宗教と食は密接に関係している

日本では仏教と神道が伝統的な宗教だが、信者としての規範の持ち方は人によって多様だ。葬式については仏教の儀式に則って仏壇に代々の先祖を崇める一方、神式の初詣や子供の成長を祈る七五三の儀式を執り行うといったように、宗教観というよりは宗教に関連する行事を生活に取り入れていると言ったほうがいいだろう。もちろん日本にも、単一の宗教に深く傾倒する人もいるので、一概にこれが正しいともいえないのが現状である。ある意味とても自由なのだ。そして、自分以外の他人がどんなふうに宗教とのかかわっているかについては、すっかり寛容な社会であると言えるだろう。宗教を巡る争いごとなど聞いたことがない。

仏教の修行僧たちは精進料理が食の基本であり、ニンニク、玉ネギ、ネギ、ニラ、ラッキョウと言った刺激の強いものは修行には不要であるとして食せず、肉食も殺生であるとして取り入れないというのはご存知の通りだ。仏教を生活に取り入れているといったレベルの一般の人たちは、たまに精進料理を楽しむことはあっても、毎日これを実践するということはないだろう。言ってしまえはとても「カジュアル」な信者なのだ。

タコとアサリのアレンテージョ風という料理

ポルトガルの家庭料理に、豚肉とアサリの料理がある。アレンテージョ風と言われることもある。豚肉を一晩ニンニクとパプリカのペーストでマリネし、オリーブオイルを熱したクレイポットで火を通し、アサリと白ワインを入れてアサリが口を開けるまで調理したものを、塩コショウで味を調えてレモンを搾っていただく。アレンテージョとはポルトガル中部の街の名前で、この料理の発祥の地と言われているらしい。

最初にこの料理を知ったとき、肉とシーフードを一緒に料理するというので西洋料理としては違和感を持ったのだが、日本の鍋料理なら肉、魚、野菜も入っているものあるし、そう不可解でもない。これは面白いなと思った。食べてみれば豚肉にアサリの出汁がよく合う。シンプルながらごちそう感もある。そして、この料理は2つの宗教でタブーとされている素材が一緒に調理されているからなおさら興味深いのである。

豚肉を食べないイスラム教とユダヤ教

イスラム教徒は豚肉を不浄なものとして食べない。インドにはヒンドゥー教徒もイスラム教徒もいるが、ヒンドゥー教徒が牛を食べないのは神聖な動物だからであって、イスラム教徒にとっての豚肉とは意味が全く異なる。

そして、ユダヤ教徒の食べ物に関する決まり事「コーシャ」では、蹄があって反芻する動物以外は食べないので、蹄はあるが反芻しない豚は食べてはいけない。一方、牛肉や羊肉は二つの条件を満たしているので食べてよいということになるが、更にコーシャでは食肉加工の方法についても細かな規則があるので複雑だ。

貝を食べないユダヤ教

そして、ユダヤ教徒は貝を食べない。海産物ではヒレや鱗があるものは食べてもいいが、カニ、エビなどの甲殻類や、イカやタコ、貝は食べないのである。その反動と言っていいのかもしれないが、イスラエルの魚(もちろん鱗とヒレがあるもの)の料理は旨い。魚のグリルなどはいい火の通り加減が絶妙で、ふっくらと仕上げている。焼き魚と言えば日本だという人も多いが、ぜひイスラエルの魚料理も食べてもらいたい(下の写真はイスラエルで定番のスズキに似ているコルビナのグリル)。

ポルトガルはキリスト教徒の国

ポルトガルの宗教人口のうち最大なのがキリスト教で、カトリック教徒が大多数を占めてきた。リスボンのCampo de Santa Claraで開かれる骨董市でも、マリア像や十字架などキリスト教に関連するものを多く目にする。

もうお気づきだろう。豚肉とアサリの両方を食べることができるのはキリスト教徒なのだ。下町で週末に開かれる骨董市では、マリア像や十字架などキリスト教に関連するものも多く目にする。

ポルトガルではよく豚肉が食べられている。子豚の丸焼きも有名だし、煮込んだ豚肉をパンにはさんだビファーナは昔からのファーストフード。これが安くてうまい。その名もCasa das Bifanas(ビファーナの家)はリスボン中心部に古くからある名店で、朝から夜中までリスボンの人たちの空腹を満たしてくれる店だ。また、スペインと並んで生ハム、サラミなどの加工食品もレベルが高い。

Cantina Ze Avilezはテージョ川のそばに開店した気軽な食堂。特に海のものを扱った料理に定評がある。

アサリ以外にも、ユダヤ教では食べないタコもよく食べられている。新鮮なタコを米と一緒に調理したパエラはシンプルながらタコの旨味をごはんが吸って奥深い。日本のタコ飯を彷彿とさせる。この店では、オリーブオイルとスモークしたパプリカの香りが旨味を引き立ててくれるタコを軟らかく煮たものを食べた。熱いオリーブオイルでついた焼き目が香ばしい。また、黒米のリゾットを添えたタラのパンケーキも日本人には嬉しい一皿だ。

日本に帰って作ってみた

豚肉とアサリなら日本で簡単に手に入るので早速作ってみた。クレイポットがなければ普通の土鍋でもフライパンでも調理できる。あっさりとした味なので、ワインなら白が合う。最近はポルトガルのワインもよく売られているので、合わせてみてもいいだろう。ポルトガルのワインの産地で有名なのはDuoro。この地域の辛口の白ワインならいいペアリングになること間違いない。タコのパエラはクローブとローリエと一緒に調理する。出汁をふっくらと吸ったコメの旨さを楽しめる一品だ。

海外からの旅行客を迎えることが多くなった日本の外食産業も、宗教によって要請される食の規制により対応するようになった。多様な人々の食文化をリスペクトして迎える日本のおもてなしが、これからの日本に更に必要になってくるし、外食産業にかかわらず、世界の食文化をよく知ることが個人にもより求められるようになってきている。宗教と食のタブーは、とても興味深いテーマだ。


Casa das Bifanas
Cantina Ze Avilez   

All photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/