今や世界中に溢れるAirbnb(エアビーアンドビー)。ハワイも例外ではなく、ホテルよりリーズナブルに泊まれると急増中である。そんな時代の流れに逆行して、ハワイでは珍しい昔ながらのベッドアンドブレックファスト「マノアバレーイン」が日本人にも人気だ。

マノアの滝付近の緑豊かな閑静な住宅街に佇むこの宿。おとぎ話に出てくるような愛らしい洋館は、訪れる者をワクワクさせ、ワイキキの喧騒から離れて、リフレッシュや静養を望む旅行客に親しまれている。

築百年のクラシカルな洋館とヴィンテージコレクション

1919年に建てられた、米国の歴史的建造物に認定されるハワイアンヴィクトリア調の邸宅を宿にしたマノアバレーイン。築百年のスタイリッシュな建造物はハワイでなかなかお目にかかれないが、マノア地区には1900年代初頭に富裕層の間でステータスだったヴィクトリア様式の洋館が今でも残っている。何代かのオーナーによって引き継がれてきたが、現在この宿を運営するジェナ・クローリーさんは、買い取った当初は老朽化が進み廃墟寸前だったと話す。「屋根にソーラーパネル乗っけようたって、傾きかけてる家にそんな事したら建物が潰れちゃうでしょう!とにかく最初は直すのに大変だったわよ(笑)」と、まずは改築から。ボロボロだったというカーテンも剥がし、ネズミも駆除し、一からのリノベーションで苦労したそうだ。

宿を運営するジェナ・クローリーさん

その甲斐あって、今ではヴィンテージテイストの重厚なインテリアで装飾された、絵本から抜け出たようなお洒落な洋館に様変わり。誰でもウェルカムなアロハスピリット溢れるオーナーの性格は宿にも反映されていて、一度敷地内に足を踏み入れると、身内の家に遊びに来たような懐かしい感覚に陥る。暖かいスタッフとペットがゲストを出迎えるエントランス。そこにある置物から客室の家具までの全てが、なんとジェナさんのプライベートコレクション。昔からエステートオークションなどに出かけては少しずつ集めたというアンティーク家具を使用しているので、客室も各部屋で全く雰囲気が違う。不思議なことに年代もスタイルも異なるアイテム達が、ここにあるとヴィクトリアン調の家と見事に調和するのである。オークションで競り落としたオーナーお気に入りのベルギー製のアンティークのベッドも、以前の自宅には全くそぐわず宝の持ち腐れだったそうだが、今はお勧めの客室で愛用されている。

ローカル食材の朝食と宿のエコシステム

趣味のアンティークコレクションは家具に限らず、食卓でも活用されている。マノアバレーインの魅力の一つに地元の新鮮な食材を使った朝食があるが、カトラリーは全てこだわりの純銀製。グラスまでアンティークで一つ一つスタイルが違う。木漏れ日を浴びながらテラスで採るビュッフェスタイルの朝食は全てハワイの農家から直接買い付けたもので、シンプルな味付けながら素材の味が生かされていて驚く程美味しい。オリジナルの粉で作ったパンケーキやオーガニックコーヒーも好評であるが、特筆すべきはその裏にあるコンセプト。東洋医学にも携わるオーナーは、食こそが健康の鍵と信じ、スタッフ全員に料理を勉強させるそうだ。「宿泊して頂いてる間は、ゲストの健康も私達の責任。クリニックのスタッフにも料理苦手な子がいたら、食事の管理もできないのにどうやって人を治すの?って言うのよ」

使われる野菜はホッキ貝の粉を溶かした水で綺麗に洗浄されてから調理される。環境に配慮するマノアバレーインでは食後の食器洗いも既製の洗剤は極力使わず、ほぼ重曹のみで洗われ、同じく洗濯にも重曹に酢を加えたものを使用するそうだ。そして今では屋根にソーラーパネルが置かれ、宿の電力は太陽発電に頼っている。水道水には特別な活水器を使用し、カルキや薬品がほとんど除去された安全なミネラルウォーターをシャワーにまで利用している。「ビジネスやってる以上、ご近所や地域への責任があると思うの。ハワイの海を汚すようなことはしたくないわ」とジェナさんは力説する。

ゲストを癒すガーデンとヒーリング

そのこだわりの水を使ったのが、美しい庭園にあるプールだ。ホノルルのベストガーデンにも選ばれたこの庭園には春先から、オーナー自ら配合したという色とりどりのハイビスカスや、神秘の花と名高い翡翠色のヒスイカズラなどが咲き乱れる。南国の春が凝縮されたようなこのガーデンと洋館のマリアージュが宿泊客を魅了し、リラクゼーション効果を生む。古くからある大木が敷地内の家族の居住エリアまで根を張っていたが、そこもlet it beが信条のジェナさん。最近のホテルも家も邪魔なものはすぐ切ってしまうけれど、庭師が切りたがっても自分はありのままの姿を残したいのだと話す。ガーデン奥にはパワースポットがあり、ゲストは「座るだけで気分が落ち着く」と言われる椅子でくつろいだり、小さな泉のようなプールの横で読書をしたり思い思いに過ごすことができる。まるでおとぎの国にタイムスリップしたように、ここでは時間がゆっくりと流れていくのだ。

このようにゆったりとした宿の雰囲気を楽しむ旅行客がいる一方、癌などの難病の長期療養目的で訪れる人も多い。前述のワイキキのニューオータニホテル内にあるジュジュベホリスティッククリニックでは、ジェナさんのご子息である亀井士門さんが院長を務めている。そのため昼間にクリニックで治療を受けながらマノアバレーインに宿泊することが可能なので、日本から訪れる著名人も跡を絶たない。ジュジュべのBGMは、音楽にも精通するジェナさんのオリジナル。宿の朝食然り、治療中に流す曲も治療の一部と考え、敢えて既存の曲に頼らず自ら作曲したものをなるべく流したいそうだ。今後はマノアバレーインで、気軽に受けられる女性向けの美容プログラムも考えてみたいと意欲的に語る。

ジェナさんのご子息でジュジュベホリスティッククリニック院長、亀井士門さん

一方で、認知症を患うジェナさんのお母様の治療も行う亀井院長。毎朝共にクリニックに出勤し、夜はマノアバレーイン本館と同じ敷地内の離れで過ごす。各世帯の建物は独立しているものの、ジェナさんと院長一家、お母様の部屋は隣同士。夜中に何かあってもすぐ駆けつけられるので安心だそうだ。そしてその居住エリアにある、お母様の為にジェナさんが庭園の石を一つ一つ積んで作った小さな露天風呂。「母は日本の温泉と思い込んで、すごく喜んでくれるのよ!」と笑う。アメリカ暮らしが長い割に、三丁目の夕日のような日本の昭和文化が好きだというオーナー一家は、サザエさんの磯野家のように助け合いながら暮らしている。

世界中のゲストに愛されてきたハワイの歴史的宿マノアバレーインと、現オーナーのジェナさん。環境問題にも積極的に取り組むジェナさんは、現在マサチューセッツ工科大学(MIT)とコラボレーションしてオアフ島内にある、知る人ぞ知るハワイの独立国家の支援と世界平和の研究も行なっている。次回の記事では国民以外立ち入り禁止の国家を許可の元取材し、紹介する予定だ。


All photos by Shizuka Ueno Reid

シズカ・ウエノ・リード

1996年に渡米。カリフォルニア州立工科大学を卒業後、グラフィックデザイナーとしてサンフランシスコとハワイで勤務。産後はハワイでカメラマンに転向し、ブライダルカメラマンの傍らフリーマガジンのライター/カメラマンとしても活動。
Instagram:paradisephotohi