その店を見つけたのは偶然だった。
自宅から歩いて5分ほどのところに新しくオフィスビルが建ち、レストランやギャラリー、ボルダリングジムなどがオープンするというので様子を見に行ったときのこと、とある店先の小さな看板に、ふと目がとまった。
『プレサイクル(Precycle)』と書かれている。
思わず、外から中を覗いた。
やわらかな日差しが注ぐ広々とした店内。大きなカゴや段ボール箱に新鮮なトマトやアボカド、ジャガイモなどが積まれている。奥には、大小様々なガラス瓶や使いやすそうなエコバッグなどが並ぶ頑丈そうな棚も見える。
何かが、違う。
どう見ても、普通のグロサリー(食料雑貨店)ではない。
「子供の頃、買い物にはいつもネットバッグや広口の瓶などを持って行っていたわ。お店にある野菜や果物は、今のように包装なんてされていなかったから」。
『バルトの貴婦人』と謳われるラトビアの首都リガで生まれ育ったカテリーナ・ボガティレヴァさんは、昨年12月にここプレサイクルをオープンした。他のグロサリーやスーパーマーケットとまったく違うのは、レジ袋や不必要な包装、プラスティック容器などを使わないこと。ここはニューヨーク市で唯一の「Just Food – No Packaging」なグロサリー、つまりゴミを出さない店なのだ。
ところで、『プレサイクル』という言葉をすでにご存じだという方は、きっと環境問題にとても強い関心を持っているはずだ。ひるがえって私は、テイクアウトしたランチの容器やプラスティックのスプーン、フォーク、紙ナプキンを見て「ゴミが多いな」と思いながらも、やっぱり今も便利にそれを使っている。
そんな意識がないわけではないが行動がどうも伴わない方や、そんな言葉、聞いたこともない、と言う方のために説明をすると、『プレ(pre)』 には『〜する前に(before)』の意味があり、そこに『リサイクル(recycle)』という言葉を合わせたプレサイクルは、『リサイクルする前に、そうしないようにする』ということを表している。2006年頃、イギリスで始まり、その後、急速にヨーローッパ各国に広がった。アメリカでは、2012年に出来たテキサス州の小さなグロサリーがその最初とされている。
一説では、食品廃棄物の40%はそのパッケージに起因すると言う。だから、人々は考えた。近い将来、リサイクルは限界を迎えるだろう、だったら今、なにか行動を起こさなければ!と。
「私の場合は5年前のある日、自宅のゴミ箱に入っていた大量のラップや残飯を見て、正直、驚いたの。これは良くないと思ったわ」。
カテリーナさんはその日から少しずつ、本当に少しずつ、ゴミを減らす努力をしたと言う。残飯を出さないように食材は必要な分だけ買い、スーパーマーケットではなく、なるべくファーマーズマーケットに通うようにした。レジ袋もできる限り使わないようにして、それでも出てしまった残飯は堆肥にしたそうだ。「そんなことをしているうちに、小さなゴミ箱が1か月かかってようやく一杯になるようになったの!」。
「え?ホント?!」と耳を疑った。「私にも出来る?」とも思った。とはいえ、正直、聞き慣れない『プレサイクル』という言葉が難しかったし、面倒くさかった。でもカテリーナさんでさえ「少しずつ変えた」と言っている。
だったら、とにかく一度、プレサイクルで買い物をしてみよう。
用意したのは、自宅にある大きめのメイソンジャー、マヨネーズの空き瓶、お気に入りのガラス製のコンテーナー。すでに2回使ったジップロックもコットンのトートバックに入れた。気分は悪くない。出かける前から、ちょっと良いことをしている気になる。
お店に着いて早速、3つの瓶とジップロックの重さを量る。そして、その数字をテープに書いて貼った。実は、ここではすべてが量り売りなので、この容器の重さを後で会計のときに差し引いてくれる仕組みになっている。
こんな、ちょっとした作業で弾みがついた。もし、手持ちの瓶や容器がなければここで買うこともできる。さて、何を買おうかと、持ち込んだ容器と今必要な食材を考えながら店内をぐるぐる回る。人とすれ違うのもやっとという狭い通路のスーパーマーケットに比べると移動が楽で、商品もよく見える。店頭の野菜や果物の他に、棚にスパイス、ナッツ、穀物、米、豆、油、ハチミツ、酢などが並んでいる。
カテリーナさんは言う。「ニューヨークに来てショックだったのは、道がゴミだらけだったこと。ラトビアではゴミを道に捨てたら、叱られる。もうひとつは、イチゴもリンゴもトマトも香りがしなかったこと。リンゴは、私にとっては、熟して、自然に地面に落ちたものを拾うもの。虫に食われたり、傷ついたりして見た目は悪いけど、とても美味しかったの。まずいリンゴには虫もつかないでしょ。だから、変だったの。ワックスでピカピカに磨かれたリンゴや、包装されたオレンジが普通に売られていることが、私には」。
2000年代の初め、ラトビアからニューヨークに移り住んだカテリーナさんは、「だから、加工食品も自然に避けるようになっていた」と言う。そして、前職のジュエリーデザイナーを辞め、4年という準備期間をかけてここプレサイクルをオープンした。地産地消で、仕入れる商品も『No Packaging』でデリバリーされることにこだわっている。
思い出していた。
小さい頃、近所の商店街に買い物にいく祖母について行くのが好きだった。祖母は、いつも買い物カゴに平べったいお皿を入れて出かけた。八百屋さんで買った野菜、魚屋さんが古新聞に包んでくれた鮮魚はそのままにカゴに入れ、お皿には豆腐、たまに味噌がのっていた。
いつの頃からだろう、きれいに包装された食材をレジ袋に入れるようになったのは?
そんなことを考えているうちに、3つの瓶とジップロックに有機玄米、キュウリのピクルス、ドライド・トマト、オリーブが上手い具合に収まった。レジに行くとカテリーナさんはあらかじめ量っておいた容器の重さを引いて、値段を出してくれた。なんだか、とても晴れ晴れとした気分になっている。
「だから、近所の人はもちろん、みんなとてもワクワクしているみたいなの。遠くから来てくれるお客さんもたくさんいるのよ。それに、私だって完全にプラスティックを避けられているわけじゃないの。例えば、すごく疲れている時の買い物って、ひと仕事でしょ。それで、包装済みの果物を買うしかなくて、『もう、これでいいや』と思ったとき、9歳の息子が言うの、『ママ、これはプラスティックだよ、他のものにしよう』って。彼の助けは本当に大きいわ」。
なるべくエコバッグを使う、不必要な包装があるものや使い捨て商品は避けるなど日々のちょっとした工夫でいい、少しずつ変えればいい、楽しく買い物をしてもらいながら、とカテリーナさんはこの店を通してみんなに気づいてもらいたかったのだ。お陰で、難しかったり、面倒だったりした気分もすっと軽くなる。
でも、それは決して新しいことではない。
カテリーナさんの故郷の人々や私の祖母はやっていた。
プレサイクルという言葉もなかった時代に、それを。
9歳の息子さんがごく自然にそれを始めて、プレサイクルという言葉がすっかり忘れられてしまうような未来が遠からず来るのなら、それを心から歓迎したいと思う。
さて、その準備、今からちょっとずつでも始めてみようか。
—
Precycle
50 Cypress Ave, Brooklyn, NY 11237
(347) 365-1640
—
Nahoko Hayashi
—
林菜穂子(はやしなほこ)
東京出身。ニューヨークでライター、フォトエディター、撮影コーディネイター、広告制作などに携わる。1997年、独立。現在はブルックリンのブッシュウィックを拠点に、アート関連の活動にも取り組んでいる。
Instagram: @14cube