ドイツの観光街道は150以上あるのをご存知だろうか。なかでも日本で一番人気の高いロマンチック街道は、ヴュルツブルクからフッセンに続く、南ドイツを巡る全長410キロほどの行程だ。一方、北ドイツを巡るメルヘン街道は、グリム兄弟生誕の地ハーナウからブレーメンへと続く、全長600キロに及ぶ。地方に伝わる昔話やグリム兄弟が全国を駆け巡り、各地で受け継がれてきた話を収集した『グリム童話』は今もメルヘン街道沿いの街に息づいている。

ヘッセン州カッセルは、グリム兄弟が人生の大半(30年)を過ごしたことから、「メルヘン街道の首都」と言われる。子供の頃に夢見た童話の世界を巡る今回の旅は、日本ではまだあまり知られていない小さな街、ローテンブルク、メルズンゲン、モルシェン、ゲルンハウゼンを気ままに巡った。

木組みの家屋が連なる旧市街 |Photo by norikospitznagel

ローテンブルク・魔女と一緒に中世の世界へ

カッセルから電車に乗って40分ほど南下するとローテンブルクに到着だ。ローテンブルクという街の名は国内にいくつかあるが、ここはメルヘン街道のフルダ川沿いの街。周辺村落の歴史は1世紀にさかのぼる。

まずは、旧市街マルクト広場へ向かった。この広場で見逃せないのはヘッセンの彫刻家、エーヴァルト・ルンプフの銅像の数々。「市場の女の噂話」「羊飼いの少年と山羊」などの銅像は、今にも動きだしそうだった。

ここで写真を撮っていると、魔女に扮した市内ガイドがやってきた。広場を後にして、魔女と一緒に向かったのは、かつての市壁だ。12世紀から13世紀にかけて建造された市壁にはかつて6つの監視塔があったそうだ。そのうち現在も完全な形で残っているのは「魔女の塔」と「市民の塔」の2つで牢獄として使われていた時期もあったという。魔女の塔内を覗いてみると、窓もなくまさに暗黒のひんやりする空間だ。この塔に閉じ込められた最後の囚人は、香草の知識が豊富だった「薬草魔女]で、1668年から1年間ここに監禁された。魔女の塔を目にすると、イラストで想像した童話とは別世界の史実に圧倒されるばかりだ。

フルダ川の両岸にまたがる旧市街の見事な木組み家屋の街並みを5分ほど歩くとルネッサンス様式のローテンブルク城公園へ到着する。この城は、ヘッセン州経済学校と研修所として利用されているため見学できないが、噴水と色鮮やかな花が咲き乱れる城公園は、市民の憩いの場として人気のスポット。散策に疲れたら、公園の一角にあるレストラン「ビール工房ローテンブルク」で当店自家製のビールをお薦めしたい。

メルズンゲン・街のシンボルは木こり

翌日は、カッセルから約21キロ北に位置するメルズンゲンへ。街の起源は1世紀後半だ。
この街のシンボル「バルテンヴェッツラー」を装ったガイドの案内で旧市街を巡った。「バルテンヴェッツラー」とは、木材伐採者、つまり木こりを指し、バルテンは中世ドイツ語で斧を意味する。かつてメルズンゲンの男性達は近郊の森に入り、伐採作業で生計を立てていた。彼らは毎朝、森に入る前に集合し、斧を砂岩で研磨するのが習わしだったとか。16世紀末期に造られたフルダ川にかかるバルテンヴェッツラー橋には当時の研磨によるくぼみが今も見られる。また木こり姿の人形は、毎日12時と18時に市庁舎の塔から登場するのでお見逃しなく。

昼食に立ち寄ったレストラン「セントリヌム」では秋の味覚アンズタケを堪能した。木組み家屋の連なる旧市街の華麗な景観は、心を奪われるほど美しい。このレストランに佇み街並みを眺めるだけで心が満たされ、1日中座っていたいと思ったほどだ。

モルシェン・修道院の静寂に包まれる街

メルズンゲンから電車で10分ほどでモルシェンに到着した。この街のハイライト「ハイダウ修道院」は、13世紀中頃から14世紀初めに建設されたヘッセン州で一番保存のよい旧シトー会女子修道院だ。

ハイダウ修道院|Photo by norikospitznagel

修道院施設は、1985年から2001年までの大がかりな修復工事を経て、今は「生活・出会い・展望」をコンセプトに、企業のセミナーや婚礼、会議や集会などに活用されている。また2013年には修道院対面に4つ星ホテル「ホテル修道院ハイダウ」がオープンした。こうして修道院周辺は街で一番賑わいのある場所となった。ホテルの客室から修道院を独り占めできる至福の時は、ここならではの思い出になるだろう。併設のレストラン」「ポストステーション」では、ミシェラン1つ星を目指す若手シェフの渾身込めた料理を味わってみたい。

ゲルンハウゼン・帝国都市と悲恋物語

モルシェンからフルダ経由でゲルンハウゼンに到着。フランクフルトとフルダの中間に位置するこの街は12世紀前半、皇帝フリードリヒ1世(通称バルバロッサ)により創設された。皇帝直属の帝国都市として繁栄し、当時の史跡が数多く残っている。

是非見学したいスポットは、帝国議会の会場となった皇帝の宮殿跡や旧市街の木組み家屋の連なる街並み、マリエン教会や聖ペーター教会など。旧市街には防衛施設だった見張り塔や門が残っており、中世の趣たっぷりだ。

市庁舎前広場にある銅像は、電話の発明者として知られるヨハン・フィリップ・ライス記念碑。この街出身のライスは物理教師だったが、手先が器用で様々な器具を発明した。その代表がライスホンと呼ばれる世界初の電話だ。彼の活躍は、市立美術館内で展示されている。

ゲルンハウゼンで心打たれたのは、街で最古の教会「ゴドべルトゥスチャペル」で聞いた伝説だ。若年のフリードリッヒ皇帝とこの街の伯爵家の娘ゲラは、狩りの途中で出会って恋に落ち、毎日この教会の祭壇で逢瀬を重ねた。のちにフリードリッヒは聖戦に出向くことになり、二人はここでまた逢おうと固く誓った。だが、ある日恋する人は戦死したという知らせを受けたゲラは、失意の末、尼になり毎日この祭壇で祈りをささげていた。何も知らず無事帰還したフリードリッヒは、早速ゲラに会いたいと約束の教会へ急いだ。彼がそこで目にしたのは、祭壇にひざまずく尼僧ゲラの姿だった。驚きと悲しみのあまり、フリードリッヒはその場を去ったという悲恋の物語だ。伝説では結ばれなかった二人だが、ロマンチックなこの教会は現在婚礼を上げるカップルに人気の場所だそう。メルヘン街道沿線上のどんな小さな街にもいまだ知らざれる伝説が眠っている。次はどんな街で新しい発見があるのか、今から楽しみだ。


取材協力:
ドイツメルヘン街道
ドイツ観光局

All photos ©Noriko Spitznagel

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員
大学卒業後、出版社、ドイツ企業勤務。のち渡独。得意分野はビジネス・文化・教育・書籍・医療業界・観光や食など。翻訳や見本市の通訳、市場視察やTV番組撮影の企画やコーディネートも。最近は人物インタビューを中心に活動中。仕事以外では旅と食べること、スポーツジムと水泳に没頭中。
HP:http://norikospitznagel.com/