和食ではなく、あえて、串揚げ
パリのシンボルの1つ、セーヌ川。そこに浮かぶシテ島は、地理的にパリの中心で、この島から町が広がっていったという歴史の中心でもある。荘厳な建築物の数々を見ようという人たちでいつもあふれているが、島から歩いて数分、人通りがぐっと少なくなる路地に、串揚げ専門店「修 Shu」が隠れている。
赤茶色のドアを開けて小階段を降り、石造りの壁と天井を支える何本もの大木が目を引く「修 Shu」は、まるで、ほら穴だ。
パリでは、寿司、ラーメン、弁当、うどん、蕎麦、お好み焼き、総菜パンなど、日本のごはんを楽しめる店には不自由しない。ここに、なぜ串揚げを?串揚げは外国の人もおいしいと感じるのか?そんな疑問がわいてくる。その答えは、串揚げを愛してやまない料理人、鵜飼修さんが握っている。
パリの蕎麦専門店や和食レストランで働いていた鵜飼さんは、自分の店を持とうと物件を探し回って、このほら穴に出合った。造りの面白さは抜群だったものの、厨房が狭くて、しばし考え込んだ。狭くても十二分に調理できるもの、そしてパリにいても食材に困らないものこそ、串揚げだった。
「串揚げは、衣で包み込んで中を蒸した状態なので、素材の旨味を堪能できる最高の料理だと思います。串揚げを、じっくり味わってほしい。僕の店は和食の店というより、串揚げの店です」。
ビジネスで生き残るのが大変なパリで、開店して、いま、10年の月日が流れたところだ。
かわいらしく、美しい脇役料理
「修 Shu」では、好きな串揚げを注文するスタイルではなく、季節の素材を取り入れた15本が決まっていて、3本ずつ5回に分けて出す。これに、前菜(小鉢や刺身など)、ごはんもの(お茶漬け、ご飯と味噌汁、または冷うどん)、デザートがつく「串揚げコース料理」となっている。
「串揚げは、やはり揚げ物。串揚げのみだと食後感がよくない方もいますので。それと、和の料理を添えることで、串揚げが和食なのだと際立ちます」。
サックリ、フワリの串揚げに、脇役のおかげで確かに全体の味にメリハリがつくし、お腹もいい具合に満たされる。外国の人たちは、串の熱さと味を楽しみ、日本らしい小料理に舌鼓を打つという。
訪れた晩の脇役たちは、シイタケ、シメジ、エノキを使った「キノコがけ豆腐」、タイ、ヒラマサ、スズキの「刺身」、カツオの「一口サイズ寿司」、カニとキュウリの「酢の物」、稲庭うどん、練乳とチョコクリームを挟んだ「胡麻ムース」だった(こちらは鈴コース‐52ユーロの例。風コース‐42ユーロだと料理の数は少ない)。
脇役たちは、1つ1つがキラキラしていて、絵になる。これは鵜飼さんの心遣いの表現でもある。串揚げは、見た目がキツネ色でみな似た印象を与える。目でも味わってもらうためにも、脇役の彩りや盛り付けがとても大事なのだ。器は、鵜飼さんが日本で時々買い付けている。隣の席のフランス人カップルが、幾度も写真に撮っていたのも、うなずける。
もうひとつ、鵜飼さんがお客さんのためにと配慮しているのが、出汁だ。外国の人が日常作ることのない、おいしい出汁を使った料理を味わってほしいと、日本の業者が作っているとびきりのカツオ節を使っている。このカツオ節は値が張る。だが、そこは料理人としてのプライドで、妥協しない。お客さんは気付かないかもしれないが、刺身の醤油にまで出汁をきかせているという徹底ぶりだ。
下ごしらえに、思いを込めて
鵜飼さんは「ときどき、この地下でモグラになった気分になりますね」と話す。パリの大市場や近所のマーケットで仕入れた食材を小さく切って串に刺す作業は、慣れていても時間がかかる。串に刺すだけなら簡単だろうと思いきや、崩れやすい食材もあるため刺し方のコツがあるそうだ。フランス人が好むフォアグラなど、なるほど、やわらかいものはとくに気をつけないといけない。
ゆでたり、下味をつけたり、数本に添えるためのソース類を作ったりもするので、日中、外に出ることは少ない。おいしい1本1本のためには、入念な準備がいるのだ。下ごしらえが進むにつれ、串の山がいくつもできあがっていった。
15本の串と塩
15本は、野菜、魚、肉をバランスよく盛り込んであった。野菜は、とろけるナス、甘いヤングコーン、歯ごたえあるエリンギ、さっぱりしたブロッコリー。魚貝はエビしんじょ(マッシュルームに詰めて)、ホタテ、スズキのタルタルソース添え、エビ。肉はふわふわの豚ヒレ、柚子クリームソースがアクセントになった鳥つくね(シイタケに詰めて)、味の組み合わせを楽しめる栗の豚肉巻き、まろやかなフォアグラの西京味噌添え。これに、鯛めしコロッケ、ウズラの卵、味噌をあしらったコンニャクが加わった。
すでにソースや味噌がついている串以外は、ライム、塩、和風ソースの3種の風味をお好みでつけていただこう。
鵜飼さんのおすすめは、何と言っても、塩。フランス西海岸ゲランドの天日干しの塩は、「非常に旨味がある塩なので、個人的には、最初から最後まで、ぜひ、お塩で通していただきたいですね」と言う。
開店当初は、甘めの和風ソースをたっぶりディップして食べるフランス人や外国の人が多かった。素材の味をより楽しんでもらいたいと、「塩かライムで。でも、塩が1番ですよ」と説明しているため、最近は塩派が増えている。
「新しい1本」に常に挑戦――食品ロスも考えて
鵜飼さんいわく、串揚げの食材はほぼ無限だ。大体いつも同じ素材でも、食べる側は満足すると思うが、そこは料理人の血が騒ぐのだろう。しかも串揚げが大好物だから、冒険心も抑えられず、新しい串の発見を続けている。田楽風のコンニャクは面白いと思って作ったし、鯛めしコロッケも、鯛めしが好きで作ってみたという。
「でも、試作してみたら意外においしくなくて、うまくいかないことの方が多いですし、食材も多少の制限は出てきます。たとえば長芋を使いたいのですが、10キログラム単位で買わなくてはいけなくて、この量では使い切れずに処分することになるので諦めています。秋の味覚、マツタケも使えたらいいですね。いまのところ、よい流通ルートがありません」
食材を使い切るのは、鵜飼さんにとっては当然のことだ。ズッキーニを例にとれば、似たような太さを選んで買っている。普通に注文すると大小混ざったズッキーニが届き、形を揃えた串を作るためには使えないものがたくさん出てしまうからだ。そうやって調整しても切れ端は出る。でも、それらは、開店前に出す賄い(従業員用の料理)に日々使っていてまったく無駄はない。
中国・韓国のミレニアル世代も来店
「修 Shu」は、当初から、一風変わった店としてパリのフランス人の間で話題を集めた。この晩も、客の3分の2は地元のフランス人のようだった。毎月、または2、3か月おきに必ず来るファンもいる。外国からの観光客も多い。日本に旅行して串揚げを知り「私の国(町)にはないですが、パリに串揚げの店があったのですね」と来る人もいる。ファッション関係、そのほかのビジネスでパリに来た日本人もよくやってくる。日本人でも「串揚げ、実は初めて食べました」「こんなにおいしい串揚げもあるのですね」とコメントを残していく。
変わってきたのは、中国や韓国の若い観光客がやって来ることだ。注文した料理を撮影して、SNSなどで一気に拡散しているらしい。パリ!日本の串揚げ!お洒落!を体験してみたい人が多いのだろう。「修 Shu」は、高級路線を目指していない。少し贅沢して、落ち着いた素敵な宵を串揚げで過ごしてもらえたらというコンセプトだから、若い世代も楽しめる。
ちなみに、酔いのほうも充実している。ワインはもちろん、近年はヨーロッパで日本酒ブームのため、鵜飼さんが吟味した日本全国の酒を10種ほどそろえている。「修 Shu」では、グラスワインと似た価格に抑えていることもあって、冷酒や熱燗がワインよりも人気だそうだ。
今夏、鵜飼さんは、大阪で70歳を超える熟練串揚げ料理人のもとで食べた。心から楽しそうに調理し、お客さんと和気あいあいの様子を目の当たりにして、これぞ料理人のあり方だと衝撃を受けた。技術もしっかりと見て、自分には学ぶべきことはもっとあるとハッとしたという。
「その方を見て、串揚げも、その人の生き様が表れるのだとしみじみしました。店が10年も続いたなんて思っていましたが、10年なんてまだまだですね。気持ちを新たに進んでいこうと思います」
新米料理人のようにはにかんだ鵜飼さんは、次の節目に向けて、歩み始めている。
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レストラン 修Shu
住所:8 rue suger, 75006 Paris
電話:+33 (0)1 46 34 25 88
メール:shu-paris@orange.fr
開店時間:月~土 18時半~23時半(遅くとも21時半には来店のこと)
*苦手な食材に関しては、事前に伝えれば対応可能。グルテンフリーには未対応。
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/