湖に浮かぶメルヘンの島

ドイツの南端に海があると言ったら驚くだろうか。神戸市より少し小さい面積にライン川の水が流れ込み、海を思わせる広大な湖水「ボーデン湖」を形成している。湖の西側に接する町コンスタンツの名を取って、「コンスタンツ湖」と呼ぶこともある。湖の北側はドイツ、南側はスイス、そして東側はオーストリアで、これら3国の人たちにとってはお馴染みの憩いの場だ。

日本ではあまり知られていないボーデン湖は、湖岸に並ぶ町をフェリーが結び、夏は泳いだりサイクリングしたり、水辺でのひとときに幸せを感じることができる。観光は夏場がメインだが、冬場でも楽しめる場所がある。コンスタンツから橋を歩いて行けるマイナウ島だ。花の島として紹介されている。

Photo by Satomi Iwasawa

すでに紀元前3000年ごろ、6軒の集落が南岸にあったという島の「花園の歴史」は古い。1827年、ハンガリーの王子が城の中庭を作ったのが始まりだ。紹介通り、一歩足を踏み入れた途端に花々が迎えてくれる。島を包み込むように生えている樹木も美しい。季節ごとにテーマがあり、春はチューリップを筆頭に、スズラン、スイセン、モクレン、ヒヤシンスなど、夏はバラやアジサイなど、秋はダリアを中心に、コルチカム(オータム・クロッカス)、ヒマラヤユキノシタ、ダイダイ(ビターオレンジ)などが咲き誇る。冬は、温室に南国の植物が満ちる。

城あり、庭園あり、樹木の道あり、湖も臨めてと、非日常的な空気に包まれた島で、日ごろのストレスがふぅっと溶けていくようだった。大きなプレイグラウンドもあって、遊んでいる子どもたちのはしゃいだ声も、メルヘンの世界にいるような気分をさらに盛り上げてくれた。


 

花の色と種類に魅了される 

8月末から10月中旬まで開催されるダリア展では、ドイツ内外の園芸店から250種類以上が集められ、1万2千本が2400平方メートルにぎっしりと並べて植えられる。40センチメートルから2メートルと高さの違うダリアは、お菓子のようでもあり花火のようでもあり、とにかく華やかで気品にあふれていた。色も深い色、淡い色、ビビットカラーと豊富で、こんなに奇麗な色彩があらわれるのだから品種改良が重ねられてきたのも当然だ。

秋の日差しを浴びながら咲く姿の美しさは、ダリア以外の花にも共通していた。蜂がたくさん舞っていた。この蜜の宝庫を飛び交う蜂たちも、訪れた人たちと同様に大満足しているに違いない。

「蝶々の館」も格別

花のほかにも、楽しみにしていたものがあった。25度から30度の温室内で放し飼いになっている数多くの蝶々だ。アフリカ、アジア、中南米からやってきた120種類もが住んでいて、ドイツで最大級の蝶々の館だという。訪れる前は、たくさん飛んでいるとはいえ、まさか目と鼻の先で蝶を眺められるとは想像していなかったので、目を見張った。

蝶たちには、私もほかの訪問者たちも見えていなかったのではないか。人間たちの存在にお構いなく縦横無尽に飛び回り、ときに羽を休め、蜜を吸う。ストロー状の口を花びらの奥まで入れる細やかな動きさえも肉眼で見てとれた。偶然にも島のスタッフが通りかかって、私が座っていたベンチの背後に蝶の卵があることを教えてくれた。ものすごく小さくて、まったく気が付かずにいたので、すごく得した気分だった。

花の鑑賞でも蝶のウォッチングでも、しばし我を忘れた。映画を見ているときのようなハラハラドキドキはなかったけれど、自然界の生き物たちは人を穏やかにしてくれると改めて気づかされる。
島は半日あれば、全体をゆっくりと歩いて回れるだろう。マイナウ島からフェリーも発着しているので、ボーデン湖クルーズをするのもいいし、コンスタンツの繁華街でショッピングするのもおすすめだ。

旬の鹿肉料理で、お腹も喜んだ

この日の小旅行のもう1つのハイライトは、スイスで秋の味覚、鹿肉料理を食べたことだった。スイスでは、9月下旬から11月初旬まで、たくさんのレストランで鹿肉料理を出している。秋の決められた期間に猟師の資格を持った一般の人がとらえた鹿の肉は、その家族や友人たちで食べることが多く、レストランに売られるのは一部に過ぎない。さっぱりして歯ごたえもいい鹿肉はスイスではたいへんな人気で、7割ほども輸入している。

今回選んだレストランは、地元でとれた希少な鹿肉を使っていた。鹿肉は調理法が多いが、私は赤ワインと赤ワインビネガーと野菜(タマネギ、ニンニク、ニンジン、セロリなど)で漬け込んだ鹿肉を焼き、ソースで煮込んだ「レープフェファー(Rehpfeffer)」にした。付け合わせはレストランによって多少違うが、自家製シュペッツリ(卵を練り込んだ麵)と赤キャベツのザワークラウトは基本だ。リンゴ煮のコケモモジャム添え、芽キャベツ、カリカリに焼いたベーコン、そして秋らしくキノコ、栗、ブドウが添えられることもある。この店のレープフェファーには、そのすべてがあった。てんこ盛りの大皿(ちなみに約4000円)だったというのに食べ切ってしてまったのは、贅沢なこのごちそうを1年ぶりにオーダーしたからだった。

Photo by Satomi Iwasawa

マイナウ島を訪れるなら、ボーデン湖のドイツ側でも、また、ドイツよりも値は張るが、味のスタンダードが高めのスイス側でも、こんなご当地料理を探してみてほしい。


マイナウ島
開園時間:毎日、その日の日の出から日の入まで。
入園料(2019年3月までの料金):大人は夏季21ユーロ、冬季10ユーロ。13歳から学生は夏季12ユーロ、冬季6ユーロ。12歳以下は無料。

All photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美

ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/