初めてミャンマーにやってきた外国人が、一様に驚くことがある。それは、顔に白い塗料を塗るミャンマーの伝統化粧タナカだ。上品そうなご婦人が頬にうっすら塗っていることもあるが、担ぎ売りなど日焼けにさらされる仕事をする女性だと、まさに「塗りたくっている」という状態で町を歩いており、予備知識なしに見ればぎょっとするだろう。

王朝時代の王女の扮装をした女性。頬にはタナカ

刷毛目が見えるように塗るのが◎

タナカは500年以上も前から、ミャンマー女性に親しまれてきた化粧法だ。ミカン科の樹木タナカ(学名:Hesperethusa crenulata (Roxb.) M.Roem)の幹の皮を水とともに専用の石盤で磨り、刷毛などで顔に塗るのが基本の化粧法だ。パーティに出席したり、オフィスへ出勤するといったオフィシャルな場へ出る女性の場合、頬の部分だけにさらっと塗る人が多い。

このとき、刷毛目が見えるように塗るのがよいとされている。ミャンマー女性は1日に何度も水浴びをするが、タナカもその都度塗りなおす。刷毛目は水浴び直後の塗りたてのタナカを連想させ、清潔感を演出することができるのかもしれない。身だしなみに気をつけている女性なら、旅行に行く際も携帯用のタナカセットを持参する。

硯のような石盤で、タナカの幹の墨を磨るように磨る

一方、路上屋台や田畑で働く女性は無造作に顔中に塗っている人が多い。これはタナカの効用のひとつである日焼け止め効果を求めてのことだ。顔どころか手や足にも塗りたくっている人も少なくなく、炎天下の工事現場ではからだ中、真っ白にタナカを塗りつけている男性を見かけることもある。

無造作にタナカを顔に塗った市場の女性たち

効能が盛りだくさんのタナカ

タナカには日焼け止めのほか、ニキビや吹き出物を治し、シミを目立たなくする、皺を減らすといった効果があると信じられている。また、実際に試してみるとわかるが、塗ってしばらくは肌がひやっとして気持ちいい。暑いミャンマーでは、この清涼感も人気の秘密だろう。さらに飲用しても健康によいとされ、顔に塗った後に残ったタナカの液を子どもに飲ませる親もいる。

変わったところでは、仏像の御身拭いにもタナカは必要不可欠だ。ミャンマーでは仏像のお顔を毎朝のように拭うパゴダがけっこうあるが、その時にタナカの磨り汁を使うのだ。仏様にも涼しくなっていただこうということかもしれない。マンダレーの名刹アウンドームーパゴダでは、境内に参拝者が御身拭い用のタナカを磨り溜めるための台を設置しており、帰り間際にひと磨りして帰る参拝者が後を絶たない。

アウンドームーパゴダの境内にはタナカを磨る石盤がずらりと並ぶ

インスタ映えするタナカ市場

この異国情緒あふれる伝統的な化粧に出会い、もっとタナカのことを知りたくなる人もいるかもしれない。そんな人におすすめする旅先は、「上(かみ)ビルマ」と呼ばれるミャンマー中部だ。タナカの木は乾燥地帯で育つため、上ビルマはタナカの一大産地なのだ。

とりわけ有名なのは、ザガイン地方のシュエボーやアヤドー、マグウェイ地方のイエナンチャウンだ。これらの産地ではタナカ畑を見ることができるが、ただ柑橘類の木が並んでいる畑よりも見所は、パゴックやモンユワ、マンダレーといったタナカの集積地だ。特にパゴックにはタナカだけを扱うタナカ市場があり、インスタ映えすると観光客の人気を集めている。

ほかにも、集積地に近いシュエボーのシュエダンザーパゴダやザガインのカウンムードーパゴダ、モンユワのシュエグーニーパゴダは、境内いっぱいにタナカ販売店が並びなかなか壮観。タナカに興味のある旅人なら訪れたいスポットだ。

カウンムードーパゴダの境内には山積みのタナカが

変わりゆくタナカ

通常、タナカは枝のままで売る。幹の外側の皮の部分を磨るのだから、この部分に厚みのあるのがよいタナカというわけで、客は皮の厚みを熱心にチェックしている。また、香りや清涼感の強さが質のよしあしを決めるため、たいていのタナカ販売店では客に試し塗りもさせる。いろいろ試しながら、逸品を探してみよう。

市場のタナカ売り

産地では丸太のままで売られるタナカだが、小売店では10cmほどに切り分けてあることがほとんど。1片5000~8000チャットあたりが相場だ。タナカの木をいったん粉にして石鹸のように固めたインスタントタナカともいうべき商品もあるが、これは幹の中心部分も使った粗悪品だと言う人も多い。最近では上質な皮の部分だけを粉にした、高級タナカ化粧品も登場しており、なんとタイで人気が出ているそうだ。

石鹸上に成型したインスタントタナカ

実はこれまで鎖国に近かったミャンマーの美容業界も民主化が進んで韓流の影響が大きくなってきており、都会では韓国風の化粧をしてタナカを塗らない若い女性が増えつつある。しかし、タイでの需要で原木価格は下がるどころか上がっており、生産量も増えているという。日本でも、タナカ成分を謡った自然派化粧品が出てきている。

国内で廃れつつある一方で海外で見直されてきているタナカ。そんなタナカの“現場”をミャンマーでご覧になってみてはいかがだろうか。


板坂真季  ITASAKA Maki

日本でのライター業を経て中国・上海やベトナム・ハノイなどで計7年間、現地の日本語情報誌の編集を務めるかたわら、日本の雑誌、書籍、webマガジンなどへ多数寄稿。各種ガイドブックの編集・執筆・撮影、取材コーディネート業にも従事。2014年よりヤンゴン在住。著書に『現地在住ライターが案内するミャンマー』(徳間書店)など。