9月半ば、親戚と友人を訪ねて、ブラジル北東部ピアウイ州のテレジーナ空港に降り立った。テレジーナは州都だが、欧州からの直行便はまだなく、フォルタレザやサンパウロなどを経由する。上空から眺める街は、碁盤の目のように整然としている。街が建設されたのは1852年。首都ブラジリアの完成が1960年だから、それよりも1世紀早く建設された、ブラジル初の計画都市だった。
北東部では唯一、内陸に位置する州都なので、誰もがブラジルのイメージとして持っているビーチはない。街はパルナイーバ川とポチ川の合流点にあり、水が豊かで緑が多く、「緑の街」とか「北東部のメソポタミア」などと言われる。南緯5度の常夏の街だ。気温は40度を超えることも多い。
テレジーナの街を外れ、ピアウイ州の奥地へ向かうと、セルタオンと呼ばれる乾燥した荒野が続く。年間降水量は500ミリ以下。乾燥地でも生育可能な有棘低木やサボテンが生え、水脈のあるところにはうっすらと緑に染まった林が見つかる。先住民の言葉では カーティンガ(白い森)と言う。
厳しい自然環境だが、食材は思いのほか豊富だ。主食は米だが、伝統食であるマンジョッカ芋と、その澱粉であるタピオカ粉が、米と同等に重要だ。
北部はトロピカルフルーツの宝庫
ブラジル北部一帯はトロピカルフルーツの宝庫だ。ピアウイ州も例外ではなく、マンゴーやグアバ、パパイヤやパッションフルーツなどが、庭先に普通に生えている。沿道や市場では、バクリやアタ(シュガーアップル)、クプアスやブリチ、ジャカやウンブーなどを売っている。何回訪れても、未知の果実に出会う。
ピアウイ州を代表するトロピカルフルーツは「カジュー」だ。ポルトガル語でカジュー(caju)と言うと、馴染みがないかもしれないが、英語でカシュー(cashew)と言えば、誰もがその名前を知っているはず。カシューは本来の実であるカシューナッツだけでなく、偽果であるカシューアップルも食用となる栄養価が高いフルーツだ。熟れたカシューアップルはオレンジや赤に染まり、忘れがたい芳香と味わいを持つ。十分甘みがあるので、そのまま食べても美味しい。
カシューはブラジル北東部が原産だ。16世紀にポルトガル人が発見し、ブラジル以外の熱帯地域にも運ばれた。現在では、東南アジアやアフリカでも栽培されている。ブラジルではピアウイ州以外に、セアラ州やリオ・グランジ・ド・ノルチ州なども産地だ。
今回の旅は、ちょうどカシューが実る時期に重なった。旬はだいたい9月から1月ごろまで。テレジーナの街路樹はマンゴーが多いが、よく見るとカシューもあちこちに生えている。暑さと乾燥に強い常緑樹は、成長すると高さ10メートルくらいになる。目をこらすと、大木のあちこちに、黄色やオレンジ色の実がぶら下がっている。
カシューアップルは主にジュースに加工される。りんごジュースのような、クリーム色の果汁だ。市販のものもあるが、友人たちは熟れたカシューアップルを冷凍保存しておき、ミキサーでジュースを作っていた。
「カジュイーナ」という透き通ったジュースもある。1900年ごろ、ロドルフォ・テオフィロという薬剤師が考案した飲み物で、破砕しながら圧搾し、ろ過する。ボトリング後に熱処理するので保存料は必要ない。
カシューナッツはブラジル中どこでも見つかるが、もぎたてのカシューアップルは遠方に出荷される事はほとんどなく、「カジュイーナ」も地元でないと味わえない。
ピアウイの味 山羊肉のココナッツミルク煮
ピアウイ州の人に、郷土料理は何かと聞くと、山羊肉や羊肉料理を挙げる人が多い。シュハスコが一番と言う人もいれば、ココナッツミルク煮でなければ、という人もいる。山羊や羊はブラジル北東部の過酷な気候にうまく適応している家畜だ。山羊は主に樹木の葉を、羊は主に草を食べ、たくましく育つ。
以前、ピアウイ州の田舎の食堂で、山羊のココナッツミルク煮を味わったことがある。あの料理をもう一度味わってみたいと思った。テレジーナには羊料理専門のレストランはあるが、山羊料理を出すレストランがどうしても見つからなかった。そんな話をしていたら、友人が料理の先生を紹介してくれた。山羊のココナッツミルク煮は彼女の得意料理だという。
お会いしたのはマリア・エウザ(Maria Euza)さん。マラニョン州カシアスの出身で、長年テレジーナに住んでいる。両親が牧畜業を営んでいたので、16歳頃までは、牛や羊など家畜がいる環境で育った。料理が好きで、伝統料理はすべて母親から習った。その後、専門学校でファッションデザインを専攻したが、卒業すると料理の世界に戻った。現在は、料理学校の講師、伝統料理のコンサルタントとして働いている。プライベート・シェフとして、ホームパーティ先に出張してコース料理を作ったり、主婦たちに料理をコーチすることもあるそうだ。
テレジーナ滞在中のある日、マリアさんに山羊のココナッツミルク煮の作り方を教わった。マリアさんが作ってくれた、カジューの実が丸ごと入ったカイピリンニャ風のアペリティフを味わいながら、台所へ。
山羊はテレジーナの市場でいつでも手に入る。マリアさんはリブを用意、下味にはつぶしたニンニク、塩胡椒、特製のミックススパイス、ウルクム、ピメンタ・ジ・シェイロ、フレッシュなコリアンダーとアサツキ、ライムの果汁を使う。
ミックススパイスは、ドライのクミン、オレガノ、胡椒を挽いてブレンドしたもの。ウルクムは日本語でベニノキと言い、種子から得た赤い色素が、肉汁をおいしそうなサフラン色に染める。ピメンタ・ジ・シェイロは独特の芳香をもつ薄緑色のトウガラシだ。
ピアウイ州やマラニョン州では、ココナッツミルクをココヤシではなく、ババスヤシの実から取る。ババスヤシの実は握りこぶしくらいの大きさで、中に5、6本の細長い乳白色のナッツが入っている。これを少量の水と一緒にミキサーで撹拌し、絞ってミルクを得る。ブラジルでは、家庭での煮込み料理に圧力鍋が活用する。マリアさんは最初に圧力で調理し、最後に絞ったミルクを加え、あとは圧力なしで短時間煮立たせていた。
付け合わせは、北東部の伝統的な豆ご飯「バイアオン・ジ・ドイス」とマンゴーがたっぷり入ったサラダ。デザートはカシューアップルを砂糖と丁子を加えて煮詰めたコンポート。どれも地元の素材で作られた、かけがえのない料理だ。
テレジーナでの最終日には、人気の羊肉料理のレストラン「カルネイロ・ナ・ブラザ(Carneiro na Brasa)」にも行った。友人が、ピアウイ州に来たからには羊も味わうべき、と言って連れて行ってくれた。店ではオーナーのマスカレンニャ家に伝わるレシピを忠実に継承し、羊づくしの料理を提供している。もも肉のシュハスコのオレンジソースがけ、羊肉の炊き込みご飯が絶品だった。
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Carneiro na Brasa
Rua Prof. Clemente Fortes, 2260 – São Cristóvão,
Teresina – PI, 64051-030, Brasilien
Tel.55 86 3233-8843
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岩本 順子
ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com