メルヘン街道は、グリム兄弟の誕生した街ハーナウからカッセルを通り、音楽隊で有名なブレーメンまで約600㎞を結ぶルート。この街道沿線の街では、メルヘンウィークや野外劇、古城や宮殿、緑あふれる公園など、まだまだ知られていない魅力的なスポットが数多くある。

グリム兄弟にゆかりのある街と童話の舞台となった街をたどる旅、今回はメルヘン街道の首都カッセル、やぶ医者だったといわれた放浪医師・鉄ひげ博士の眠るハン・ミュンデン、市内のネズミを追い払った笛吹き男の舞台となったハーメルン、ラプンツェルの古城ホテル「トレンデルブルク城」を巡った。

カッセル:グリム童話誕生の街 

カッセルは、グリム兄弟ヤーコブ(1785-1863)とヴィルヘルム(1786-1859)が童話集を初めて出版した街。ドイツのほぼ中ほどにあるカッセルは、空の玄関フランクフルトから直行特急列車で約1時間20分ほどとアクセスも良い。また世界遺産に登録されたヴィルヘルムスヘーエ公園も、街のシンボルとして人気の高いスポットだ。

カッセルは、グリム兄弟がその生涯の大半を過ごした重要な拠点で、グリム作品の軌跡がいたるところにある。

最初に訪問したのは、2015年に完成したばかりの博物館「グリムワールド(グリムヴェルト)」。ユネスコ世界記録遺産に登録されたグリム童話の初版本や、グリム兄弟自筆の手紙や原稿など数多く展示されている。

グリム童話として知られる作品、「子供と家庭のメルヒェン集」は、兄弟がドイツの伝承昔話を後世に残したいと考え、身近な女性達から昔話を収集し、それを編集したもの。初版では、日本でもお馴染みの「ヘンゼルとグレーテル」「白雪姫」「ブレーメンの音楽隊」など 156編が収められている。その昔話を多数提供した女性ドロテア・フィーマンに関する展示もあり、大変興味深かった。

さらに、兄弟が最初に編纂を手がけた「ドイツ語大辞典」など貴重な資料も展示されている(注・兄弟の死後、他の学者や研究者が引き継ぎ、同辞典を完成させた)。

また、あまり知られていないが、この童話集で挿絵を担当した画家の末弟ルードヴィッヒに関する展示もある。館内には映像や音声で楽しむ展示も多くあるため、子供も大人も飽きることなく閲覧できる。

ハン・ミュンデン・:鉄ひげ博士の眠る街

ハン・ミュンデンは、ヴェラ、フルダ、ヴェザー川の交易により発展した商業都市で「3つの川の都市」といわれる自然と水の豊かな街だ。周辺は、歴史文化財も多数あり、城や修道院そして牧歌的な木組みの家並み、川や自然公園が点在する風光明媚な地として知られる。カッセルから普通列車で20分とアクセスしやすい。

旧市街には600年前からある700以上の木組み家屋がひしめき合い、欧州でも有数の美しさを誇る。市内に一歩足を踏み入れると、まるで中世の世界に迷い込んだような気分だ。世界を旅した地理学者アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769年‐1859年)は、「世界でもっとも美しい7つの街のひとつ」と、ハン・ミュンデンを絶賛した。

この街の有名人といえば、300年も語り継がれている医師・鉄ひげ博士(ドクターアイゼンバード)。彼は国内各地を120名の芸人や音楽隊と共に治療放浪し、自家製の薬も売り歩いた。プロイセン王フリードリッヒ・ウィルヘルム1世より名誉博士を授与したらしいが、実際には博士号を取得しておらず目立ちたがりやだった。そのためやぶ医者、いかさま師と妬まれたらしいが、手術の腕前は高度だったという。ちなみに鉄ひげはニックネームではなく本当の名字(ヨハン・アンドレアス・アイゼンバード)だ。

街の中心部にあるヴェザールネッサンス様式の市庁舎は、細部にいたるまで豪華に装飾された建物。かつて交易地だった時代に繁栄したこの街の歴史を物語る壮麗な芸術品だ。なかでも正面玄関は、圧倒的な存在感を放っている。

市庁舎の仕掛け時計には、12時、15時、17時と毎日3回、ペンチで患者の歯の治療をする博士が登場する。また市庁舎内1階ホールで行われるユニークな寸劇「鉄ひげ博士」も面白い。5月から10月の毎土曜日13時30分から行われるこの劇は、観客から患者を募って治療を繰り広げるこの街ならではのアトラクションだ。

ドイツといえば、豊富な種類のソーセージが有名。そしてどの街の中心部にも地元民の通う食肉店がある。この街ではわざわざ遠方からもわざわざ買いに来る客の多い店、「シューマン」を覗いてみた。

店主のシューマンさんとパートナーのエヴェリンさんは、どちらも食肉マイスター。店内に入ると、自家製ハムやソーセージの他、食品コンクールの受賞トロフィーや同店を紹介する新聞記事、グルメ雑誌の「ドイツ全国ベスト食肉店の表彰賞状などが店内に沢山飾られているのに驚いた。なかでも、地元民がこよなく愛するサラミ 「アーレヴルシュト(古いヴルスト)」は何度も表彰されている逸品だ。

北ヘッセン地方の伝統食品のひとつとして根強い人気を誇るこのアーレヴルシュトは、長時間熟成させた豚肉ソーセージ。熟成法は空気乾燥あるいはスモークと二つあるそうだが、シューマンでは6か月から12か月ほどの時間をかけてじっくり空気乾燥させている。こうすることで旨味やほのかな香りが心地よい美味しさとなるという。

ハーメルン・:笛吹き男伝説の街

伝説「ハーメルンの笛吹き男」で知られるハーメルンは、ヴェザー山地のなだらかな丘に囲まれたかわいい街だ。16世紀から18世紀に建てられた美しい砂岩やヴェザー・ルネサンス様式のカラフルな木組みの家が連なる旧市街、ネズミ捕り男の野外劇場など多彩な観光名所を楽しむことができる。カッセルからハノーバーを経由して列車で2時間ほど。
 
この街に笛吹き男が現れたのは13世紀。大量のネズミが繁殖し、大きな被害を被っていたハーメルンの町民は退治に頭を抱えていた。そんなある日、派手な服装をした男がこの街に現れ、報酬をもらえるならネズミを追い払うと申し出た。そして男は笛を吹いてネズミをおびき出し、ヴェザー川へ導いた。男の後に続いたネズミは、川で溺死したが、町民は約束の報酬を支払わなかった。そこで激怒した男は笛を吹き街の子供たち130人を連れ去ってしまったという何だが背筋の寒くなる伝説だ。

旧市街のオスター通りを歩いていると、ネズミキャラクターや笛吹き男の銅像などが目に入ってくる。ネズミをかたどった乾パンやぬいぐるみ、ネズミ印の缶詰、蒸留酒などお土産選びにも困らない。

路上にはめ込まれているネズミのプレートは、「ネズミ捕り男の道」と名づけられた散策コースの目印だ。このプレートを辿って歩くと、レストラン「ネズミ捕り男の家」、結婚登録役場の「結婚式の家」、「マルクト教会」など旧市街の要所めぐりが気軽にできる。

また、プフェルデ広場に建つマルクト教会と「結婚式の家」の中ほどで、毎年5月中旬から9月中旬まで無料の野外劇「笛吹き男」が開催される。この街ならでは演劇をぜひとも見学したい。

野外劇は見ることが出来なかったら、「結婚式の家」の東壁に取り付けられている仕掛け時計を見学したい。毎日13時04、15時35分、17時35分に笛吹き男とネズミ、そして子供達が登場する。

ラプンツェルの古城ホテル:「トレンデルブルク城」

ディズ二―映画「塔の上のラプンツェル」のモデルとなったトレンデルブルク城は、13世紀後半、トレンデルブルクの小高い丘に建てられた。その後、所有者も変わったり、廃墟状態になったりと年月を経て、20世紀になるとシュトックハウゼン家の所有となった。1949年に改築されるとドイツ初の古城ホテルが誕生した。改築したとはいえ、館内はほとんど13世紀オリジナルのまま。ホテルに足を踏み入れると、重厚で長い歴史がひしひしと伝わってくる。トレンデルブルクは、カッセルから普通列車とバスで1時間10分ほど。

ラプンツェルとはサラダ菜の一種。童話の中では隣家(魔女の家)のサラダを見た妊婦がどうしても食べたいと夫に頼んだことから展開する。ラプンツェルを無断でとりへ行った夫は、そこで魔女と出会う。理由を説明し、許しを請う夫は、生まれてくる赤ん坊を魔女の元にもって来ると約束してしまう。

その後少女ラプンツェルは魔女に引き取られ、その後、塔に閉じ込められてしまった。塔には入口はなく、小窓があるのみ。魔女が食事をもっていく時には、「ラプンツェル、髪を垂らしておくれ」と叫び、降りてきた髪をつたって塔を上った。現在、古城ホテルの横にある塔の小窓からは、この伝説を偲ぶ、三つ編みの金髪が垂れている。

歴史の重みを感じるホテルの入り口や客室を目にすれば、まさに童話の世界に迷い込んだような気分だ。

古城のレストランは、雰囲気も味も抜群で、週末や祝い事で食事のためだけに訪れる客も多い。料理を堪能しながら塔に閉じ込められたラプンツェルに思いを馳せると時間が経つのも忘れてしまうほどだ。

夢見るような美しい風景、その土地独自の童話の主人公にまつわる伝説の地、そのすべてがおとぎ話にでてくるような世界。メルヘンの本場を訪問すれば、きっと童心の頃のようにワクワクするに違いない。さあ、次はどこへ行こうか。


ドイツメルヘン街道  
ドイツ観光局  

All photos ©Noriko Spitznagel

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員
大学卒業後、出版社、ドイツ企業勤務。のち渡独。得意分野はビジネス・文化・教育・書籍・医療業界・観光や食など。翻訳や見本市の通訳、市場視察やTV番組撮影の企画やコーディネートも。最近は人物インタビューを中心に活動中。仕事以外では旅と食べること、スポーツジム通いと水泳に没頭中。
HP:http://norikospitznagel.com/