ひと昔前の日本では、「ロンドン」と聞くと、紳士淑女が優雅に紅茶を嗜んでいるような光景が思い浮かぶ人が多かったかもしれない。
しかしその大都市の実際の姿は、約40%の住民が白人以外の人種であるという人口調査(2011年)の結果が示すように、多文化が共生する超国際都市で、同じルーツを持つ人たちが集まって住むエリアがいくつもある。

その中のひとつ、アラブ人街の「エッジウェアロード」では、食文化などディープな中東世界が覗き見られる。

美食、ショッピング、意外な発見にあふれるストリート

エッジウェアロードは、ロンドン随一のショッピング街であるオックスフォードストリートの西端の地点から北へ向かって伸びる大通り。両脇にはずらりと中東系の店が軒を並べ、レストランのテラス席でゆっくり時間を過ごす人たちの楽しむ水タバコの甘い香りが漂う。

有名な百貨店などが並び世界中から買い物客が集まるオックスフォードストリートからほんの数分しか離れていないにもかかわらず、ここは突如現れた異世界のようだ。

Photo by Tamami Persson

エッジウェアロードは中東の食の宝庫。歩みを進めると、レバノン料理、ペルシャ料理、クルド料理などの看板が次々に目に入ってくる。

日本ではほとんど馴染みのないレバノン料理だが、ジューシーな薄切り肉のロースト「シャワルマ」、パセリと野菜がたっぷりのサラダ「タブーリ」、ニンニクのきいたひよこ豆のペースト「フムス」など、日本人の口にも合う美味しいもの揃い。

レバノン料理初心者なら、薄切りロースト肉と生野菜やピクルスに、練りごまのタヒニソースやスパイスをかけたシャワルマラップが入門編として良いかもしれない。

レバノン料理店Maroushは、ロンドン市内にさまざまな業態で15店舗以上を展開し、エッジウェアロードに7店舗を構えており、どの店も味に保証付きでおすすめ。

Maroush系列店の、ストリートフードがコンセプトのRanoush Edgware Roadでシャワルマラップを買い、歩いてすぐのハイドパークで、芝生に座り目だけを出した黒いアバヤ姿で談笑する女性たちのグループの間に交じり頬張るというのも国際都市ロンドンらしい体験と言えるだろう。

Photo by Tamami Persson

現在、現地を訪ねることの難しいクルドの料理も、エッジウェアロードでは味わうことができる。

焼きたての特大ナンが添えられる、クルドの朝食メニューであるトマトのオムレツは、ふわふわに焼かれ、素材の味を生かすものが多いというクルド料理らしく味付けは最小限。しかしながら、ガーニッシュのレモンを絞り、オリーブオイルやオニオンと食べると素材同士の相性が絶妙。

Photo by Tamami Persson

エッジウェアロードに来たなら是非試したいのが、レストランでもカフェでもメニューに必ずある「トルココーヒー」。名前に「トルコ」とつくものの、カルダモンを加え一杯づつ専用の小さな鍋で丁寧に淹れる、中東で飲まれるコーヒーのスタイルの総称で、馴染みのない飲み方ながら、コーヒーの苦さと砂糖の甘さ、そしてスパイスの香りの組み合わせがよく合い、ほっこりと落ち着く。

エッジウェアロードには中東系のグロッサリーも多く、珍しい中東の食材や、日本でも一部の女性からしっとりとした使い心地で絶大な支持を得ている、伝統製法でオリーブオイルから作られたシリアのアレッポ石鹸や、ローズウォーター、オレンジブロッサムウォーターなどが、日本よりも手ごろに手に入る。

古代から続く道、アラブ人街としての歴史

エッジウェアロードは、ローマ帝国によって舗装される以前から存在していた、古代から続く古い道であるという。そして、19世紀の後半から、イギリスとオスマン帝国との交易が盛んになったのに伴い中東系の住民が住み着くようになった、アラブ人街として長い歴史を持つ。

Photo by Tamami Persson

50年代には学業や仕事のためにエジプト人が、70年代は内戦を逃れたレバノン人が、と、時代により流入のマジョリティを変えながらも、中東各国からの移民を受け入れ続けて今に至る。

Photo by Tamami Persson

エッジウェアロードの男性には厳しい頑固おやじのような人もいるが、温かいやさしさを見せてくれる人も少なくない。ロンドンの他のエリアとは違うコミュニケーションの取り方があるのもまた、街歩きを楽しくする。

エッジウェアロードでは、売られている中東のさまざまな商品の中にシリアのものを見つけ、国内に戦場を抱えていながらも、そこには確かに人々の日常もまたあるのだと、普通の生活をしていては見過ごしてしまうような気づきもある。

南の端から歩き出し1.5㎞を過ぎた頃、真っ直ぐに伸びる通りは、エッジウェアロードからメイダヴェールへと名前を変える。すると突然、目の前の光景は、これまでの異世界がなかったかのように高級住宅街へと姿を変える。エッジウェアロードは、隣接するエリア同士が脈絡を持たずそれぞれの顔で暮らしているロンドンという大都市の多様性を如実に現わした通りでもある。


Maroush
http://www.maroush.com/

パーソン珠美

シンガポール在住 通訳・ライター。さまざまな業界での通訳や取材、5ヵ国の在住経験と40ヵ国を超える海外渡航歴、国際結婚、子育て経験などから、軽快なフットワークをもってネタ収集に努める人生満喫中。HP:https://unasaka8.jimdo.com/