ドイツの空の玄関フランクフルトから市電で約40分のヴィ―スバーデン(Wiesbaden)は、タウヌス丘陵とライン川にはさまれた緑の多い温暖な街。古代ローマ時代から温泉地として知られており、保養と飲泉文化の地として栄えてきた。

どちらかというと空港のあるフランクフルトの方がよく知られているため、ヴィ―スバーデンがヘッセン州の州都というと、驚くかもしれない。フランクフルトがこの地域の経済の中心地であるのに対し、ヴィースバーデンは文化と歴史の中心地として高級感を醸し出している。

なかでも19世紀から20世紀初頭にかけて、王侯や貴族たちが夏の避暑地として長期滞在したため、往時の優雅な雰囲気が街のあちこちに息づいている。大文豪ドストエフスキーやゲーテ、音楽家ワグナーやブラームスたちも好んで逗留したという市内を散策した。

ネロベルク・国内に唯一残る水力で動く登山鉄道 ©norikospitznagel

過去と現代が共存する街

  

ヴィースバーデンは、2000年の歴史を持つ高級温泉リゾート都市。一方で近代的な建物の州政府官庁や連邦政府機関の本拠地として重要な役目を果たす過去と現代が共存する街だ。記録に残る最初の名前は「ヴィースバーダ」。「ヴィーゼのバーデン(草原の温泉浴場)」という意味とか。

第1次世界大戦でドイツ帝国が崩壊するまで、ドイツ皇帝や宰相、廷臣たちの夏の所在地として華やかな宮廷政治や外交がくりひろげられ、この頃に市街が美しく整備された。そして19世紀にはサッサウ大公国として栄えたこともあり、欧州各地の王族貴族や文豪、そして音楽家などセレブが好んで逗留した。

さらにヴィ―スバーデンは温泉だけでなく、ネオベルクの珍しい登山鉄道やラインガウ地方のワイナリーにもアクセスしやすいので、フランクフルトからの日帰り旅行に最適の街だ。

壮大なクアハウス全景 ©norikospitznagel

国際的な出会いの場・クアハウス

ヴィルヘルム通りの東にあるクアハウスは、皇帝ウィルヘルム2世の庇護のもとで1907年に建てられた。約75000平方メートルの広大なクアパーク公園内にある「保養客の社交場」といった存在だ。 

館内に足を踏み入れてまず目を引くのは広大なエントランスホール。力強いイオニア式の柱が立ち並び迎え入れる客を圧倒する。しばらく足を止めて写真を撮り続けていると、左奥のカジノ入口が目に入った。さっそく室内を見学。客のいない日中だったのでひっそりとしていたが、まるで映画のワンシーンを見ているような錯覚に陥るほど圧巻だ。カジノというとラスベガスやマカオのギャンブル場をまず思い浮かべるが、ここはこぢんまりとしている。ネオクラシックの内装が眩いほど絢爛豪華で、夜の国際社交場として一体どんな風景が繰り広げられるのか想像するだけでも心が躍った。プレイ場の横には、これまた気品のあるテーブルとイスが並び、ここでドリンクや軽食を楽しめる。

クアハウス・カジノにて ©norikospitznagel

ちなみにこの街に長期逗留したドストエフスキーは、ここのルーレットに夢中になり一夜で財産を失った。調べてみると、のちにその時の体験をもとにして、ロマン長編小説「賭博者」を書き上げたという。ドストエフスキーのため息が聞こえてきそうなカジノを去ろうとした時、入り口に展示されている伝説のルーレットが目に入った。

クアハウス館内には他にも豪華な施設がある。当時の高貴な社交界を彷彿させるドストエフスキーサロン、ヴィルヘルム皇帝サロンなど8つの広間は、国際会議や文化行事、結婚披露宴などのイベント会場として提供しており、人気も上々だそう。また、コンサートホールで一流の音楽を聴き、その後レストランで食事をしながら余韻を楽しむという客も多いそうだ。

クアハウス・コンサートホール ©Kurhaus Wiesbaden GmbH

文豪や音楽家の愛した温泉リゾート

この街には26の泉源があり、1日に湧き出る温水は、街全体で2百万リットルにも上る。また湧き出る温泉は、生命維持になくてはならない必須ミネラルの塩化ナトリウムを多く含む46度から66度の塩類泉で、主にリュウマチや呼吸器官治療に利用されている。

伝統的な温泉施設「カイザー・フリードリッヒ・テルメ」や、モダンな温泉施設「アウカムタルテル」など、滞在客を満足させる温泉施設があちこちにある。それ以外にも、ホテルナッサウアホーフやホテルシュワルツァ―ボックでは、館内に温泉やサウナ、フィットネスセンターを備えているので、宿泊を兼ねて温泉を楽しんでみたい。

まるで皇帝気分。カイザー・フリードリッヒ・テルメ ©Xenia Drebes

 
こうした温泉地として長い歴史を持つ旧市街は、音楽家や文豪たちを惹きつけた。ブラームスはここで第三交響曲を完成させ、 ワグナーは楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の作曲にいそしんだ。ロシアの画家ヤウレンスキーは後期の作品「メディテーション」を仕あげた。常連客ドイツの文豪ゲーテは、この街で65歳の誕生日を祝ったという。 

旧市街のシンボル・マルクト教会 ©norikospitznagel

旧市街の宮殿広場でまず目を引くのは、街のシンボルのひとつ赤いレンガ造りのマルクト教会 。19世紀半ば、建築家カール・ボースにより建てられたネオゴシック様式の三廊のバジリカ(長方形の聖堂)だ。西の塔は98mの 高さがありこの街で一番高いので、道に迷った時はこの塔を目指して歩くといい。

コッホブルネン飲泉所にて ©norikospitznagel

さらに旧市街には、温泉街ならではの飲泉場がいくつもある。代表的なものが、旧市街のクランツ広場にある源泉だ。ローマ式浴場は、この周辺にあったといわれており、19世紀のヴィースバーデンの温泉文化の中心だった場所だそう。

旧市街・コッホブルネンはミーティングポイントとしても人気 ©norikospitznagel

 
15の源泉から流れ込むここの御影石水盤からは、1分間に350リットルの温泉が湧き出て、勢いよく湯気が立ち上がっている。カリウムやカルシウム、マグネシウム、鉄分などを含んでいる温水には赤く鉄分がういており、ローマ時代、この鉄分は「マティアーカの玉」とよばれて髪染めに使われたそうだ。

マルクト教会の聳え立つ広場から1番線のバスに乗って約15分、ネオベルク山に向かった。山頂で降りてすぐ、金色の玉ねぎ屋根を目指す人の後をついていくと、ヴィ―スバーデンの二つ目のシンボル「聖エリザベス・ロシア正教会」が見えてきた。19世紀中頃、ロシア出身の妻エリザベス(18歳)を亡くしたナッサウ・アドルフ公の命で建てられたという。雄大な外観とは異なり、見学できる内部はこぢんまりとしている。まず目につくのは息をのむほど美しい天井画。教会内は写真撮影禁止なので、椅子に座り、しばらく足を休め妻を亡くしたアドルフ公を回想した。

ネロベルク・金の玉ねぎ屋根がまばゆいロシア正教教会 ©norikospitznagel

ネロベルクにはもう一つ行ってみたいスポットがある。市営プールとグルメレストランを併設する「オペル浴場」だ。バウハウス様式の建物外観は、あまり目立たないが、ヴィ―スバーデンを一望しながら泳いだり、グルメの穴場と言われるほど美味な料理を堪能したりと充分楽しめる場所だ。次回は市内見学だけでなく、時間の余裕をもって、オペル浴場で一日過ごそうと後ろ髪を引かれる思いで、次の目的地に向かった。

オペル浴場プールからヴィ―スバーデンを一望 ©Wiesbanden Marketing GmbH

オペル浴場レストランにて・前菜に舌鼓 ©norikospitznagel

地元産ゼクトを味わう

ワイン名産地のラインガウ地方が近郊に広がるヴィ―スバーデンにはゼクト(スパークリングワイン・発泡ワイン)の世界ブランドのひとつ「ヘンケル」本社があり、見学できると知り早速行ってみた。本社エントランスエリアの「大理石の間」は、世界中からの取引相手を迎え入れた迎賓の間だったとか。現在は舞踏会や文化的催し会場として使用されている。毎土曜日と日曜日に行われている屋内見学ガイドツワーに参加した。

ヘンケル本社ガイドツワーではゼクトも試飲できる ©︎norikospitznagel

ツワーはウェルカムドリンクのゼクトグラスを片手に大理石の間から始まった。創立180年ほどの老舗を起業したのは近郊マインツのアダム・ヘンケル。フランスでシャンパン醸造を学んだアダムは、ドイツに戻り、ゼクトを生み出したそう。今では100カ国に輸出する人気飲料となり、パーティやイベントのアペリティフとして欠かせない存在だ。オリンピックの公式スパークリングワインとしてドイツ選手に提供していると聞き、もう一杯飲みたくなった。

ヘンケルゼクトケラー ©norikospitznagel


Photos by Noriko Spitznagel (一部提供)

ドイツ政府観光局
ヴィースバーデン観光局
ヘンケル本社ガイドツワー   

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員
HP:http://norikospitznagel.com/