「ワールド50ベストレストラン」に10年連続で選出され、ミシュランで2つ星を獲得するなど日本で最も有名なレストランのひとつ、『NARISAWA』のオーナーシェフ・成澤由浩氏が、国際ガストロノミー学会の権威あるアワードであり、最も食の芸術史を極めたと評価される人物を表する「Grand Prix de l’Art de la Cuisine」を受賞し、昨年12月17日に表彰式が行われた。料理人としての国際グランプリ受賞は日本人およびアジア人として史上初の快挙である。
表彰式には、辻調グループ代表の辻芳樹氏、環境保護活動家で一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団理事長のC.W.ニコル氏、fragment design主宰の藤原ヒロシ氏などが出席し、ビデオレターでは、かつて世界一予約の取れないレストランと謳われた「エル・ブリ」総料理長フェラン・アドリア氏など錚々たる面々が祝辞を述べた。
国際ガストロノミー学会とは
そもそも“gastronomy”とは「美食」や「美食学」という意味を持つことから、「美味しく料理を調理して食べること」だけを指すものと誤って理解されることもあるが、これはガストロノミーの説明の一部にすぎない。国際ガストロノミー学会は、国際連合食糧農業機関(FAO)、UNESCO、EU等と連携しながら世界の国々の地域における「食文化の伝統を守り」つつ、その「発展」に寄与するとともに、「現代料理の芸術的創造性を奨励する」目的で設立された国際的組織であり、現在、世界24カ国、28の学会を傘下に持つ。
国際ガストロノミー学会の前身となるベルギー王立学会が1983年、イタリアガストロノミー学会が1953年、スウェーデン王立学会が1958年、スペイン王立学会が1980年にそれぞれ創立され、欧州を中心に食にまつわる幅広い活動を展開し世界の食文化発展に大きく貢献してきた。その上でヨーロッパ各国のロイヤルアカデミーの活動を基盤に1983年、各国から一団体だけ公式アカデミーを選定し『国際学会』として組織化された歴史を持つ。
国際ガストロノミー学会は、世界の様々な地域における食文化の伝統を守りつつ発展させることを目的として表彰事業を行っており、これまで「フレンチの神様」故ジョエル・ロブション氏や「史上最年少3つ星獲得シェフ」アラン・デュカス氏、「世界一予約が取れないとされた伝説のレストラン『エル・ブリ』の料理長」フェラン・アドリア氏などがグランプリを受賞している。
NARISAWAオーナーシェフの成澤氏
成澤氏は、19歳からの8年間をヨーロッパの著名なシェフのもとで過ごし、帰国と同時にオーナーシェフとして神奈川県小田原市に「La Napoule | ラ ナプール」をオープン。2003年に現在の南青山に移転するまで、東京、そして世界から多くのシェフや著名人、美食家たちを引き寄せた。港の前の小さなレストランは未だ伝説のごとく語り継がれている。
また料理界のアカデミー賞と呼ばれる「ワールド50ベストレストラン」に10年連続で選出。2010年にはスペインの世界最高峰の料理学会Madrid Fusionにて、「世界で最も影響力のあるシェフ」に選ばれた。
日本の里山にある豊かな食文化と先人たちの知恵である「里山文化」を、NARISAWAのフィルターを通して料理で表現する“イノベーティヴ里山キュイジーヌ”(革新的里山料理)という独自のジャンルを確立し、「サステナビリティーとガストロノミーの融合」をテーマとする成澤氏は、料理人という立場で自然を理解し、料理を通して環境問題を訴え続けるなど、世界でもいち早く自然保護にかかわる料理を発表している。
授賞式では成澤氏にサステナビリティーと食の関係について、いくつかお話を伺うことができた。
Q. サステナビリティーということをテーマにしていますが、何かきっかけとなる出来事や教えがあったのでしょうか?
いまから10年前に「サステナビリティーとガストロノミーの融合」というテーマを掲げ、レストランを展開してきました。安全で美味しい食材を探し求めることが、私たち料理人の仕事、一番大事なことだと思っているのですが、その中でそれぞれの地方の海や森や畑に行き、色々な野菜や海のものを採ったり、家畜を育てたりしている方々から「環境が大きく変わってきている」という言葉を多く聞かされました。いまは豊洲というものがありますが、以前は築地ですね。多分僕が市場に行っていたら、気づけなかっただろうなと思います。
今から20数年前から徹底してやってきていることですが、野菜や果物の産地に出向き、漁場や農場などの現場に出向いて食材が生きている姿を見ています。刈られたあとの、なんでもそうなのですが、野菜も抜かれてとか、ハーブもちぎられて、やはりその時はもう死んでいる状態なんです。生きている状態を見て、その生命力を感じるということをする中で、それぞれの現場の生産者さんと、環境についての話を交わしました。
環境と言っても色々ありますが、いわゆる人的な直接的な環境汚染、例えば、農薬ですとか、海もそうですね、色々な廃棄物によって侵されていくわけです。じゃあ安全な状態ってどうなんだろうと考えた時に「土」というものにたどり着きました。
農薬を撒かれた土、その土からできるものは当然、農薬の影響を受けているということで、まずは土からこの環境という問題に入っていきました。つまり、いかにその土が安全かということが、食材の安全につながるだろうと。ですから、土に目を向けて、食べられるぐらい安全な土でなければいけないというメッセージを込めて「土のスープ」を発表しました。
Q. これまでにもいくつもの賞を受賞されてきたと思いますが、今回の国際ガストロノミー学会の「Grand Prix de l’Art de la Cuisine」受賞について特別な思いはありますか?
すごく大きな、変わらなければいけない転換期を、ガストロノミーの世界が迎えています。もう10年以上前になるでしょうか、世界中の料理学会を中心に「環境とガストロノミー」について取り上げられるようになりました。国際ガストロノミーや学会の本拠地はフランスにあり、代表もフランス人です。先月もモナコで学会があったのですが、ここでもサステナビリティーと地球の環境問題がテーマでした。いよいよこのガストロノミーの発祥とも言えるフランスにおいても、本格的に環境問題がメインのテーマになってくる時代だなと。ですから私のような現在進行形の人間が、まだまだ勉強中のテーマのもとに賞をいただけたというのは、今までの、そしてこれからの料理人としての人生において、非常に大きな一歩を踏み出せたのかなと思います。
Q. 成澤シェフご自身の、環境問題への関わり方を教えてください。
具体的には実際に森を使う、森の食材を使うだけではなく、森を育てたり、労わるということで、総勢40人以上のスタッフ全員で、森に入って清掃をしたりしています。一見きれいに見える森も結構ゴミがすごくて、シンプルなことですが、そういった事でスタッフも自然と触れ、環境のことを考えたりすることもできますので。あとは植樹、木を使って木を植える、結局それが人と森との大事な関わりではないかと思います。もっと言うと、レストランとこの近くにあるバーもそうですが、いかに森の食材を取り入れるか、今まで食べていなかったものでも、実は食べられるものがたくさんあります。そういったものを学び、積極的に取り入れることも試みています。
また2019年からは、年に数回シンポジウムを開催しようと思っています。一般の人も呼んで、いまのような話とか、環境の話を森のプロの人たちと一緒にする。料理人だけではなく、いろんなジャンルの人を呼んで、いわゆる木を使って家具を作る人とか、木からアロマを取っている人、樹木医や大学の先生。専門的・科学的にそういったことを研究している人。そういう横の繋がりを作るということが大事だと思っています。
Q. 最後に日本の20-30代に向けて、「サステナビリティーとガストロノミー」の観点からメッセージをお願いします。
食べることって一番基本じゃないですか、どんな職業の人でも”食べる”という行為を行うわけですから、やっぱり自分たちが食べるものに興味を持つ、食べているものがどんなものなのか真実を知る。でも、真実というのはなかなか表に出ていないものもありますから、それを知ることからなのかなと思います。自分の身は自分で守る、この都会に隠れている危険なもの、環境ホルモンや有害物質、更には精神をも犯しかねない目に見えぬもの……。そういったものにはやはり、食べるものが非常に大きく影響しています。結局、地球の環境が侵されてきているということは、食べるものを通し、並行して人間の環境も侵されていると考えることもできるわけで。
そうは言っても、なかなかそこまで開示が義務付けられていないものもあって、インターネットで検索しても出ないぐらい隠れた危険もあります。少なくとも表記されているものは慎重に読み取り、有機と書かれている野菜が無農薬なのかどうか、無農薬が一部あるけど他は違うかもしれないとか、曖昧なことが色々あります。やっぱりその辺りを気をつける。自分たちが食べるものに興味を持って改善することが、そのまま環境にも良かったりするので、そういった身近なところから学び始めると良いのかなと思います。
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NARISAWA
東京都港区南青山2-6-15
Lunch 12:00〜13:00(L.O.)15:00閉店
Dinner 18:00〜19:00(L.O.)
定休日:日曜・月曜