Lappish(ラピッシュ=ラップランドの形容詞形)料理の店に出かけて、極北にかけて広がるラップランドのジビエを食べた。メニューのひとつ、「鉄鍋に盛り付けられた伝統のトナカイソテー」はしっかりとしたウッドボードに乗ってテーブルに運ばれてくる。アツアツの鉄鍋の底に、シンプルにソテーされたトナカイの肉は、ビールで煮込まれて軟らかくなり、シンプルに塩と胡椒で味付けされている。ウッドボードには他にも、木製のカップに入ったたっぷりのマッシュドポテトに、クレイの二つのカップに入った深い赤色のリンゴンベリーに、大き目のキューカンバのピクルスが添えられていた。

店の名前は『SAAGA』。古期北欧語で、「物語」という意味だ。バルト海の奥、フィンランド湾に突き出した半島が、中心であるヘルシンキ。繁華街から少し南西へ、West Harborのほうへ向かって歩き、1879年に建てられたアレクサンテリンシアターのあたりまで行けば、そのラップランド料理の店は、小さなビルの1階にある。

店内は、冒頭の写真のように壁にトナカイの毛皮が飾られ、照明もやはりトナカイの角を重ね組み合わされた、いかにもラピッシュ料理店という雰囲気を出している。音楽もなく静かな空間で、ウェイターが丁寧に料理を説明してくれる。

初めにオーダーしたビール「Arctic Stout」は、バルト海から更に北へ、沿岸にフィンランドとスウェーデンが位置するボスニア湾の北の外れにあるTominoという醸造所で生まれた、その名も「北極圏スタウト」という黒ビールだ。1873年に創業したTornion Panimo醸造所では、スタウトの他に、ペールエール、ラガー、ピルスナーも作られている。

さて、運ばれてきたトナカイのソテーは、皿の上にマッシュポテトを置き、重厚な鉄鍋から肉を取り出しソースをかけ、ピクルスとリンゴンベリーの実を鮮やかに散らして盛り付けられる。この色彩の幸福感は、まさにクリスマスを象徴する色のそれだ。肉は脂肪が少なくリーンで、ほろほろと崩れて柔らかい。シンプルな味付けだからこそ、肉の強さが感じられる。厳しい気候を生きたトナカイをいただいているのだと、身をもって実感できる。

クマ肉は50gの量のテイスティングメニューでいただける。クマ肉はもともと固いそうだが、一晩以上煮込めば軟らかくなり、その煮汁のうまみも増す。こちらも白樺の木で作られた伝統工芸品のククサカップで。クマの油はサラサラとしていて嫌味がない。

日本ではジビエが軽い流行にもなっているが、ラップランドのジビエは、他の食べ物の選択肢がない中で食されてきた命の食文化なのだと思うと、そのありがたさに、喜びを感じる。

港にあるオールドマーケットホールには、ジビエ肉を売る店もある。店頭には鹿の頭部のはく製が飾られているのでわかりやすい。もちろん海産物も豊富な土地で、様々に燻製にされたサーモンが売られている。また、すぐに食べることができる、スライスされた丸い黒パンに乗ったオープンサンドは、地元の人も軽くランチに食べるようで、店はカジュアルな客たちで賑わっていた。

サーモンのスープは家庭料理

港の水辺には屋外のマーケットにはオレンジ色のテントが並び、新鮮な野菜や果物が売られている。それに屋台のビストロもある。そこで人気なのが「Lohikeitto」サーモンのスープだ。大きめに切ったサーモンに、ジャガイモ、ニンジン、ネギが具で、魚からの出汁と生クリームで煮込まれる。シンプルだが温まる。味の決め手はディルだ。サーモンの香りや脂の重さを、さっと軽くしてくれる。

ヘルシンキはもちろん海路の拠点で、その港から振り返って丘を見れば、壮大なヘルシンキ大聖堂が、まるで海からの客たちを迎えるように建っていた。

定番のニシンのフライとミートボール

フィンランドで必ず食べたいものの一つがニシンのフライだ。日本の大きなニシンとは異なり、体長は12㎝ほど。これを大量に揚げて食べる。

Sea Horseは古くからの住宅街にあるフィンランド料理の店。一歩足を踏み入れれば、北欧デザインのインテリアと、奥の壁いっぱいに描かれた店内にはタツノオトシゴが描かれ、大きなまどから北欧ならではの角度でふんわりとした光が入り込み、心地いい雰囲気に包まれる。

薄い衣でサクッと揚げられたニシンに、マッシュポテトとビーツのサラダが添えられて、ディルとレモンが乗っている。口に運べば、ニシンの身はふっくらとモイスティーで、衣とのコントラストが楽しい。家庭でも、ニシンが手に入れば大量に揚げて、家族や友人たちと食べることが多いという。

そしてもう一つの定番がミートボール。1個が大振りで玉ねぎなどは入っていない。グレイビーがミートボールとも、マッシュルームともよく合う。そして、何か独特の爽やかな香りが残る。カルダモンだ。北欧の料理にも、スイーツにもカルダモンはよく使われる。そもそもはアジアが原産のカルダモンは、1000年以上前にバイキングが持ち帰って、スカンジナビアではどこでも使われるようになったという。

さて、実はニシンのフライもミートボールも、小さい量で用意してもらったもの。ニシンなら1人前12尾、ミートボールは5つなのだが、両方食べたいといえば、ウェイトレスが厨房に掛け合ってくれたのだ。そんな臨機応変で合理的な考え方は、やはり北欧ならではなのかもしれない。

日本に帰ってミートボールを作ってみた。ソースはクリームを使って、もちろんカルダモンを効かせて。これからの寒い季節に、何度も作ることになりそうだ。


All photos by Atsushi Ishiguro

SAAGA

Tornion Pnimo

Old Market Hall

Ravintola Sea Horse

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/