海峡の小国にある、人々の概念を覆す空港
「空港」と聞いて何が思い浮かぶだろう。ただずらりと並ぶベンチ、そこには搭乗時間まで退屈そうに時間をやり過ごす乗客。時には、次の飛行機が出るまで居心地悪そうに横になっているトランジット客を目にすることもあるだろう。そして、その向こうにはお決まりの、酒類や化粧品、取ってつけたような土産物が並ぶ免税店、そんなところか。
54年前、天然資源など持たぬ、東京23区と変わらない程度の極小の面積をもってマレーシアと袂を分かつかたちで独立を余儀なくされたシンガポール。国として生き残ることの困難を極めるなか、政府が緻密に計画し主導するあの手この手の政策により、誰もが知る現在の発展を手に入れた。
シンガポールの空の玄関口であるチャンギ空港は、日本でも発表されるとニュースになる、スカイトラックス社の世界の空港ランキングで7年連続1位を獲得、もはや空港として不動の王者と言っても過言ではない。その理由は、前述したような人々が持つ一辺倒な空港観をひっくり返す充実した設備、そしてトップに立っても留まることをよしとせず前進し続けるその姿勢にある。
目を見張るような進化をつづけ、他の空港の追随を許さないチャンギ空港を歩いてみれば、猛烈な勢いで発展を遂げ、未来へのさらなる探求を続けるシンガポールという国のあり方が見える興味深い探索となる。
チャンギ空港の出発フロアには、旅行者が快適に過ごせるようにとの配慮が随所に見られる。仮眠のための寝椅子、映画やニュース、スポーツ中継などの流れる大小のスクリーンが各所に設えられ、その前には座り心地の良いソファが置かれている。また、ネットサーフィン用のPCや充電用のコンセントが設置されたカウンターなども十分な数が用意されている。
チャンギ空港は、トランジット時間の長い利用者のために、無料の市内観光ツアーを提供していることが知られるが、トランジット客をもてなすためにあるのはそれだけではない。空港内では、小さな映画館、誰でも自由に利用できるXBOXやプレイステーション、ジャグジー付きのスイミングプール、果ては4フロア分を滑り降りるスライダーなど、さまざまなアトラクションやサービスを提供している。
そして、建国以来標榜していたコンセプト「ガーデンシティ」を近年、「シティ・イン・ザ・ガーデン」へと昇華させた緑あふれるシンガポールの玄関口にふさわしく、空港の屋内にまで多彩な植物を配置。さらにアートインスタレーションも要所要所に設置し、訪れた人々の心を和ます心遣いも。
最新鋭の設備やコンセプトのショーケースでもあるチャンギ
2017年にオープンしたターミナル4は、世界中で空港のコンサルティングやマネジメントを手広く展開する Changi Airports International社を系列にもつ、チャンギ空港の管理会社で政府系投資会社傘下のChangi Airport Group (CAG)のショーケースのような存在となっている。
さまざまな趣向が凝らされているこのターミナルをさらに特別たらしめているのは、最新鋭の機器を用い、出発時、チェックインから荷物預け、税関審査、搭乗までがすべて自動化されシームレスに通過することができる「FAST」というシステム。利用者にとって快適で便利に空港が利用できるだけでなく、このシステムにより従来と比べ労働力が20%削減できるという試算のもと導入された。日本同様少子化が深刻化しているシンガポールの、労働力不足を最新のテクノロジーによって補う方向を探る努力が伺える。
さらに、CAGは、今年4月、政府系投資会社が大株主であるデベロッパー、Capitalandと手を組み、空港直結のショッピングモール「Jewel」をオープンさせた。設計はシンガポールのランドマークとなっているマリーナベイサンズも設計したMoshe Safdie氏によるもので、中心を40mもの高さの巨大な滝が、地上5階建ての天井から地下2階までを貫く。
その度肝を抜く斬新な建築と、国内外の人気店を集結させたキュレーション力によりローカルの間でも話題となり、Jewelはオープン以来盛況が続いている。施設内にはさらに、迷路庭園、天井間近から250mに渡り緩やかな螺旋を描き下りてゆくバウンスネットなど、巨大な滝を取り巻くように作られた4階分の屋内庭園部分を中心にさらなるアトラクションが今年中にオープンする予定となっており、もはや空港直結の観光施設といってもよいスケールだ。
Jewelにはチェックイン設備もあり、航空会社により、JALなら12時間前から、ANAなら24時間前からなどと、早めにチェックインし荷物を預け、身軽になってゆっくりとショッピングを楽しむことが可能という、立地を生かしたサービスもある。
利用者が増加の一途のチャンギ空港は、2018年は世界中からの旅行客6,500万人超が利用し、世界で7番目に国際線利用旅客数の多い空港に挙げられた。この数字はすべてがシンガポールへの訪問者ではなく、チャンギ空港を世界各国を結ぶ航空路線のハブ空港たらしめんとしたシンガポールの政策が実を結んだもので、膨大な数のトランジット客を含む。
チャンギ空港は、シンガポールが目的地の利用者だけでなく、都心部に足を踏み入れることなく去るトランジットの客にも、ただの通過点ではなく、シンガポールという国の印象を強く与えることに成功しているといえよう。
将来の航空需要がうなぎのぼりであるとの試算を受け、チャンギはなおも、ハブ空港としての地位を確固たるものとするため、既存のターミナル1-3までの大きさを足したものと同程度となる巨大なターミナル5建設の計画を進めている。
近年、ドバイ、スワンナプーム、イスタンブールなど、アジアと欧州を結ぶハブ空港としてのトップの座を狙い参戦する空港が増え熾烈を極める争いに果敢に挑み続けるチャンギ。どんな手で我々をあっと言わせてくれるのか、次なる戦略が楽しみだ。
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【information】
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パーソン珠美
シンガポール在住 通訳・ライター。さまざまな業界での通訳や取材、5ヵ国の在住経験と40ヵ国を超える海外渡航歴、国際結婚、子育て経験などから、軽快なフットワークをもってネタ収集に努める。中央アジア、コーカサス地方の長旅計画中。
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