オーストラリアはメルボルンに店を構える「CIBI(チビ)」のラズベリー入りガトーショコラは、特別な食の体験としてなぜか忘れられない。CIBIは食と文化の楽しみに溢れるエリア、コリンウッド(Collingwood)にある、食とデザインの空間だ。平日朝7時から営業するカフェスペースは、朝から地元の人々で賑わっている。併設のショップでは、オーナーがキュレーションした日本製の食器や雑貨といった日用品、フランスやイタリアのグローサリー食品やキッチングッズなどを販売している。中にはCIBIブランドのオリジナル商品もある。メルボルン滞在中、何度行っても楽しめてしまう、不思議な魅力に溢れるCIBIという空間の魅力に迫る。

地元の常連で賑わう「サードプレイス」

イタリア語でたべものを意味するCIBIという店名の由来は、日本語の「おちびさん」からきているそうだ。CIBIのオーナーカップル、メグさんとゼンタさんは、2008年にCIBIをオープン。そして2018年10月には、創業当時のロケーションから移転し、およそ4倍もの広さがある約800平方メートルの空間でリニューアルオープンした。

筆者が初めてCIBIを訪問した昨年の7月。まさにアットホームなカフェ空間では、その雰囲気からも明らかに常連と思われる地元の人々が、家族や友人らとの時間を楽しんでいた。子ども連れも多く、ゼンタさんとメグさんの子どもたちもよくお店で見かける。その数日後、仕事の同僚と再訪した際も、店内には相変わらず落ち着いた賑わいがあり、傍ではオーナーのメグさんが、メディアの取材対応もしていた。

CIBIの空間の特徴の一つが、オープンなキッチンスペース。特にリニューアル後は、より大きなスペースで、コーヒーや食事が準備される。レジ横のショーケースに並ぶ、ベイクド・グッズに抗うのは難しい。フレッシュなマフィン、パウンドケーキなどが並ぶ。前述のガトーショコラは、しっとりとした生地の中に甘酸っぱいラズベリーを忍ばせ、ココアパウダーで仕上げられた逸品。ラテよりもエスプレッソ味が強くオーストラリアで人気のコーヒードリンク「フラットホワイト」との相性も抜群だ。

スイーツメニュー以外にも、ブレックファストとランチのメニューが充実している。焼き鮭や卵焼きなどを組み合わせ、日本の伝統的な朝食をアレンジした”Japanese Breakfast”や、チキンとポーチドエッグの入った”Udon Noodle Soup”、たっぷりの野菜とそばを和えた”Soba Salad”といったランチ。ジャンルで言えば「日本食」だが、いわゆる和食レストランのメニューというわけではない、コンテンポラリーなメニューが、地元の常連客を惹きつける理由かもしれない。

豊かな空間とデザイン性の先にあるもの

ゼンタさんのバックグラウンドは建築。幼少期をアメリカで過ごし、その後、家族でオーストラリアに移住。彼はオーストラリアの大学で建築を学んでいたが、ドイツに留学。欧州での学びが、その後のデザインに対するアプローチや空間へのこだわりに影響したそうだ。

リニューアル後の約800平方メートルの空間の、ほぼ半分はショップスペース。オープンキッチンとカフェスペース、オフィスも併設する。広い空間の一部は、観葉植物などを中心に販売するプラントショップとハイエンドの額装ショップに貸している。以前倉庫として使われていた、高い天井が特徴的な開放的なスペースは、元々はテキスタイル工場だったそうだ。天窓からは明るい光が差し込む。実は、移転前の昨年8月、筆者はオープン前の空間を見せてもらっていた。そこから2ヶ月以内という短い期間の間に工事が進み、アットホームさとコンテンポラリーなデザインが融合した、豊かな空間が誕生していた。

CIBIではイベントも頻繁に開催される。筆者が滞在していた12月の1週間は、クリスマスを前にしたショッピングイベントと、刃物研ぎのワークショップが開催された。オーストラリアではラーメンや寿司など、いわゆるグローバル化した日本食が定着しており、メルボルンでは日本の百円ショップ「DAISO」もチェーン展開している。しかし、いわゆる日本の文化やライフスタイルの浸透といった意味では、例えばロンドンやパリなど、欧州に比べてまだ伸び代が大きい。

CIBIのショップで展開される日本の食材や食器、日用品や道具は、オーストラリア人にとってまだユニークなものであり、興味や関心が広がりつつある対象だ。そういった意味において、CIBIが提案するプロダクトや、ワークショップ、イベントには大きな可能性がある。この新たな大きな空間を活用して、今後はさらなるイベントや仕掛けが始まっていきそうだ。

CIBIブランドのグローバル展開

CIBIのミッションは、オーストラリアに和食の文化やライフスタイルを提示することだけではなく、オーストラリアからの発信を行うことでもある。CIBIの「ライフを楽しくする」というコンセプトを核にした、オーストラリア的なライフスタイル、より厳密にいうとオーストラリアに育まれた「CIBI」というブランドやカルチャーを、日本や欧米にも展開し始めている。

CIBIは2017年9月、東京の千駄木にもショップをオープンした。メルボルン本店の雰囲気をそのまま東京に移植してきたようなお店だ。カフェスペースでは本店同様のブレックファーストやドリンク、ベイクド・グッズを味わうことができる。

2018年の3月には、メグさんがプロデュースするCIBIのメニューにインスパイアされたレシピを掲載したCIBIのライフスタイル本も発売された。オーストラリアと日本で先行発売され、欧米でも販売中。7月にはロンドンで、本のロンチイベントも開催された。

アメリカやオーストラリア、ドイツといった様々な環境で育ったゼンタさんは、いわゆるサード・カルチャー・キッズだ。だからこそ、日本やオーストラリアといった特定の文化に縛られることなく、自らの理想とするライフスタイルをCIBIという独自のブランドに昇華することができている。そうした柔軟性とこだわりの独自のバランスこそが、CIBIが地元からも世界からも愛される理由かもしれない。


All photos by Maki Nakata

Maki

Maki & Mpho LLC代表、ノマド・ジャーナリスト。
同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。
Forbes, WIRED, Business Insiderなどで、ビジネス、カルチャーを中心に幅広いジャンルの記事を執筆。
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