「ミュスカデ」と聞くと、1990年代の始めごろに東京でフレンチの店に行き、ワインを注文する段になって、誰かが「ミュスカデがいいかな」と言って爽やかな味わいの白を頼んでくれたことを思い出す。現在では、ミュスカデを味わう人はきっと少数派だろう。ミュスカデは、時代に取り残されてしまったフランスワインかもしれない。

今年の春、やっとミュスカデの産地を訪れることができた。フランスの生命線とも言えるロワール川の河口域だ。一帯はロワール=アトランティック県内にあり、その中心地は首府ナント。同県は16世紀半ばまで、ブルターニュ公国の一部だったが、現在ではペイ・ド・ラ・ロワール地域圏に属する。ミュスカデは、ブルターニュとフランスの狭間のワインだ。

ブルターニュ半島地域は、太古の造山運動と激しい火山活動によって生まれた。土壌は花崗岩や片岩、砂岩で成り立ち、黄土の層が横たわる。河川域は気候に恵まれ、高品質のワインが生まれる素地がある。もともとケルト系の地域で、後にケルト系ブリトン人も移り住み、半島には独自の文化が発展した。

ミュスカデのぶどうはムロン

ミュスカデという名前を聞いて、ミュスカと混同してしまう人がいるかもしれない。実は私もそうだった。ミュスカは香り高い、ミュスカ・ブラン・ア・プティ・グランと言うぶどう品種の略称だ。

ミュスカデはナント市の南東地域に広がる、1万3百ヘクタールのワイン地域の名称で、ワインそのものをも意味する。使われるぶどう品種はミュスカではなく、ムロン・ド・ブルゴーニュと言うブルゴーニュ由来のピノ・ブラン系の品種だ。ムロンはミュスカとは違って、香りが控えめなので、土壌の個性を克明に映し出すほか、あらゆる食材と合わせやすい。ミュスカデ地域は従来、赤ワインの産地だったが、1709年の大寒波で赤品種が壊滅的な打撃を受けたため、寒冷な気候に強いムロンが広く栽培されるようになったという。

©Vins Val de Loire

ミュスカデの全生産量の4分の3以上を占めるのがセーヴル川とメーヌ川の2つの河川域のもので、「ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌ」と言う。現在では、セーヴル・エ・メーヌ地域内の異なる土壌、異なる局地的気象条件を持つ村単位、さらには畑単位のワインも造られるようになっている。

村単位、畑単位、さらにはプロット単位でワインを醸造するのは近年の世界的傾向だ。クリソン、 ヴァレ、 ゴージェ、シャトー=テボー、ラ=エ=ファシエール、ムージョン=ティリエールといった、まだ聞き慣れないクリュからは、テロワールを反映したミュスカデが生まれている。ミュスカデは、今こそ再発見すべきワインである。

ロワール川。ミュスカデ北部地域のシャンプトソー ©Emeline Boileau

シュール・リー発祥の地

「シュール・リー」とは、フランス語で「澱の上」を意味する。発酵を終えたワインを澱引きせず、酵母をそのままワインと一緒にしておいて、翌年の3月を待ってから澱を取り除くという方法だ。

20世紀の始めごろ、ナント地域の醸造所では、家族のお祝い事のために、一番出来の良いワインの樽を「婚姻の樽」と呼び、澱を取り除かずに熟成させていたが、その樽のワインが、より爽やかで風味豊かなことに気づいたというのが始まり。現在では、世界各地の醸造家たちが実践している。

100年前の造り手が気づいたように、ワインはシュール・リーの状態で寝かせておく限り、フレッシュさを保ち続け、酵母の澱が、ワインに深い味わいを加味してくれる。現在、セーヴル・エ・メーヌのミュスカデの約半分がシュール・リー製法で造られている。

ミュスカデ南部地域、コート・ド・グランリューのぶどう畑 ©Emeline Boileau

海のワインと海の幸 ミュスカデと牡蠣

ミュスカデは海のワインと言われる。ぶどうは海洋性気候に大きく左右されて育つ。その味わいは清々しく、ほんのり塩っぽさが感じられ、海を連想させる。そんなミュスカデと相性が良いのは魚介類だ。フランスでは、牡蠣に合わせる定番ワインはミュスカデだ。

フランスの大西洋沿岸では、牡蠣の養殖が盛んだ。ブルターニュ半島の沿岸は著名な産地だが、その南のミュスカデ地域に接するあたりでも養殖が行われている。牡蠣の養殖ファームや牡蠣売りのスタンドには、必ずと言っていいほどミュスカデが置いてある。

牡蠣もワイン同様、種類は同じでも、地域ごとに味わいが異なる。牡蠣には、大きく分けて2種類あり、そのうちの1つは「プラット」(ヒラガキ)と呼ばれる、丸くて平たいヨーロッパ系の希少種だ。 もう1つは片方の殻に膨らみがある「クルーズ」(マガキ)で、フランス産の牡蠣の9割以上がこちらの種類だ。クルーズは日本在来種で「ジャポネーズ」と呼ばれたりもする。それまで養殖されていた「ポルトゲーズ」と呼ばれる牡蠣が、1960年代後半から70年代にかけて、ウイルスによる病気でほぼ全滅したため、抵抗力の強い日本在来種を導入したのだという。現在、世界の牡蠣の主要産地では、日本在来種が養殖されている。ミュスカデの楽しみには、日本の牡蠣が一役かっている。

ミュスカデと牡蠣を訪ねて

今年の4月、インター・ロワール主催のプレス・イヴェントに参加するため、ナントに滞在し、主催者のアレンジで、ラ・ベルネリーの牡蠣の養殖場とラ・ルグリピエール=フランスのワイナリーを訪れた。

ミュスカデを訪ねる旅の拠点はナントだ。芸術・文化事業に積極的な街として知られ、サン・ピエール・サン・ポール大聖堂、ブルターニュ大公城、パッサージュ・ポムレイ、ジュール・ヴェルヌ博物館、機械仕掛けの遊園地レ・マシン・ド・リルなど、見どころも多い。18世紀には奴隷貿易の経由地として潤ったという歴史的経緯もある。

大西洋沿岸、ラ・ベルネリーにある牡蠣の養殖所、ル・パルレ・ド・ジャドは、 港町ポルニックの東、約8kmのところにある。ここに、ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌの生産者が集まり、リラックスした雰囲気の中でテイスティングが行われた。海風にあたりながら、様々なクリュのミュスカデを味わっていると、磯の香りとミュスカデの風味がひとつに溶け合うような感じがしてくる。ミュスカデには海が似合う。クリュの個性が生きたミュスカデは、滋養味たっぷりだ。シュール・リーは最低でも18ヶ月。中には50ヶ月熟成させたものもあった。

ひとしきりテイスティングをしてから、持参した長靴に履き替え、養殖家のドミニク・フリオさんに続いて、すっかり潮が引いた海に出た。フランスでは、選別した種牡蠣を、プラスチック製のネット状の袋に入れ、低い棚の上に並べて固定し、潮の干満にさらして育てる。波に打たれる、海水の流れが激しい場所なので、他の生き物に邪魔されることもなく、牡蠣と牡蠣は袋の中で互いにぶつかりあって、生食にふさわしい、かたちの良いものになる。生育には3年から4年かかるそうだ。

ラ・ルグリピエール=フランスのシャトー・ド・ラ・ラゴティエールは、ナントからの日帰り旅行で人気があるクリソンの北、15kmのところにある。クイヨー家の7代目、ヴァンサン&アメリー・デュゲ=クイヨー夫妻と伯父のフランソワ・クイヨーが率いる伝統あるワイナリーだ。クイヨー家は1979年に、14世紀に建設されたという同シャトーと30ヘクタールの畑を購入した。一家は他にも複数の畑を所有し、2,5ヘクタールの区画でロワール地方の品種ではない、ヴィオニエ、プチ・マンサン、ソーヴィニヨン・グリなどを試験栽培するなど研究熱心だ。農業技師であるヴァンサンは、複雑な構造の片岩から成るヴァレの土壌調査にも余念がない。

シャトー・ド・ラ・ラゴティエールのミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌは4種類。とりわけ力を入れているクリュ、ヴァレのミュスカデはシュール・リー30カ月。しっかりとした骨格を持ちながら、ふっくらと優しい味わいが魅力的だ。ミュスカデ地域では、ワインのタンクが地中にすっかり埋め込まれているケースが多く、クイヨー家のタンクも地中に備えられている。シュール・リー段階のワインは、この地下のタンクで時間をかけて熟成する。

大西洋の潮風が届くところで、滋養味たっぷりの牡蠣も、クリュのミュスカデも、ゆったりとした時の流れの中で、育てられている。

クリソンは19世紀初頭にイタリア外交官だったフランソワ・カコーらのアイディアで再建された。イタリア風の街並みが美しい ©Emeline Boileau


Photos by Junko Iwamoto

LOIRE VALLEY WINES
MUSCADET

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44760 La Bernerie-En-Retz
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Les Frères Couillaud
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La grande Ragotière
44330 La Regrippière-France
+33 2 40 33 60 56


岩本 順子

ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com