夏の終わりのホップを楽しむニュージーランド
ビール好きな人なら、各地のクラフト・ビールを楽しむこともあると思う。日本国内にも300近い醸造所があるという。それにIPAインディアン・ペール・エールもブームだ。日本の大手ビールメーカーの主力商品は大量生産に適したラガーだが、ペール・エールは古くからの製法で短期間に発酵・熟成させるタイプ。すっきりとしたのど越しのラガーとは異なり芳醇で濃厚だ。IPAはイギリスが発祥で、インドに向かう船員たちが船上で楽しむために作られたという。その後イギリスからの植民地へと広がった。カナダへ、アメリカへ、オーストリア、そしてニュージーランドにも。
今回は、ニュージーランドの首都ウェリントンで人気のマイクロ・ブリューワリーを紹介したい。
現在日本からニュージーランドへの直行便は、ニュージーランド航空が成田からなら毎日、羽田と関西からは各週3便を運航している。成田からの所要時間は10時間30分だから、一番近いヨーロッパと言われているフィンランドのヘルシンキ、アメリカならロスアンゼルスへの所要時間に近い。しかし時差は3時間ほどなので、時差による疲労はあまり感じることはないだろう。当然ながら南半球なので季節は逆。夏の終わりに収穫したホップで作ったビールを楽しむのは、4月頃ということになる。
風の街ウェリントン
ウェリントンはニュージーランド第3の都市。北島にある最大のオークランド都市圏の130万人に次ぐ40万人ほどの人口だ。そのニックネームは「Windy Wellington:風の街」。街を吹き抜ける海からの風が気持ちいいが、吹き抜ける風は往々にして強すぎるようで、風速63㎞を超える強風が吹く日が、一年のうちに平均178日間あるというから侮れない。
飛行機をバスのように利用するといわれるニュージーランダー。鉄道よりも航空網のほうが便利だし、航空チケットは安い。ウェリントンへはオークランドから1時間ちょっと。着陸すれば、そのターミナルの外壁には「Middle of Middle-Earth」という大きなサインが掲げられている。「中つ国の真ん中」。中つ国とはあのトルーキンが書いた「指輪物語」に登場する土地のことだ。ロード・オブ・ザ・リング として映画化したピーター・ジャクソン監督の本拠地「ウェタ・ワークショップ」があるのがこの街。空港ロビーでは、魔法使いのガンダルフが鷲の王「グワイヒア」に乗っている巨大なオブジェが、天井から釣り下げられて雰囲気を盛り上げている。ウェタ・ワークショップへ向かう道から見える丘にはロスアンゼルスのハリウッドサインを模した「Wellington」のサインがあるのだが、風に飛ばされ そうなデザインになっているのがユーモラスだ。
本当のガレージから始まったプロジェクト
ウェリントンのダウンタウンは東西に500メートル南北4㎞程ととてもコンパクトだ。ちょうど住宅街が始まったあたり、68 Aro Streetに、ガレージ・プロジェクト(Garage Project)がある。もともとはイギリスの高級車ジャガーの修理工場だった敷地と建物をそのまま生かして、2011年にこのマイクロ・ブリューワリーが生まれた。
その日店で話を聞くことができたのは3人の共同経営者のうちの一人Jos Ruffel。それまではゲーム開発のエンジニアをしていたのだが、「実際に目にすることができる楽しみを、客と一緒に楽しみたい」という思いでこのプロジェクトを始めたのだという。
銀色のタンクが並ぶ小さな醸造所に併設された店舗では、持ち帰り用のビールが売られている。夕方になれば近所の客たちが次々とやってきて、持参したペットボトルなどの容器にその場でビールを詰めてもらって帰っていく。どうも、その日に飲む分を買いに来ているようだ。ボトルや缶のビールもある。また、Tシャツなどのグッズも売られている。
その傍らに、これまでに作ったポスターのファイルがある。見てみれば日本語が入っているもの、日本的のサブカル的な要素を取り入れたものなども。そういえば売られているビールの一つに「初恋」という名前のものがあった。Josに聞いてみると「日本のことも好きなんだよ」と言う。理由はたったそれだけらしい。
タンクのそばにある黒板には、今醸造中のビールについての説明が書かれている。4月のこの時期は新しいホップの季節。忙しそうだ。
肩の力が抜けたトライの連続
この醸造所では常に新しいビールに挑戦し続けているという。開業以来の成功で2017年には新しい醸造所を建設するまでになったのだが、「Try Something New」は彼らのキャッチフレーズ。常に新しく開発されたビールが客に提供される。取材した日にはタンクの一つから醸造中のビールを抜いて捨てていた。聞いてみると「今日はあんまりうまくいかなかったんだ」とのこと。いい時もあれば悪い時もあるといったようで飄々としている。
同じAro Streetに、Tap Roomがある。こちらはビールを飲むことができるバーで、金曜日の夜ということもあってか客でごった返していた。壁に15種類ものビールを継ぐタップが並んでいて、その上には銘柄のプレートと色を確認できるサンプルが並んでいる。そのディスプレイが美しい。すぐそばにはかなりアナログ感のあるビールの温度管理盤があって、これも一つのアートだ。
今では町のパブでも扱うほどになったGarage Projectのビール。いつか日本でも飲めるようになるのかもしれないが、ビール好きならその年の新ホップをもう一回楽しむために、南半球に出かけてみるのもいいかもしれない。ウェリントンで開催される獲れたてホップのフェス Hopstockは毎年4月に開催されている。
Hopstock
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石黒アツシ
20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/