3000種類もあると言われるドイツのパン。なかでもブレッツェル(Brezel)は、ビールのお供や子供のスナックとして日常生活で欠かせない。

このパンを祝う祭典「ブレッツェルフェスト」が、ドイツ南西部の街シュパイヤーで7月12日から17日まで開催された。市内を巡るパレードでばらまかれる無料プレッツェルは2万個以上。カーニバルさながらの陽気なイベントの様子を紹介したい。

ビューティサロンの山車。ブレッツェルをモチーフにした髪型の女性。

大聖堂が見守る街・シュパイヤー

2000年の歴史を持つシュパイヤー(Speyer)は、ライン川のほとりに佇むシュテファン大聖堂で知られる古都。かつて神聖ローマ皇帝に直属する帝国都市として自治権を獲得しており、交易都市としても繁栄を極めていた。世界最大級のロマネスク建築と称えられる同大聖堂は1981年、ユネスコ世界遺産に登録された。ヘルムート・コール元ドイツ首相の追悼ミサが行われた会場として、その名を耳にした人もいるだろう。

地元の本通りと呼ばれる「マキシミリアン通り」界隈は、大聖堂や教会、博物館に史跡など見学スポットが密集しており、いつも観光客であふれかえっている。

今夏、欧州は珍しく好天に恵まれて気温が35度以上の日が延々と続いた。日本と違い、一般家庭にはクーラーがほとんどないドイツでは、涼を求めて屋外のカフェや飲食店で日の暮れる22時近くまで佇む人が例年より多かった。天候の安定したこの時期は各地でワイン祭りやイベントが頻繁に開催される。

観光客を惹きつける旧市街を見守るように聳え立つ大聖堂のあるシュマキシミリアン通り。大聖堂前はシュパイヤーのイベントメイン会場として賑わう。

夏の一大イベント 「ブレッツェルフェスト」

自宅から車で30分ほどとアクセスしやすいため、シュパイヤーにはたびたび足を運んでいるが、この7月、久しぶりに「ブレッツェルフェスト」へ出向いた。

今年で81回目を迎えた同フェストは、シュパイヤー観光協会の呼びかけで、地元の商店街の販売活性化を図りたいという思いから始まった。毎年7月の第2週末を挟んで木曜日から火曜日の6日間開催されている。今では30万人以上の見物客が訪れるシュパイヤーを代表する夏の一大イベントとして定着している。ブレッツェルフェストは他の地方でも開催されているが、シュパイヤーのフェストは、国内最大規模として大きな注目を集めている。

ドイツのパンは、地域やパン屋により味も種類も様々で大型や小型、菓子パンとバラェティも豊富。なかでもブレッツェルはそのまま食べたり、バターやハム類を挟んで食する手軽さが受けて高い人気を誇っている。ドイツを訪れると、あちこちでプレッツェルをほおばりながら歩いている人をきっと見かけるだろう。

マキリミリアン通りで「ベーツェル」の白ごまとカボチャの種がまぶしてあるブレッツェルを発見。

ばらまきブレッツェルは2万個以上

同フェストのハイライトは、日曜日午後に繰り広げられるパレードだ。12時過ぎから続々と市内の沿線に人が集まってくる。

午後1時30分、ファンファーレの演奏が始まるといよいよパレードの行進だ。音楽が響き渡る沿線から歓声が上がる。パレードは、シュパイヤー駅近くのフリードリッヒエベルト通りをスタートし、大聖堂横のドーム広場まで市内を2時間近くかけて、ビューティ、スポーツクラブ、姉妹都市、商店や有志たちの嗜好を凝らした山車100台が巡回する。ばらまかれるプレッツェルに群がる観客の笑い声があちこちから聞こえてくる。

キリスト教徒が断食中に食べたパン

ブレッツェルはドイツ南西部でよく食されるが、いつ、どこで、どのような経緯で生産されるようになったのかは諸説があるようだ。一説としてキリスト教徒が断食の時期に用意し食べたことが始まりという。また、キリスト教が国教となる4世紀以前に太陽のような円形のパンがあったがそのパンは、異教徒の生産したものだった。当然のごとく、キリスト教徒はそのパンを食さなかった。その代わりに生産されたのがプレッツェルだという説もある。

プレッツェルの形は、修道士が祈る時に腕を胸の前で交差させたポーズに由来するそうだ。面白いのはその腕の位置。バイエルン州やバーデン地方(ドイツ最南地域)のプレッツェルは、この腕が反対側の肩を触れるような形。一方、シュヴァーベン地方(ドイツ南西部地域)は、腕の位置が肩よりずっと下を触っているという。

さらに12世紀初頭の専門書にプレツッェルが生まれた興味深い背景が書かれている。不正行為を犯したパン屋に対し、領主は「太陽が3回見える菓子(パン)を焼きなさい。そうすれば、絞首刑を止め、君を自由にする」と命じた。こうしてパン屋は三日三晩試行錯誤の末、3つの小窓のあるプレッツェルを発明したという。

ブレッツェルは、細長い1本の生地で形をつくる。焼く前に数秒間ラウゲン液につけるため、ラウゲンブレッツェルとも呼ばれる。3つの小窓から1度に3回太陽を覗くことができる。

地元の誇り・ブレッツェルだけを焼くパン屋

 
パレードを見学中、隣に居合わせた女性が「この街にはブレッツェルだけを焼くパン屋がある」と教えてくれた。ばらまかれるプレッツェルは、この店でつくられているそうだ。後日、そのパン屋に出向いてお話を伺った。  

現オーナー・パトリック・ブラウ(Patrick Blau)さんの祖父(母方の父親)ヨハン・ベルツェル(Johann Berzel)さんは1964年、シュパイヤーでパン屋「ベルツェル」(Berzel)を開業した。ブレッツェルだけを生産し続ける同店のモットーは、添加物を一切含まない手作り。だが2015年末、高齢のため工房に入ることが難しくなった祖父(87)は店じまいをするか他人に譲るかの選択を迫られた。
 
それを知ったパトリックさんは「他人に店を渡すくらいなら、僕が引き継ぐ」と決心した。2年務めた銀行を退職し、2016年4月から同店を仕切る責任者となった。

パン屋「ベーツェル」のCEO(経営責任者)パトリック・ブラウさん29歳。銀行を辞めて後悔はしていないという。

パン職人マイスター3人と共に朝4時半から生産作業に取りかかるそうだ。オリジナルプレッツェルの他、トッピングに白ごまやカボチャの種を使うなど、10種類を毎日計1000個ほど焼く。販売は、工房の他、シュパイヤー市内にある4店だけ。「販路を広めると手作りができなくなってしまうから」という。

ちなみにプレッツェルフェスト中は、1日2万個以上焼くそうで、一年で一番の書き入れ時だそう。

工房でプレッツェルを味わってみた。これまで食べたものとの大きな違いは、優しいもちもち感で後を引く美味しさだ。シュパイヤーを訪問したら、是非味わってみたい地元ならではのブレッツェルだ。

2019年、シュパイヤープレッツェルフェストは7月11日から7月16日まで開催される。


Spyerer Brezelfest  

Berzel Speyerer Brezelbaeckerei  

All photos by Noriko Spitznagel

シュピッツナーゲル典子

ジャーナリスト・ドイツハイデルベルク近郊在住。
人生の半分以上を欧州で生活している。大学卒業後、出版社、ドイツ企業勤務。のち渡独。得意分野はビジネス・文化・教育・書籍・医療業界・観光と食など。翻訳や見本市の通訳、市場視察やTV番組撮影の企画やコーディネートも。人物インタビューが大好き。仕事以外では旅と食べること、スポーツジムと水泳に没頭中。国際ジャーナリスト連盟会員。

HP:http://norikospitznagel.com/ 
Blog:https://germanfood.exblog.jp/