レストランで食事をするとき、私たちの前に登場するのは、シェフによって調理され、美しく盛り付けられた料理だ。そんな一皿を目の前にして、構成する素材を理解することはできても、その素材がどんなふうに育ち、どんな人たちによって、どんなふうに捕られた(採られた)ものなのか、そのストーリーまで知ることは難しい。しかし、食材の背景を少しでも知ることができたら、その一皿の味わいはどう変わるだろう。

恵比寿 ALMA(アルマ) |Photo by Daijirou Kaneda

感動的な一皿は、シェフと漁師のチームワークによって生まれる

8月某日、東北の新鮮な魚介を中心としたこだわりの食材を使い、独自のスタイルのイタリアンを楽しむことができるレストラン「ALMA(アルマ)」にて、『鯖会』と題されたフードイベントが開催された。今回の主役は、対馬の鯖。しかも、一本釣りで獲られ、「いなサバ」と呼ばれるブランド鯖だ。それが、「ALMA」の佐藤正光シェフの手によって、さまざまな味わいを楽しむことができる13品の料理となり、舌の肥えた参加者たちを唸らせた。

熟成サバのヴァポーレ 白いんげん豆と長谷川マッシュルーム |Photo by Daijirou Kaneda

しかし、この料理の数々が美味しい所以は、実は、料理人の腕だけではない。この鯖を獲り、美味しさを保つための処理をし、ベストな方法で保管をして、一番美味しい状態で届けた漁師の銭本慧さんとの連携によって成り立っている、と佐藤シェフは言う。

佐藤さん:魚介の仕入れは、通常は漁港の仲買さんとやりとりすることが多いので、漁師さんと直接やることはないんですけど、昨年の秋くらいに銭本さんをご紹介いただいて、それからお願いするようになりました。私も、魚はいままで随分扱ってきたのですが、漁師さんはさすが魚のプロ、私も知らなかった処理の方法や美味しく食べるための加工をご存知で。送ってもらうときに、どういう状態がいいかとか、踏み込んだやりとりをすることができるんです。鯖も、獲れたてのものが最も美味しいと思うとそうではなくて、数日寝かせると美味しさが増すというのも銭本さんに教えていただいたこと。獲ったままではなく、美味しくするための処理をすることが、その魚の価値をあげるということになりますし、料理の幅も広げてくれます。

佐藤正光シェフ |Photo by Daijirou Kaneda

この日は、蒸した鯖の料理も登場した。通常、鯖という魚は、蒸すと血合いの部分が臭くなるため、この調理方法は好まれない。しかし、銭本さんの鯖は、適切に血抜きがされているので、蒸しても臭みがでず、むしろ鯖の旨味がしっかりと引き立つ。

銭本さん:血抜きの良し悪しで、魚の味は随分変わります。特に、血が多い魚は血抜きをしないと臭みが出やすいので美味しくないとされている魚もあるのですが、実は、フレッシュな状態で血抜きの処理をすれば、美味しい魚に変わります。たまに、鮮魚をお送りするときにそういう魚をおまけでつけさせてもらうとよろこんでいただけて。そういう漁師の一手間によって魚が美味しくなると、魚自体にもきちんと価値がつくようになるんですよね。

銭本慧さん |Photo by Daijirou Kaneda

今までの多くの場合、漁師と料理人は、獲って売る人と買って料理する人という分断された関係性にあった。しかし、佐藤シェフと銭本さんのような関係は、魚を獲ってから料理になるまでがひとつのラインの中にあるように思える。美味しい一皿を作り上げるというひとつの目的のために、力を尽くすチームのような。

銭本さん:飲食店さんとのやりとりは、どの魚がどのくらい欲しいという注文だけだと長続きしないことが多いですね。佐藤シェフは、いつも評価や感想をお電話でくださるんですけど、そんなふうに一歩踏み込んで密なコミュニケーションをとることができると、繋がっている実感が湧きますし、それが漁業にとってもいい循環になる気がするんです。

燻したサバと発酵赤キャベツ タレッジョソース|Photo by Daijirou Kaneda

いつまでも美味しい魚を食べるために知っておきたい、“サスティナブル”という考え方

今回の『鯖会』は、銭本さんにもある想いがあった。
それは、漁業が抱える危機的な現状と、サスティナブルな漁業の重要性を知って欲しいということ。
銭本さんご自身、大学で水産の研究をしていたという経歴があるのだが、研究を重ねていく中で、漁業の抱える問題を深く考えるようになり、そして、自らがその世界に飛び込むことで、一石を投じようとした。

銭本慧さん |Photo by Daijirou Kaneda

銭本さん:漁獲高って1980年代をピークに右肩下がりになっていて。海の中の魚がどんどん減っているということなんです。この状況をどうにかしたいと思った時に、自分が漁師になってボトムアップで何か変えることができたらと、3年前に対馬で活動をはじめました。

今の漁業は、“早い者勝ち”みたいなところがあって。でも、たくさん獲れると単価が下がって、漁師の稼ぎは少なくなる。だから、またたくさん獲らなくてはならない。負のスパイラルなんですね。対馬の場合、輸送コストが多くかかる分、単価がつかないとほとんど手取りがなくなってしまう状況もあります。でも、初めて対馬の一本釣りの鯖を食べた時に、脂はあるけどすっきりしていて、その美味しさに感動してしまって。そんな鯖が、手取りがなくなるなんておかしいと思って。

それで、考えたんです。きちんと評価してくださるお客様に対して、価値のある鯖を直接届けることができれば、漁師の安定した収入にもつながるし、多く獲りすぎることはなくなるのではないか、と。それに、買ってくださる方が欲しいものを獲れば、価格が下がることもないし、手元に届く魚のストーリーも伝えることができますしね。それに、一匹一匹釣っているということも、サスティナブルに繋がります。

全国には、まだ少数派ではあるが、銭本さんと同じような想いで、未来の海や魚のことを考えながら活動している漁師も存在する。そして、地域という壁を超えて、意見交換をしているのだそう。先ほども触れた下処理の技術もそうだが、漁師は魚を獲ることだけが仕事なのではなく、魚を美味しい状態に仕上げ、魚そのものに価値をつけて、適切なところに卸していく、というのは、漁師という仕事の価値も高めていることかもしれない。

佐藤シェフも、消費者の立場としてサスティナブルフードに注目している1人。

佐藤さん:料理人の意見交換会でも、漁業の現状は非常に話題になっていて、サスティナブルフードの話にも非常に興味を持ちました。ALMAは、魚介を中心とした料理をお出ししている店ですので、銭本さんにお聞きしたような漁業の状況というのは、無視することができない問題だと思いますね。今回の『鯖会』は、シンプルに銭本さんの美味しい鯖を、料理として1人でも多くの方に食べていただきたいという想いで開催させていただいたのですが、同時に美味しいものには、いろんな人が関わっていて、いろいろな想いがあってできあがってるっていうことを感じていただけたら、とも思っていました。通常は、お料理の評価をいただくのは、私たち料理人になってしまうのですが、その背景には、銭本さんのような漁師の方がいるということを知っていただけたらと思います。

佐藤正光シェフ |Photo by Daijirou Kaneda

美食は、味覚で楽しむアートのようでもあるし、心から満たしてくれる存在でもある。しかし、その食材の背景にあるストーリーを知ることができたら、それは「美味しい」という感覚的なものに留まらず、より深く豊かにその一皿を楽しむことができるかもしれない。それは、「ALMA」のような素晴らしいレストランだけに限らず、日常の食生活でも、きっとそう。なにを食べるのか、なにを買うのか。その消費者の行動が、食を豊かにし、そして、未来の食を変えてゆくのだから。


All photos by Daijirou Kaneda

OWNERS:脂のりに感動!銭本さんの一本釣り「伊奈のマサバ」
銭本さんの「いなサバ」は、特別にオーナー制度プラットフォームサイト「OWNERS」で販売中。
OWNERSには、いなサバをはじめ、生産者の想いやストーリーがつまった日本各地の絶品食材が集まっている。いなサバが購入できるのは10月20日まで!

ALMA(アルマ)
住所:東京都渋谷区東 3-15-6 百百代ビル 1F
TEL:03-5468-5737
営業時間:平日 18:00~25:00(24:00L.O.)
     土曜 16:00~25:00(24:00L.O.)
     日曜 16:00~23:00(22:00L.O.)

CHEF 佐藤正光

1988年、宮城県気仙沼市出身。幼少期から海と魚介に囲まれ育ち、料理人を目指すように。
仙台の調理師学校を卒業後、和食店やビストロ店、ミシュラン2つ星の「分とく山」(広尾)での経験の後、2009年CLASSIC INC.グループに参加。2013年、東北イタリアン「ALMA」へ。2017年より同店料理長に就任。今回のイベントは、対馬の銭本さんの取り組みに共感したシェフの想いから実現。自ら漁港や農場などの産地に頻繁に足を運び、食の現場を学んでいる。

銭本 慧

1984年、大阪府吹田市生まれ、兵庫県明石市育ち。
東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻(環境学博士)。
長崎大学において日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2015年 対馬に移住。
2016年4月に「持続可能な水産業の実現」をミッションに合同会社フラットアワーを設立。
「これまでの、たくさん獲って流通に乗せるだけという薄利多売ではなく、丁寧な処理で一匹の価値を高めて売る漁業を目指しています。SNSで現場の様子を発信し、1匹1匹血抜きや神経締めなどの鮮度保持のための処理を丁寧に行い、お客様に届ける直接販売に力を入れています」

http://flathour.com


内海 織加 (うちうみ おりか)

編集者、ライター。新潟県生まれ。ライフスタイル提案やカルチャー記事、インタビュー記事を中心に幅広いジャンルで執筆。年に数回、池ノ上のアートギャラリー「QUIET NOISE arts and break」での展示企画にも携わるなど、幅広く活動中。