前回(チャイナタウン~ポーランドディストリクト編)に続いて、今回もカナダのトロントにあるエスニック・ネイバーフッドを歩く。

グレイター・トロント・エリア(GTA)は、トロント近郊までを含めた生活圏で、その人口は約640万人。トロント市だけなら約250万人が、東京23区より少し広い都市に住んでいる。ちなみに東京23区の人口は約920万人なので、トロントはゆったりとした印象だ。市内はトラムやバスが便利なので、世界の他の大都市圏同様、クルマがなくとも生活できる。

リトル・ポルトガルでポルトガル・シチューを

中心部にあるリトルイタリーから西側に歩けば、すぐにリトル・ポルトガルだ。Dundas Street Westに着けば、トロントの他の地域と変わらない街並みで、電柱にぶら下がっているフラッグに、ポルトガルでは縁起物の鶏の置物が描かれていなければ、ここがポルトガルのネイバーフッドだとは気づかないほどだ。

目当てのポルトガル料理の店「MOLICEIRO」もまた、トロントならどこにでもあるような普通のレストランの店構え。しかしながら、ここはポルトガルから移り住んだ住民や、他の土地からやってきた人たちをも納得させてくれる、本格的なポルトガル料理を出す、ポルトガルからの移民やその2世・3世にも人気の店だ。メニューを見れば、ポルトガル伝統の干しだらのシチュー「Bacalhau バカリャウ」や、ポルトの名物B級料理「Francesinha フランセジーニャ」など、本格的な料理が並ぶ。

店員に、一番ポルトガルらしくて、このあたりのポルトガル出身者が好きな料理はなにか訪ねてみる。と、ちょっと躊躇するような間があって「ポルトガル・シチュー」をすすめられた。豚肉の様々な部位を煮込んだもので、豚肉料理が好きなポルトガル人には欠かせない料理だという。運ばれてきた皿には煮込まれた豚のバラ肉、内臓、顔、耳、血を使ったブラック・ソーセージが乗っている。ジャガイモ、ニンジン、ライスが付け合わせだ。味付けはいたってシンプル。ニンニクと塩味が効いていて旨い。ボリュームもある。そして、なにか力が湧いてくるような気がしてくる。

先ほどの店員に「旨いよ」と声をかけると、必ずしもみんなが好きとは言わない料理だけど、気に入ってよかったと言われた。確かにそうかもしれない。ヒレ肉やロース肉と言った高く売れる部分は市場に出されて、残った部分を有効に利用した料理なのだ。

少し歩いた場所にあるのが、その名も「National Poruguese Bakery」。ここでは「Pastéis de Nata エッグタルト」とコーヒーを。これも絶品だ。店内にいくつかある気取らないテーブルとイス。お菓子を焼くのは60代くらいの女性で、他の客たちとポルトガル語でなにやら話している。この辺に住んでいる常連だという。そういえば、すぐそばにはポルトガル語の看板を掲げた雑貨店(いわゆる何でも屋)があった。本にレコード、お土産品に贈り物、ロトも売っているし、ポルトガル語の新聞が店頭に重ねられていた。

Photo by Atsushi Ishiguro

コリアンタウンを散歩

コリアンタウンはBloor Streetにある。通りに面した建物に、ハングル文字のサインが目に付く。日本でも人気の純豆腐(スンドゥブ)の店「Buk Chang Song Soon Tofu」は、お母さんと言った雰囲気の女性が若い店員と切り盛りする活気のある店。店内には韓国人と思われるの若い客が多い。それに、デートかなと思われる若いカップルもいてワイワイと楽しい。そして、純豆腐がとても美味しい。

すぐそばの韓国食材のスーパーマーケットは、規模も大きく扱う商品の幅の広さにも驚かされる。日本の調味料や菓子類も多く取り揃えられているから、日本人にも人気がありそうだ。

そういえば、トロントには古くからの日本人街というものはどうもなさそうだ。寿司や天ぷら、鉄板焼きを売りにした日本料理店は、トロントのあちこちに点在していてよく目にする。覗いてみれば、日本人が集まる店というよりは、日本人以外の日本食に興味のある人たちを相手にするものが多く、もしかしたら日本人ではないオーナーや職人が働く店も。個人で入植した移民もいるが、企業からの駐在が多いといったことが背景にあるのかもしれない。

さて、韓国のスイーツ「ホドウカジャ」の店も、この通りにあった。店名はズバリ「Hodo Kwaja」。クルミの形をしたケーキで、大きさもクルミ大。甘い餡をいれたものが正統派だが、ここではウォールナッツ入りのマッシュポテト、アーモンド入りのマッシュポテトを具にしたものもある。店内に甘い香りが広がっていて魅力的だ。おなかのすき具合に合わせて食べる個数を調整できるのもいい。

ギリシャのファーストフード、ギロスはボリュームたっぷり

Greek Townは町の中止からは北東に位置するDanforth Avenueにある。広い通りだが、その両側にギリシャ料理の店が多く並ぶ。Messini Authentic Gyrosという店で、ギリシャのケバブとも言えるギロスをピタパンに巻いて食べる。フライドポテトとサラダも一緒に。このピタは比較的厚めで大きく直径は20㎝程でしっかりとしたボリューム。地元のギリシャ系の家族や、女子学生の一団が、おいしそうに頬張っている姿は平和そのもので微笑ましい。このあたり、もちろんディナーでコース料理をいただけるような本格派レストランもあるので、時間があればゆったりとギリシャの味を楽しむのもいいだろう。

ギリシャをはじめ、中東の伝統スイーツにはナッツが多く使われ、シロップをたっぷりと含ませたものも多いが、この店にももちろん、そういった種類もあるが、目を引いたのはたくさんの種類のクッキーだ。店の名前はAthena Bakeryha。派手な装飾もなくシンプルな店内だが、親子3代にわたってよく来ているという客もいるほど地元に根付いているという。この店で作って、個包装されることもない昔ながらの伝統菓子。そう、これは日本なら近所の商店街にある和菓子屋のような魅力がある店だった。

ダウンタウンのパブで飲んで、帰りにホットドッグで〆る

ダウンタウンの金融街にある「Irish Embassy Pub and Grill」は、トロントで最も古い銀行の一つの建物を利用したアイリッシュ・パブ。高い天井は趣がたっぷりで、そのビールにも料理にも定評がある。ギネスを一杯。もともとはアイルランドからの移民が多く、アイリッシュ・カナディアンのコミュニティの歴史も長いのだから、こちらも本格的だ。

そして店を出れば、街のあちこちにあるのがホットドックの屋台。1カナダドルから、3カナダドル、またはそれ以上と、価格がまちまちなのは各店が独自に工夫して価格を設定しているからだろう。パラペーニョをたっぷり乗せてもらって、歩きながら食べた。当たり前の味で、旨い。そういえば、カナダもアメリカも、ホットドックパンの切れ目は横に入っていることが多いことに気づく。夜遅く、ビルの谷間に、海から入ってくる風が気持ちいい。

エスニック・ネイバーフッドを歩いて食べるトロントは、比較的治安もよく、人々は親切で、その町のサイズも心地いい。この街で数日過ごしたら、また帰ってきたくなるという人も少なくないだろう。


All photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/