美と知と重を感じる旧市街
マドリードから電車で約1時間半のサラマンカは、多くの日本人観光客にとってはベールに包まれた場所だろう。サラマンカへ一緒に旅しないかと友人に誘われたとき、いったい何があるの?と自問した。調べてみると、黄褐色でほぼ統一された石造りが連なる旧市街、長い伝統を誇るサラマンカ大学、スペイン特産の生ハム、ハモン・イベリコ(イベリコ・ハム)がキーポイントだとわかった。
「サラマンカは、1番スペインらしい土地だと思います」「サラマンカといえば、ハモン・イベリコの産地。数ある生ハムの中でも王様的で、本当においしいです」。スペインに長く住む日本人の知人やスペイン出身の知人にコメントをもらい、心はすでにサラマンカへと飛んでいた。
古都の旧市街は1988年にユネスコ世界遺産に登録された。日中も夜も、表情は違っても美しさは変わらない。石造りはやはり重量感がある。旧市街に入ると、その迫力と、数百年に渡る歴史の重みとを肌で感じる。
800周年を迎えたばかりのサラマンカ大学は、旧市街にそびえる。イタリアのボローニャ大学、フランスのパリ大学など、中世に創設されたヨーロッパの最初の大学群の1つだ。壁面に施された彫刻が、思わず手でふれたくなるほど細かく美しい。その彫刻はサラマンカ新大聖堂などにも見られ、また、そこまで緻密でなくても旧市街の建物には彫刻がいろいろあって目を楽しませてくれる。どこを歩いてもカメラのシャッターを切る手が止まらない、そう言っても言い過ぎではないくらいだ。
旧市街には、ハモン・イベリコを売る大小の店が目立つ。ハモン・イベリコは、イベリコ豚を熟成させて作った生ハムだ。若いころは、生ハムといえばレストランで「メロンに添えて出される一品(イタリアの生ハム)」だったが、ヨーロッパに住むようになり、あらゆる種類に囲まれて身近な食べ物になった。とはいえハモン・イベリコは特別に感じる。理由は、その香りの高さだ。口に入れる前はもちろんのこと、口の中では、とても薄く切ったスライスから放たれる独特な草木の香りが一層強くなり、肉の甘味ととろける脂身とあいまってとても味わい深い。
ハモン・イベリコはサラマンカ市内ではなく、南に位置するギフエロ村(Guijuelo)で生産している。ここまで来たら、さあギフエロ村へ行ってみよう。
ハムの村、ギフエロ
ギフエロは標高1000メートルほどにある、人口約6千人の村だ。皮の加工や石鹸作りとともに、ハモン・イベリコの生産も中世から行われていたという。イベリコ豚はサラマンカ地方や国内のほかの地方で育ち、この村で加工される。
村に入ると大きな工場が何軒も見える。聞くところによると、村と周囲には加工メーカーが70軒もあるとのこと。中には、個人旅行で2人以上なら英語ガイドの工場見学(有料。希望日に実施できるかわからないため早めの予約が必要)を受け付けているところもある。
村の中心部を歩けば、ここでもあそこでもハモン・イベリコのショップに出合う。どの店も素朴だが趣ある外観でつい立ち止まって見てしまう。時間が許せば、何軒か見て品定めをしてから買うといい。観光のオフシーズンに訪れたので静かだったが、夏場は工場見学に来る人達も多く、きっとにぎわうのだろう。
ハモン・イベリコにはフランスのワインのように、品質を保証し生産地を保護するため、国が原産地呼称(Denominación de Origen ProtegidaといいD.O.P.またはD.O.と略される)を定めている。ハモン・イベリコでD.O.P.を名乗れるのは4つの地域で、ギフエロはその1つだ。ほかの3つはギフエロの南側で縦に並び、デエサ・デ・エストレマドゥーラ(Dehesa de Extremadura)、ハブーゴ(Jabugo…以前のウエルバHuelvaから改称した)、ロス・ペドロチェス(Los Pedroches)だ。
ハム作りの工程は5つに分けられる。まずは切った脚(4㎏、5㎏、6㎏、10㎏以上など)をしばらく保管し、塩漬けから始まる。だいたい1㎏あたり1日漬けるとされ、塩を筋肉組織に浸潤させて肉の脱水と保存を促す。次に、水やぬるま湯で肉の表面の塩を洗い流す。そして最短1か月、最長3か月寝かして塩を肉に均等にしみこませる。このあとは熟成期間で、最初は、窓があって外気が取り込める自然乾燥室で徐々に乾燥させる<乾燥熟成>を最低6か月行う。そして、貯蔵庫での<本格的な熟成>に移る。前脚(肩肉)は最低1年、後脚(モモ肉)はギフエロ以外の3産地では最低1年半、ギフエロでは最低2年かけるという。
良質のハムを作るには、冷たい風が吹き乾燥した土地が理想的だ。ギフエロ地域は平均標高1000m、デエサ・デ・エストレマドゥーラ地方は400m、ハブーゴ地域は400~900m、ロス・ペドロチェス地域は700m。どこの気候もハム作りに適している。
ハモン・イベリコのランクは、4つの色で見分ける
ギフエロのレストランでハモン・イベリコを食べようかとも思ったが、せっかくだから、生産者が出しているショップに行って食べて、ハムも買い求めようと決めた。115年以上前に創業したアルマ・デ・イベリコ(Alma de Ibérico)のショップを訪れた。ここは昔のハム貯蔵庫だそうだ。店内には、当然のように骨付きハモン・イベリコが吊るされていて、スライスしたパッケージ入りもある。
サラマンカ市内の店でもそうだったが、このショップでも多少の知識がないと、どれを選んだらいいかわかりにくい。ハモン・イベリコと一口に言っても、実は種類がある。スペインに行くからとハモン・イベリコについて予習していく観光客もいるかもしれないが、混乱を招きがちだったため、数年前から色分けが導入されている。
吊るされたハモン・イベリコを見ながら、ショップスタッフのイサベルさんに簡単なレクチャーをしてもらうと、種類の違いがよくわかった。種類はランクと言い換えてもいい。4色あり、上から黒、赤、緑、白だ。値段もこのランクが反映している。豚の血統と餌の種類で、どのランク(色)になるかが決まる。豚の血統とはイベリコ豚の血の濃さを指し、餌の種類とはどんぐりや牧草、もしくは配合飼料の違いだ。
黒は「Ibérico de Bellota 100%」で100%とあるように父豚も母豚もイベリコ豚で、どんぐり(ベジョータBellota)と牧草を森林地で最低2か月食べたことを表している。赤は「Ibérico de Bellota」で%を書いていない場合もあるが、75%または50%と明記していることもある。赤は母豚がイベリコ豚で父豚は別の種類、餌の与え方は黒と同じだ。
緑は「Cebo de Campo」で豚の血統の程度は関係なく、エサが少し違う。どんぐりは食べず、配合飼料と牧草で、豚がよく歩き回れるようにやはり森林地で最低2か月放たないといけない。白の「Cebo」は豚の血統の程度はやはり関係なく、1頭が2㎡の広さで育ち餌は配合飼料だ。
そしてもう1つ、豚の脚には2種類あるのを忘れないようにしよう。ハモンJamónが後脚で、パレタPaletaが前脚だ。後脚の方が高値なので、たとえば同じ黒でも「Jamón Ibérico de Bellota 100%」のほうが「Paleta Ibérico de Bellota 100%」より高い。日本でよく耳にするかもしれないが、パタ・ネグラと呼ばれるのは、この黒のランクのみだ。
イサベルさんは「吊るしてある中で、右側が黒と赤で、左側が緑です」と教えてくれた。確かに小さい色の札が1本1本に付けられている。スライスしたパッケージ入りだと、札ではなく、黒、赤、緑、白がどこかに使われていてランクがわかるようになっている(ただし色の表示がない場合もある)
ハモン・イベリコについて、ここまできちんと理解していなかったので、選ぶのが急に面白くなってきた。次回は誰と一緒にサラマンカへ来ようか、今度は自信を持ってハモン・イベリコについてレクチャーできる。そんなことを考えながら、オーダーした黒ラベルのスライスをサラマンカ産のワインとともにじっくりと味わった。
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All photos by Satomi Iwasawa
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ギフエロ村 バスでの行き方 (2019年2月の情報)
サラマンカ市内路線バス4,7,13番を使って、近郊路線バスターミナルEstation de Autobusesへ。
バス会社がいくつかあるので、MOGA社のチケットカウンターに行き、SALAMANCA=GUIJUELO=BEJAR路線からバスの時間を指定して往復チケットを購入。
バスの時刻表はこちらを参照。
Estation de Autobusesのバス乗り場には表示がなく、似たようなバスが並んでいるため、わからなければ「GUIJUELO行きは?」と、辺りにいる運転手(誰でもよいので)に聞けば教えてもらえます。
ギフエロ村のバス停(村の中心部)まで40分、ほぼ4ユーロ。帰りは、同じルートでサラマンカへ。
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/