スイス人のリゾート地 — グラウビュンデン・オーバーランド
山に始まり山で終わるといっても過言ではないスイスは、各地に、息をのむほど美しい山々が広がる。8月1日のスイス建国記念日の恒例特番では、今年は、あでやかな山岳に住む全国の人たちを放映した。全国とは、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4言語圏だ。ロマンシュ語は全人口の1%にも満たない人たちが、スイス最大の州グラウビュンデン(スイス東部)で日常的に使っている。
グラウビュンデンにも、当然のように山がある。夏はハイキングや湖で水泳、冬はスキーやスノボーなどのウィンタースポーツができる村々ばかりで、国内のほかの州から休暇に来る人たちは多い。ホテルもたくさんあるし、別宅も目立つ。
先日、グラウビュンデン内の西の端グラウビュンデン・オーバーランド(ロマンシュ語ではスルセルヴァ)と呼ばれる地域のバルギス山に行ってきた。標高約1,500メートルの地を、写真を撮りながらゆっくりと1時間歩いた。シャッターチャンスがあり過ぎるくらいの絶景だった。
以前は、山に魅せられて山間部に住んだり、何度も山歩きをするというスイス人たちの気持ちがあまり理解できなかった。でも、ヨーロッパ内の旅行を重ねたいま、このバルギス山を含めて、スイスの山岳は格別だとしみじみ感じる。
葉野菜スイスチャードが決め手の「カプンス」
グラウビュンデンは農業が盛んで、ご当地グルメもいろいろある。グラウビュンデン・オーバーランドが発祥の「カプンス Capuns」は、おすすめの一品だ。葉野菜のスイスチャード(日本語では一般的にフダンソウ、ドイツ語ではマンゴールド)で小麦粉や生ソーセージを使った具を包んだこの伝統料理は、グラウビュンデンのレストランでも、スペシャリティとして味わうことができる。
スイスチャードは日本でも出回っているので、知っている人もいるかもしれない。葉が緑で茎が赤や黄色とカラフルで奇麗、そして栄養的にも優れているため、ここ数年、注目を浴びている。地中海原産なのに英語名でスイスがつく理由は、よくわかっていない。カプンスには、カラフルな茎のスイスチャードではなく、白い茎のスイスチャードを使うことが多い。ホウレン草と味が似ているとよく言われるが、スイスチャードのほうがもっと淡泊だと思う。
カプンスは、日本のカレーや肉じゃがと同じように、基本的な材料・手順は決まっていつつも、各家庭が「わが家の自慢のレシピ」を持っている。だから、1999年にカプンスの100レシピを集めた集大成本が初めて出たけれど、すべてのレシピはカバーしていない。
カプンスの基本的な手順を紹介しよう。小麦粉、卵、水、香草、生ソーセージをよく混ぜ合わせた具を作る。この具を少量取り、スイスチャードの葉1枚でクルクル巻く。巻いたものをブイヨンスープで煮る。スープも一緒に食べたり、別にソースを作って添えたりする。カリカリにソテーしたベーコンなどを付け合わせれば出来上がりだ。ロールキャベツの作り方に少し似ているが、カプンスは煮込み過ぎない。
バルギス山を離れてから親戚宅を久しぶりに訪れると、大きく育ったスイスチャードの葉が畑で輝いていた。葉が育つ夏場が作るシーズンだが、人気が高いため、夏に作って冷凍したもの(ブイヨンスープで煮る前に冷凍する)を冬場に出すレストランもある。
マルグレータおばあさんの「カプンス」
親戚とは、70歳を過ぎたマルグレータだ。スイスのフランス語圏やイタリア語圏でしばらく働いて、自分の育った山村が1番だとグラウビュンデン・オーバーランドに帰ってきた。
マルグレータは、母親からカプンスの作り方をきちんと教わらなかった。スイスチャードの葉を畑から取ってくるなどはしたものの、お母さんが作ったカプンスが1番で、自分ではうまく作れないと思っていた。のちに自分で工夫して、自分のレシピを完成させた。
マルグレータのレシピは、香草と生ソーセージの種類がとにかく多いのが特徴だ。香草は長ネギ、パセリ、セロリ、ミント、チャイブ(ネギ科)、ラべージ(セリ科)、ケール(アブラナ科)。生ソーセージはランドイェーガー(Landjäger)、サルシッツ(Salsiz グラウビュンデン名物)、アンドゥチェル(Andutgel グラウビュンデン名物)、サラミの4種類。長年作ってきたので、材料は目分量だ。
すべてを細かく刻んだら、卵と、塩コショウなどの調味料で味を調える。そこへ小麦粉と水を入れて、木ベラでしっかりと練る。柔らかすぎても硬すぎてもよくないが、よく練るのがコツだ。具を摘みたての葉で包むのは彼女にとってはお手のもの、とはいえ、これも少しコツがいる。巻きやすいようにと、葉をさっとゆでて冷水で冷やす人もいる。彼女は巻き終わりに茎を差し込むけれど、うまくできない人も少なくなく、茎を切り取るレシピもある。ブイヨンスープで煮たら、スープを軽く切って大皿に入れる。粉チーズをふりかけ、最後にカリカリのベーコンを散らして、あとは熱くしておいたオーブンに入れて粉チーズが溶けるまで数分待つだけだ。
柔らかい具は生ソーセージがたっぷりでも塩味は決して強すぎず、しんなりした葉はジューシーで、カリカリベーコンの塩気と歯ごたえがいいアクセントになって、舌と心を満たしてくれる。一皿に数個というレストランではないことを幸いに、ここでは大皿から取って、たくさんご馳走になってしまう。
マルグレータを訪ねると、手間がかかるのに、よくカプンスを用意してくれる。「やっぱり、ここに来たからにはね」というのが彼女の口癖だ。
私も自己流にアレンジしてみた
実は、私も数年前から、ベランダの小さい家庭菜園でスイスチャードを育てて、カプンスを作っている。
ただし、私のカプンスはスイスチャードで包まない。葉をザクザクと大きめに切って、具と一緒に混ぜてしまうのだ。ブイヨンスープに具をスプーンですくって入れると、団子のような形で固まる。どうにか手間を省けないかと考えて思いついたのだが、なかなかおいしいと自画自賛している。
日本でもスイスチャードは育てられるし、そのほかの材料もだいたい揃うはず。スイスの山村に思いを馳せながら、あなたなりのカプンスを作ってみてはいかが。
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<参考レシピ Movie>
グラウビュンデン・オーバーランド出身の著名料理人、アンドレアス・カミナーダ氏が公開しているカプンスの作り方
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All photos by Satomi Iwasawa
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/