世界のスパークリングワインの頂点に君臨する、シャンパーニュ。シャンパーニュを味わうことは、特別な体験だ。しかし世界のあちこちには、シャンパーニュと同様の伝統製法、つまり瓶内二次発酵で造られるスパークリングワインがいくつも見つかる。

例えばフランスには、ブルゴーニュ、ボルドー、ロワール、アルザスなどで生産されているクレマン。イタリアには、フランチャコルタやトレント・ドック、スペインにはカバ、そしてドイツには「ヴィンツァー・ゼクト」がある。ヴィンツァーとはワインの造り手のこと。「ヴィンツァー・ゼクト」は丹精込めて栽培した自社畑のぶどうから造られる、最高品質のスパークリングワインだ。

©Wein- und Sektgut BARTH

シャンパーニュと縁の深い、ドイツとフランスの繋がり

ドイツはもともとシャンパーニュと縁が深かった。今から約200年前、フランス革命を契機に、多くのドイツ人が先進国フランスに目を向け、シャンパーニュ地方にも移住、シャンパーニュメゾンに職を得ていたのである。やがて、そのうちの幾人かが独立したり、仲間と共同で新たにメゾンを立ち上げた。シャンパーニュメゾンにドイツ系の名前が多いのはそのためだ。現在まで営業しているドイツ系メゾンには、エドシック(現在は3メゾン)、マム、ボランジェ、ドゥーツ、クリュッグなど有名処が名を連ねる。

1826年にシュトゥットガルト近郊のエスリンゲンにドイツ最古のゼクト醸造所を立ち上げたのは、シャンパーニュの名門、ヴーヴ・クリコでマダム・クリコの片腕として働いたドイツ人、ゲオルグ=クリスチャン・フォン・ケスラーだった。彼が、シャンパーニュの技術をドイツにもたらした。

ドイツでは近年、タンク醸造であるシャルマ製法が主流だったが、1990年代ごろから、伝統製法に取り組むもうとする意欲的な造り手が登場し始めた。彼らはシャンパーニュで情報収集したり、シャンパーニュメゾンで修業したり、シャンパーニュから醸造家を迎えるなどして、技術を磨いたのである。

©Wein- und Sektgut BARTH

今日ではシャンパーニュに劣らぬ高品質の「ヴィンツァー・ゼクト」がいくつも見つかる。 シャンパーニュと同じぶどう品種、つまりピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネの3品種を使用し、シャンパーニュ同様の厳格な圧搾条件で醸造されるものもあれば、リースリングなどから造られるドイツらしい製品もある。シャンパーニュと異なり、ヴィンテージものが主流であるのが特徴だ。

現在、脚光を浴びている3つの醸造所をご紹介しよう。

ワイン&ゼクトグート・バース

ドイツの空の玄関口、フランクフルトから気軽に訪問できるワイン産地がラインガウ地方だ。ラインガウ地方は、旧東独ザクセン地方などとともにドイツのワイン産地の北端にあたり、ゼクト造りに適した地域。大手ゼクトメーカーの拠点もあり、ゼクト造りの伝統が息づいている。

同地方の中央部、ハッテンハイムのワイン&ゼクトグート・バース(Wein- und Sektgut Barth)は創業1948年。1992年に2代目のノルベルト・バース氏がゼクトの生産を開始した。現在は3代目のクリスチーネ&マーク・バース夫妻が醸造所を牽引している。ともに醸造家である夫妻が生み出すゼクトは、リースリング、ピノ・ブラン、ピノ・ノワールのロゼとブラン・デ・ノワールなどだ。

マーク&クリスチーネ・バース夫妻(左)とマリオン&ノルベルト・バース夫妻
©Wein- und Sektgut BARTH

バース家ではシングルワインヤードのゼクトにも力を入れており、ドイツ・プレディカーツワイン生産者協会(VDP)認定の1級畑、特級畑のリースリングだけを使用したゼクトも生産している。ハッテンハイムの1級畑「シュッツエッンハウス(Schützenhaus)」と特級畑「ハッセル(Hassel)」のリースリングのゼクトはいずれもドザージュ・ゼロ。シングルワインヤードだからこそのピュアな味わいが活かされている。いずれも瓶内二次発酵期間と合わせ、酵母と一緒に最低3年寝かせた後、デゴルジュマンを行っている。ともにバルト夫妻の最高品質のゼクトだ。

動瓶作業を行うマークさん ©Wein- und Sektgut BARTH

醸造所はフランクフルトから約50km、中央駅発の郊外列車VIAで約1時間、ハッテンハイム駅からは徒歩10分とアクセスも良い。

Wein- und Sektgut BARTH
Bergweg 20
65347 Hattenheim

左はドイツ特有のリースリングのゼクト。シングルワインヤード、シュッツェンハウスのぶどうだけを使用。

ゼクトハウス・ラウムラント

ライン川を挟んで、ラインガウ地方の南の対岸に広がるラインヘッセン地方は活気のあるワイン産地の一つ。南部のフレアスハイム=ダールスハイムを拠点とするゼクトハウス・ラウムラント(Sekthaus Raumland)は、ドイツ・ゼクト界の第一人者、フォルカー・ラウムラントが一代で築き上げたゼクト専門の醸造所。創業は1990年だ。

フォルカー&ハイデ=ローズ・ラウムラント夫妻は、創業時からシャンパーニュを構成する3品種、ピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネを重点的に栽培し始め、2002年にこれら3品種のアッサンブラージュである「トリウンヴィラート(Triumvirat)」をリリースした。ドイツ初のシャンパーニュブレンドの登場は、シャンパーニュに対する大きな挑戦でもあった。

ラウムラント本社の庭園に隣接してぶどう畑が広がる  ©Sekthaus Raumland

ラウムラント家はゼクト専門の醸造所で、コレクションは多岐にわたる。酵母と3~4年寝かせた「トラディション」、酵母と6~9年寝かせた「プレスティージ」、10年寝かせた「ヴィンテージ」の3つのカテゴリーがあり、いずれもヴィンテージ・ゼクトという徹底ぶりだ。

2人の娘たちの名前を冠したブラン・デ・ノワール、マリー=ルイーズ(ピノ・ノワール100%)とカタリーナ(ピノ・ノワールとムニエのアッサンブラージュ)は日常的に楽しめるヴィンツァー・ゼクトとして定評がある。コレクションの頂点の1つを成す「トリウンヴィラート」は、2010年産がリリースされたばかり。長期間酵母と接触させることで生じるブリオッシュを思わせる風味が、繊細な果実味と絶妙のハーモニーを奏でる。ダールスハイムのビュルゲルのぶどうだけを使用、高品質のシャンパーニュに比肩する仕上がりだ。

フォルカー・ラウムラント氏。左は長女のマリー=ルイーズさん、右は次女のカタリーナさん ©Sekthaus Raumland

醸造所はフランクフルトから約60km、ヴォルムスから郊外列車で約15分、フランクフルトからは1回、あるいは2回乗り換え、2時間弱で最寄駅のニーダー・フレアスハイム=ダールスハイムに到着する。駅からは徒歩で10分程度。

Sekthaus Raumland
Alzeyer Straße 134
67592 Flörsheim-Dalsheim

「トリウンヴィラート」(右)はドイツ初のシャンパーニュ・ブレンド。左は「キュヴェ・カタリーナ」

ライヒスラート・フォン・ブール

ラインヘッセン地方の南隣、ファルツ地方のライヒスラート・フォン・ブールは、ドイツのワイン通の間で人気が高いワイン町、ダイデスハイムの名門醸造所だ。創業は1849年。1989年から2013年までは、日本のワイン商(株)徳岡が経営。高品質のワインを世に出し、醸造所の名声を守った。2013年に経営陣が変わり、マネージング・ディレクターにリヒャルト・グロシェ氏が、テクニカル・ディレクターにシャンパンメゾン、ボランジェで12年間にわたり醸造家として活躍したマテュー・カウフマン氏が就任した。フランス人醸造家がドイツで造り出すワインとゼクトは目下注目の的だ。

フォン・ブール醸造所外観 ©Weingut Reichsrat von Buhl

現在リリースされているのは、ピノ・ブランとシャルドネのアッサンブラージュであるノンヴィンテージのレゼルヴ、2016年産リースリング、2016年産ピノ・ノワールのロゼの3種類。いずれもキレの良い、引き締まった味わいが魅力だ。

フォン・ブールでは、2013年からベースワインの一部をリザーヴワインとして貯蔵し始めた。酵母とともに5~10年にわたって長期熟成させた後に市場に送り出す予定だという。ベースワインの大部分は500リットル容量のトノーで熟成させている。

マネージング・ディレクターのリヒャルト・グロシェ氏(左)とフランス人テクニカル・ディレクターのマテュー・カウフマン氏 ©Weingut Reichsrat von Buhl

シングルワインヤードのゼクトも準備中で、VDPが格付けしたフォルストの特級畑ペヒシュタインのリースリング1ヘクタール分をゼクトのベースワイン用に割り当てている。ペヒシュタインのベースワインは大型の木樽とトノーで6月ごろまで熟成させてから瓶内二次発酵を行っている。初ヴィンテージとなる2013年産は、酵母とともに10年間熟成させ、2024年にリリースされる予定だ。

フランクフルトから約100km、列車は2回乗り換え。約1時間半でダイデスハイムに到着する。駅からは徒歩15分程度。

Weingut Reichsrat von Buhl
Weinstraße 18-24
67146 Deidesheim

ブールのゼクトコレクション。左からロゼ(2016)、リースリング(2016)、レゼルヴ(N.V.)

ドイツの「ヴィンツァー・ゼクト」は現在、全体的に品質がレベルアップしつつあり、エキサイティングな時代を迎えている。


岩本 順子

ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com