでフランスの統治領だった中東のレバノンの料理を出す「Maison Issa」が見えてきた。

開店と共に訪れるとすでに予約でいっぱいと言われたものの、1時間くらいならいいよという臨機応変な対応のお陰でどうにか席が確保できた。日曜日にはブランチのコースのみが提供されている。

テーブルについて、最初に出てくるのがこの温かい牛乳にシナモンが入った“Shlab”だ。胃が温まって、これからの料理を受け入れる体勢が整っていくようだ。

前菜は「Mezze」の盛り合わせ。東地中海の国々で食されている「メッゼ」または「メゼ」である。皿の上に並んでいるのは、洋ナシ型のブルガという穀物とラム肉の団子“Kebbe”、小さなピザのようなひき肉入りの “Sfeeha”、タイム・オレガノ・ゴマなどをのせた “Manakish”、ざくろも入ったヨーグルトは “Baba Ghannouj”、 ひよこ豆とゴマのペイスト “Hommos”、フェタチーズが入った餃子型のペイストリー “Sambousek Jebneh”、鮮やかな緑のサラダはパセリとトマトの “Tabbouleh” だ。どれもすっきりとまとまった味で、クォリティが高い。

メインは “Riz bi-Djaj”という、フライパンで焼いたチキンを、別に炊き込んだご飯に合わせたもの。しっとりと仕上げられたチキンに、少し香ばしく炊きあげられたライスの取り合わせが、スパイスが効いた味付けで一体化している。最後にデザートが3種類。

レバノンも含めたこの地域の国々の食べ物はよく似ている。使用される言語はアラビア語だが方言があるので、料理の名前は各国で少しずつ異なっているようだ。この店のオーナーLiza Soughayarさんが、レバノンで活躍するシェフ・Hassan Issaさんに出会ったのは2005年。その後、彼をパリに迎えてこの店をオープンしたのは2013年だった。本物のレバノン料理を、心地いい空間で気軽に楽しめる店として人気が高い。

アジア人地区のベトナム料理店 『Pho Tai』

2017年からミシュランに掲載されているこの小さなベトナム料理店は、アジア系住民が多い13区にある。メゾン・ブランシュ駅を降りて住宅街に入っていけば、中華料理店などが点在していて、Pho Tai の明るいサインが見てくる。

オーナーのTeさんがフランスに来たのはベトナム戦争が激化していた1968年。その奥様と一緒に、小さな店を切り盛りしている。フロアは本当に小さく、テーブルと椅子がひしめいていて、座れば隣の人と袖が触れ合うほど。席につく人、席から立ち上がる人がいれば、客がお互いに譲り合わなければならない。それでも和気あいあいとした雰囲気でいられるのは、Teさん夫婦のフレンドリーなホスピタリティーと、もちろん美味しいベトナム料理のおかげだ。Teさんにオススメを聞くと、「スペシャル・フォーが一番だから食べたほうがいいよ」と、にっこり。生春巻きと共にオーダーした。

ベトナムの国民食ともいえるフォーは、朝食に食べられることが多い比較的軽いヌードル。もちろん一日を通して食べることはできるが、腹をすかせた晩御飯には物足りないのではないかと思っていた。エビやパクチーと、春雨をたっぷり巻いた生春巻きを食べていると、そのスペシャル・フォーがテーブルに運ばれてきた。

ベースは牛肉のフォー・ボーだ(ちなみにチキンの場合にはフォー・ガー)。よく煮込まれた牛肉を薄切りにしたものが入っている。また、さらに薄くすき焼き用の肉ほどにスライスされた肉は、生のまま器の中の麺の上に置かれて熱々のスープを注いでいるようで、ちょうどいいレアになっている。付け合わせにはモヤシにライム、それにとても野生的でフレッシュなミントの葉だ。

そしてスープが絶品だった。しっかりと取られた牛肉の出汁は、さっぱりとクリアでありながらも、奥行きのある味わいに仕上がっている。米の麺の茹で具合もちょうどいい。さすが、舌の肥えたフランス人を満足させてきただけのことがあると深く納得させられる味だった。

次回は、モロッコ、セネガル料理を食べる。


Maisson Issa
Pho Tai

All photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/