2つの「黄金」に出会う街

エルベ川のほとりの古都マイセンは、ザクセン州の州都ドレスデンから列車で30分ほど。川辺にそびえ立つ大聖堂とアルブレヒト城のシルエットが印象的な街だ。ヨーロッパで初めて白磁を生み出した「マイセン磁器製作所」は、この街を世界的に有名にした。

ヨーロッパ白磁を作らせたのは、フリードリヒ・アウグスト2世だった。ザクセン公国の選帝侯で、ポーランド国王を兼ねた人物だ。17世紀末、ヨーロッパの貴族の間では景徳鎮の絵付け白磁や柿右衛門様式の白磁が大流行した。彼は、我々も白磁を生み出さねば、と考えたのである。

アウグスト2世に仕えた錬金術者ヨハン=フリードリヒ・ベトガーは、 1708年に白磁の開発に成功した。ヨーロッパ初の白磁は「白い黄金」と呼ばれた。工房は、製造技術が外部に漏れないよう、マイセンの大聖堂に隣接するアルブレヒト城に置かれていた。

現在、国立マイセン磁器製作所は、旧市街の近くにあり、中心地から歩いて行ける。ミュージアムには、初期から現在に至るコレクションが一堂に集められ、東洋とは異なる造形の、磁器の可能性に挑戦するかのような作品がいくつも見られる。製作過程のデモンストレーションを見たり、ブティックで思いがけない掘り出し物も見つけたりする楽しみもある。併設のレストランではマイセンの磁器でランチタイムやティータイムを過ごすことができる。

マイセンでは、もう1つの「黄金」に出会った。「ゴールドリースリング」という名前のぶどうから造られる希少な白ワインだ。もともとアルザス地方で栽培されていたぶどうで、1913年以降に、マイセンをはじめザクセン地方で栽培されるようになった。ゴールドリースリングは可憐でピュアで繊細な味わい。今ではザクセン地方が世界唯一の産地だ。栽培面積は30ヘクタールに満たず、現地でしか入手できない銘柄も多い。ドイツの天然ハーブ製品ブランド「クナイプ」の創始者セバスチャン・クナイプ牧師は、健康増進にゴールドリースリングを勧めていたと言われている。滋養味あふれるワインなのだ。

ドイツ再統一で復興 シュロス・プロシュヴィッツ醸造所

ゴールドリースリングには、マイセン中心街の対岸にあるシュロス・プロシュヴィッツ醸造所で出会った。オーナーのプリンツ・ツア・リッペ氏は、1918年までザクセン地方を本拠地とした、執政領主の家系の出身。第二次世界大戦後、何らの補償もなく財産を没収された。ミュンヘンで企業アドヴァイザーの仕事をしていたリッペ氏は、ドイツ再統一後、両親の故郷であるマイセンに戻ることを決意。所有財産だった城館やぶどう畑を徐々に買い戻した。1990年にはワイナリーを復興させ、ザクセン地方のトップワイナリーに育て上げた。

醸造所は2つのモノポール畑を所有している。1つは醸造所名となっている「シュロス・プロシュヴィッツ」という特級畑。12世紀からぶどうが栽培されていた畑で、マイセンの街を眺望する高台にある。もう1つは「クロスター・ハイリッヒ・クロイツ」という名の1級畑。いずれも教会が所有していた由緒あるぶどう畑だ。土壌の奥深いところには花崗岩や閃長岩が横たわり、それぞれの畑からはテロワールを表現する数々の偉大なワインが造られている。彼のゴールドリースリングは優雅で気品に満ち溢れる味わいだ。

コスヴィヒ、そしてラーデボイルのおすすめスポット

続いて、マイセンから南東へ約8キロ。コスヴィヒのシュー醸造所を訪れた。やはりドイツ再統一の年に、ヴァルター・シュー氏が創業した3,5ヘクタールのコンパクトなワイナリーだ。現在、醸造を担当しているのは長男のマティアスさん。ザクセン地方で最も小さな単一畑だというクラウゼンベルクのゴールドリースリングはグレープフルーツの風味。みずみずしく爽やかな味わいのワインだった。マティアスさんは若い世代にゴールド・リースリングをアピールするため「GO」という名前でリリースしている。彼のお母さんの手料理が味わえる、ワイナリー直営レストランもおすすめ。宿泊施設もある。

コスヴィヒからさらに南東へ約6キロ行くと、ラーデボイルに到着する。高台のレストラン「シュピッツハウス」では、カール=フリードリヒ・アウスト醸造所のゴールドリースリングを味わった。アウスト家は旧東独時代、自家製ワインを造っているだけだったが、1990年のドイツ再統一を機に、5ヘクタールの醸造所を興した。カール=フリードリヒさんのゴールドリースリングはシュール・リー製法で作られており、清冽で、生き生きとした輝きにあふれていた。

ラーデボイルで、必ず立ち寄りたいのは「グレーフェス・ワイン&ファイン」。現代人のフィーリングにぴったりのワインが揃うショップで、食事も楽しめる。オーナーのマティアス・グレーフェさんは、ザクセン地方の醸造家とグループを結成し、オリジナルワインをリリースするなど、ザクセン地方のワイン文化の活性化に力を入れている。

「グレーフェス・ワイン&ファイン」はワインと食材のセレクトショップ。レストランも併設。素敵な店だ。Photo by Junko Iwamoto

ザクセンワイン街道は自転車で

ザクセンの空気を体感するには、ワイン街道のサイクリングが一番だ。ピルナからディスバー=ゾイスリッツまで、全長55キロメートルの「ザクセンワイン街道」が エルベ川沿いを通っている。そのコアの部分、マイセンからラーデボイルまでの約15キロを、レンタルしたEバイクで走ってみた。ぶどう畑を眺めながらのサイクリングは爽快だ。旧西独地域ではほとんど失われてしまった、昔ながらの段々畑が、まだいくつも残っている。コスヴィヒもラーデボイルも、マイセンから自転車で気軽に行ける距離にある。

宿泊はマイセンが便利。 マイセン市内でワインと料理を楽しむなら、19世紀後半から5世代にわたって運営されている老舗レストラン、ヴィンセンツ・リヒターがおすすめだ。聖母教会の向かいの老舗で、醸造所も経営。マイセンの懐に抱かれるような気持ちになるレストランだ。


旅情報
マイセン最寄の空港はドレスデン国際空港、またはベルリン・テーゲル国際空港。
ベルリン中央駅からEC(ユーロシティ)で2時間弱。

マイセン磁器製作所(ミュージアム)

ワイナリー
シュロス・プロシュヴィッツ醸造所
カール=フリードリヒ・アウスト醸造所
シュー醸造所

レストラン&ショップ
シュピッツハウス(Spitzhaus)
ヴィンセンツ・リヒター(Vincenz Richter)
グレーフェス ワイン&ファイン(Gräfes Wein & Fein)


岩本 順子

ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com