いくつもの王朝の隆盛と衰退を繰り返してきたミャンマーには、歴史的にも文化的にも評価が高い建造物がたくさんある。しかし、ユネスコの世界遺産に登録されているのは「ピュー王朝の古代都市群」ただひとつ。この唯一の世界遺産の楽しみ方を紹介するとともに、ミャンマーで世界遺産登録が進まない背景を解説する。
東南アジア有数の都市国家・ピュー王朝
ピュー王朝は紀元前2世紀から紀元後9世紀にかけて、現在のミャンマーを南北に流れるエーヤワディ川流域で栄えた王国だ。独自の文字や文化をもち、当時は東南アジア屈指の都市国家だったとされている。とりわけ天文学の知識に長けており、現在でもミャンマーで生き続けているビルマ暦(日本の旧暦にあたる)は、ピュー族がその基礎を生み出したという。
中国の史料には「驃」や「剽」の名称でたびたび登場していたが、833年に雲南地方で隆盛を誇っていた南詔(なんしょう)国によって滅ぼされた。南詔はピュー人たちを雲南省へ連れ去ったため、王国はその後、跡形もなく消えることになった。
3つの遺跡は広範囲に散在
「ピュー王朝の古代都市群」という名のとおり、タイエーキッタヤー遺跡、ベイタノー遺跡、ハンリン遺跡の3つ併せての世界遺産への登録となっている。
3遺跡にヤンゴンから行く場合、ハンリンはマンダレーまで飛行機で行ってから車で約2時間半と空路も使えるが、タイエーキッタヤーは車で約5時間、ベイタノーは約7時間と陸路しか利用できない。なお、タイエーキッタヤーから少し北に位置するベイタノーまでは車で約2時間、さらに北にあるハンリンまでは約6時間と、3遺跡ともかなり離れている。
世界遺産マニアなら3ヶ所とも行きたいところだが、1つだけ選ぶとすればタイエーキッタヤーをおすすめする。ハンリンとベイタノーは建物の遺構など、考古学の知識のある人でなければ楽しみにくいものしか残っていない。それに比べタイエーキッタヤーには原形をとどめるパゴダが複数あり、それなりに観光アトラクションも充実している。
観光拠点ピィから遺跡までは約20分
タイエーキッタヤー観光の基地となる町はピィだ。バゴー地方の街の中では比較的規模が大きく、外国人が安心して泊まれるレベルのホテルも複数ある。
遺跡はピィ市街中心部から車で約20分ほどの郊外に立地。見所は周囲に点在する3基の仏塔で、細長い釣鐘を伏せたような形だ。ミャンマーで一般的に見られる円錐形の仏塔や、ピュー時代よりも数百年後となるバガン遺跡に無数に建つ仏塔とは明らかにスタイルが異なるこの時代特有のもので、その代表格が城壁内中心部に建つボーボージーパゴダだ。
ほかの2基のうちパヤーマーパゴダは城壁のすぐ外側に、パヤージーパゴダは少し中心部へ進んだところに建つ。街中にあるパヤージーは現在も信仰の対象となっているせいか、境内が整備されていて“遺跡感”に乏しい。それに対しパヤーマーパゴダは畑の真ん中にぽつんとそびえ、なかなか情緒あるたたずまいだ。
タイエーキッタヤー遺跡は牛車で回ろう
メインとなる城壁内部を見てみよう。タイエーキッタヤー遺跡は城壁内だけでもかなりの広さがある上に敷地内は砂地で、乾季は砂に足を取られて歩きにくく、自転車やバイクも転倒しやすく危険だ。逆に雨季はドロドロの湿地を進むことになる。そこでおすすめなのが牛車だ。
タイエーキッタヤー遺跡の牛車による観光は人気が高く、訪れるほとんどの観光客が利用する。乗り場は城壁の中心あたりにある考古学博物館前。ピィからタクシーなどを利用してまず博物館へ行き、博物館で遺跡の概要を勉強したのちに、牛車をチャーターして周遊するのが効率のよい回り方だ。
牛車で遺跡を1周するのに要する時間はだいたい2時間で、料金は人数によって異なるが、日本円でおおよそ500円ほど。コース上に点在する様々な建物跡や城壁跡などを順次回るが、水かさが多い時期だと深いぬかるみをばしゃばしゃ進み、なかなかスリリングな“散歩”を楽しめる。
この遺跡の白眉ともいえるポイント、ボーボージーパゴダでは牛車を降りてゆっくり写真撮影をどうぞ。凝った装飾や珍しい彫像があるわけでもないが、雑草に縁取られた赤茶けた仏塔が広々とした空間に天を突くようにそびえる姿に、古代の人々の篤い信仰を感じたい。
遺跡以外の見所も多いピィ郊外
ピィは長い歴史をもつ街だけにその他の見所も多い。
まずはミャンマーに4体しかない、お釈迦様の魂が本当に宿っているといわれる仏像が町のはずれにある。市街中心部から橋を渡った対岸にあるシュエボンタームニ仏がそれ。
また、一部の仏像マニアには有名な眼鏡仏像を安置するシュエミャッマン・パゴダにも訪れたい。中心部から車で約15分ほど。ここで祈ると目がよくなるされ、参拝のおかげで不要になったという眼鏡が山積みに奉納されている。
さらに、ピィから車で1時間半ほど行ったアカウッタウンもおすすめ。川沿いの崖に無数の仏像が彫ってあり、それを舟から参拝するユニークなスタイルだ。
ヤンゴンから訪れた場合、バックパッカー旅なら往復で夜行バスを利用して1泊2日、夜行を利用せずにヤンゴンから車で行くなら2泊3日はみておきたい。
“正しい修復”とは何か
ピュー王朝の古代遺跡群が世界遺産に登録されたのは2014年のこと。ミャンマーで観光客人気を最も集めるバガン遺跡に先駆けてピュー時代の遺跡が登録されたことついて、ベイタノーにある考古学博物館の関係者はこう分析する。
「ピュー時代の遺跡は住人が連れ去られたことで土中に長く埋まることになりました。そのため手付かずのままだったのがよかったのかもしれません」
というのもバガン遺跡も含め、ミャンマーの名だたる史跡のほとんどは修復の手が入っており、その方法が世界が“正しい”とするやり方ではなかったからだ。ミャンマーでは仏塔や仏像を元の姿より立派で美しく修復することは仏教的に“正しい”とされる。シュエダゴンパゴダも修復のたびに巨大化&豪奢化しており、創建当時は10mに満たなかった仏塔は今や100mを越え、境内の御堂は現在も増え続けているほどだ。
10世紀の建立と考えられているバゴーのシュエターリャウン寝仏も数年ごとに塗り替えるため、古色蒼然とはほど遠い姿だ。敬虔な仏教徒なら、ありがたい仏像や仏塔を古びた姿のままで放置などできないのだろう。
ミャンマーが世界遺産大国になる日
世界標準の文化財のあり方と、ミャンマーにおける信仰の対象のあるべき姿の乖離は、それでも近年解消されつつある。ミャンマー人が海外旅行に出かけるようになって世界の文化遺産を目にする機会が増えたこと、軍政から文民政権へ移行したことで海外からの援助が増えたこと、そして世界遺産登録がもたらす観光への影響やそれによる経済効果を政府が理解しだしたことが大きい。
仏教3大遺跡に数えられるバガン遺跡は現在、海外からの支援を受けて世界標準で修復を進めており、2020年の世界遺産登録を目指している。もともと史跡が豊富なミャンマーでは今後、世界遺産の登録が急速に進むだろう。いずれ、一定年代より古い仏塔や仏像については、ミャンマー基準での修復を禁じる時代も来るのだろうか。現状からは、ちょっと想像もつかないのだが。
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スリクシュトラ考古学博物館/Sri Ksetra Museum
住所:Hmaw Zar Village, Pyay, Bago Division
拝観時間:9:30~16:30
休館日:月曜・祝日
入館料:5000チャット(約780円)
※タイエーキッタヤー遺跡への入域料が5000チャット別途必要
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シュエボンタームニ・パゴダ/Shwe Bon Thar Muni Paya
住所:the ther bank of Pyay across Nawaday Bridge, Bago Division
拝観時間:5:00~20:00
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シュエミェッマン・パゴダ/Shwe Myet Man Paya
住所:Daw Na Chan Rd., Shwe Daung Village, Bago Division
拝観時間:5:00~21:00
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アカウッタウン・パゴダ/Akauktaung Paya
住所:Tonbo Village, Bago Division
午後遅い時間帯だとパゴダへ渡る舟がないことがある。
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板坂真季 ITASAKA Maki
日本でのライター業を経て中国・上海やベトナム・ハノイなどで計7年間、現地の日本語情報誌の編集を務めるかたわら、日本の雑誌、書籍、webマガジンなどへ多数寄稿。各種ガイドブックの編集・執筆・撮影、取材コーディネート業にも従事。2014年よりヤンゴン在住。著書に『現地在住ライターが案内するミャンマー』(徳間書店)など。