ドイツの春はシュパーゲル(白アスパラガス)と共にやってくる。店先に並ぶのは4月中頃から6月24日(聖ヨハネの日)までの7週間のみ。店頭にシュパーゲルが並び始めると、待っていましたとばかりに買い求める人達のうれしそうな笑顔があちこちで見られる。

今回は、数あるシュパーゲルの産地のなかでも国内で一番長い歴史を持つ街、シュヴェッツィンゲンを訪問した。この街は、プファルツ選帝侯カール・テオドール(1724-1799)の過ごした夏の宮殿と雄大な庭園で知られる。実は、この庭園でシュパーゲルを栽培し、宮廷料理として供されたのが産地としてのはじまりだという。

宮殿入口にて。入場チケットは手前右の建物にて入手する

プファルツ選帝侯の夏の離宮と庭園

 
バーデン・ヴュルテンベルク州の北西部に位置する街シュヴェッツィンゲンは、マンハイムからプラハに至る70以上の古城や宮殿を結ぶ古城街道沿いに位置する。外国人旅行者が選ぶ「ドイツの名所100選」で毎回トップ10に入るほど人気の街だ。

シュヴェッツィンゲンに行くには、ハイデルベルクから市電でマンハイムまで15分、さらに電車で10分ほどとアクセスも簡単だ。週末や祝日には、地元の人たちの憩いの場としていつも賑わっている。

この街の歴史は8世紀までさかのぼる。ドイツ南西部を支配していたプファルツ選帝侯一族所有のシュヴェッツィンゲン宮殿は、三十年戦争やプファルツ継承戦争により2度破壊されてしまったが、その度に再建された。1742年から1777年まで在位した選帝侯カール・テオドールは、この宮殿を改築・拡張し、夏の離宮として利用していた。

モーツァルトも演奏した宮殿

淡いピンク色の宮殿は、選帝侯や家族の生活した中央の建物と、「サークル」と呼ばれる宮殿の南北に追加された半円形の建物(南翼、北翼)の3棟から成り立っている。

カール・テオドール選帝侯の居城はマンハイムだったが、毎夏、家族や取り巻きの貴族たちと共にシュヴェッツィンゲン宮殿で過ごすのが習わしだった。

宮殿より眺める壮大な庭園 ©Staatliche Schlösser und Gärten Baden-Württemberg, Achim Mende

北翼の建物にはレストランやロココ様式の宮廷劇場、礼拝堂、大広間がある。1752年に建てられたロココ劇場(500席)は、現在もオペラやコンサートに使われている。18世紀オリジナルの姿を保っている欧州でも数少ない宮廷劇場として注目を集めている。

南翼の建物には狩猟ホールとモーツァルトホールがあり、結婚式やイベント、展示会用として貸出している。

毎春恒例の「シュヴェッツィンゲン音楽祭」は、ロココ劇場と南翼の2ホールで開催される国際的に有名な音楽イベントとして大好評だ。

ロココ劇場内部・一度ここで音楽鑑賞をしたら病みつきになる©Staatliche Schlösser und Gärten Baden-Württemberg, Arnim Weischer

また、カール・テオドール選帝侯はマンハイムとシュヴェッツィンゲンで文化や学芸の振興に注力していた。7歳だったモーツァルトは1763年7月18日、姉妹そして父レオポルトと共にシュヴェッツィゲンを訪れ、音楽愛好家だった同選帝侯の前で演奏した。選帝侯は、当時から天才と呼ばれていたモーツァルトの演奏に大変感動したという。

選帝侯の寝室や仕事場、最初の妻エリザベート妃の衣装部屋や客間、礼拝堂や宮廷劇場など、ガイドツワーで館内の様子を見学できるので、是非参加し各部屋の内装や家具を見学したい。

宮殿庭園はまるでテーマパーク

宮殿を背にして直進すると、目の前に広大な庭園が延々と続く。バロック様式のこの庭園は、アリオン噴水や狩猟のシンボル「鹿」の噴水を含む入り組んだフランス庭園、西部と北西部に広がる森林地帯の多いイギリス庭園、樹木園、湖などがある。

夏には屋外コンサートやガーデンフェスティバルなども行われるので、壮大な庭園でのひとときを満喫するのもいいだろう。

庭園内狩猟のシンボル鹿の噴水で戯れる子供達

宮殿と庭園の総面積は72ヘクタール。東京ディズ二―ランド(51ヘクタール)の1.5倍ほど。庭園には浴場や異国情緒たっぷりのモスク、神殿や古代ローマ式の水城跡、オランジェリーやコンサート大小の噴水などもあり、まるでテーマパークにいるような気分。地図を片手に巡ったが、それでもあまりの広さに何度も道に迷ってしまった。

今回の訪問は4月下旬だったので鑑賞出来なかったが、モスクの横に林立する桜が毎年4月になると満開となり、お花見客が殺到するそうだ。

この庭園に来たなら是非渡ってみたいユニークな橋を紹介したい。フランス庭園とイギリス庭園を結ぶ木製の白い「パラディオの橋」だ。16世紀に活躍したイタリア人建築家アンドレア・パラディオに由来した名前のこの橋は、「中国橋」と呼ばれる。なぜそう呼ばれるのかは不明だが、「嘘つき橋」とも言われ、不規則な段差の階段が特徴のこの橋を渡る際につまずくと、「1度はうそをついたことがある」ことがばれてしまうそうだ。橋を渡るのに躊躇している人やつまずかないようにゆっくり渡る人達の様子がなんとも微笑ましかった。

庭園の構築は、当時の有名な建築家や造園家たちが手掛けた。なかでも最も重要な人物は、1749年に選帝侯から仕事を請け負ったフランス人ニコラス・ド・ピアジェ。 彼は、オランジェリーとロココ劇場、そして公園内の全建築物を仕上げた。さらに、大花壇や幾何学模様の垣根、緑の小部屋、様々な噴水を備える、厳格に左右対称なバロック庭園を造った。

選帝侯庭園から始まったシュパーゲル栽培

  
シュパーゲルの歴史はなんと約5000年前のエジプトまでさかのぼるという。ピラミッドの壁画にも描かれており、当時からすでに医学的効果も知られており、古代エジプト人も好んで食したようだ。

欧州に入ってきたのは16世紀になってから。ドイツでは、17世紀に入って売り買いされるようになり、文豪ゲーテも好んで食べたことがわかっている。

宮殿前の広場にてシュパーゲルを売る女性と女の子の像は街のシンボル

シュヴェッツィンゲンでは1668年、プファルツ選帝侯カール・ルードヴィヒのために宮殿庭園でシュパーゲルを栽培し、宮廷料理として供された。そのため、王様の野菜とか食べられる象牙、はたまた白いゴールドと称され、ごく限られた人だけが食することのできた高級食材だった。約350年の歴史を誇るシュパーゲルの栽培は、こうして街の特産品となった。

旬ならではの食べ方は、主食として溶かしたバターやホーランデーゼソースと共にいただくのが定番。あるいは肉や魚の付け合わせに、そしてスープやサラダに、またはアイスクリームと調理法やアレンジも多種あり、色々な味が楽しめる。4月中旬の初物1級品は1キロ約20ユーロ(2440円・1ユーロ=122円で換算)と高めだが、5月中旬を過ぎると価格も安定し、1キロ10ユーロ前後(1220円))と入手しやすくなる。

緑のシュパーゲルもあるが、ドイツの主流はやはり白だ。3月になるとスペイン産が販売され始めるとはいえ、やはり国産品はジューシーでほのかな春の味が詰まっていて後を引く美味しさがたまらない。

ドイツの家庭ではシュパーゲルの大晦日と言われる6月24日まで、食卓に上がる日が続く。なぜ6月24日なのかは、翌年もまた太くて品質の良い収穫を確保するためにシュパーゲル畑を休ませるため。それが農家の習わしだ。利尿効果や、豊富なビタミン含有、しかも500g食べても70キロカロリーと、食べながらダイエットもできる。この時期にドイツを訪問したら、是非春の味覚を満喫したい。

宮殿広場にて。宮殿入口前にある幸運をもたらすと言われる「幸運の豚」に乗るカール・テオドールと側室の彫像。2016年、シュヴェッツィンゲン建都1250周年を記念して設置された。同選帝侯は文化や芸術を愛したほか、多くの女性も愛したという。


シュウェッツィンゲン宮殿と庭園
 
宮殿内の見学はガイドツアーのみ。
ガイドツアー(3月31日から10月26日)は館内60分と90分の2コース、庭園コースがある。
英語ガイドツアーは60分のみ提供。
入場料金 

Photos by Noriko Spitznagel (一部提供)

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員
HP:http://norikospitznagel.com/