ミャンマーは敬虔な仏教国でありながら、精霊や、超自然的な力を有し錬金術師と訳されることも多い「ウェイザー」と呼ばれる人びとを根強く信仰している。中でも高い人気を誇るのがウェイザーのひとり、ボーミンガウンだ。彼の像はほとんどの場合、日本人の目には任侠映画に登場する高倉健のようにしか見えない姿に造られる。なぜ、このような神らしからぬ姿で描かれるようになったのだろうか。
写真も残る実在の人物
ボーミンガウンが何年に生まれたかははっきりしない。東京外国語大学大学院の土佐桂子教授による著作『ビルマのウェイザー信仰』(勁草書房)にその生涯が詳しく載っているが、それによると1885年頃以降には何らかの活躍をしていたとの記録が残っているというから、それより数十年か前に生まれたと推測できる。
同書は、彼が持つ様々な不思議な力についても言及。流れを堰き止める大木を魔法の鞭のひと振りで動かしたとか、首をはねられた鶏の頭と胴を彼がひっつけると生き返って空へ飛んでいったとか、脱線した列車を牛のように棒で追い立てて元の場所へ戻したなどなど、摩訶不思議な逸話には枚挙のいとまがない。
こうした力は修行によって会得できるとされ、ボーミンガウンも1938年から1952年までミャンマー中部のポッパ山で厳しい修行をしたと伝えられている。
そう、1952年。
ほんの数十年前まで彼は生きていたのだ。そのため複数の写真か残っており、そのうちの1枚が今日、彼の像として描かれることの多い片膝を立ててやぶにらみで前方を見据えるポーズで写っているため、彼の像はこの姿に造ることがほとんど。これが日本人には「高倉健」に映るのだろう。
ちなみにウェイザーはお腹がすかないし、病にもならなず怪我もせず、当然のごとく死ぬこともないとされている。そのため私たちの常識ではボーミンガウンは1952年に亡くなったことになるが、ミャンマー的には「この世を抜けた」に過ぎないとされている。
仏教と共存するウェイザー信仰
この任侠テイストのウェイザーであるボーミンガウンの像は、ほとんどのパゴダにあると言っても過言ではないほど仏教に溶け込んでいる。ミャンマー仏教の総本山ともいうべきシュエダゴンパゴダの境内にも北東門に彼を祀る祠があり、参拝客の人気を集めている。
超能力者信仰は仏教と相容れない気もするが、ミャンマーでは矛盾することなく両立。ウェイザーはあくまで仏教における聖人ともいえる捉え方をしている。彼らの像や祠はパゴダの境内に数多く建ち、人びとは仏像にお参りするのと同じようにウェイザー像にも参拝する。
ナッ神は仏教よりも前から続く土着信仰
仏教に組みこまれた神的存在にはウェイザー以外にナッ神がある。ナッ神信仰はミャンマーが仏教を取り入れるよりも前から存在した多神教。数多い神々の中には非業の死を遂げた人間が神格化されているケースが目に付く。日本の天満宮が祭る菅原道真や神田明神の平将門に近いものがあるかもしれない。
11世紀に成立したバガン王朝の初代王アノーヤターは国造りの中心に仏教を据えたが、この際、「ナッの神々は仏陀の下部組織」というレトリックで布教したため、今日まで仏教と入り混じる形で信仰を残し、パゴダにはウェイザー同様、ナッ神のお堂や像があることが多い。そしてナッ神たちの総本山ともいえるのがポッパ山で、ボーミンガウンもここで修行したというわけだ。
聖地ポッパ山には「任侠」像がいっぱい
この山で修行してミャンマーを代表するウェイザーになったボーミンガウン人気はポッパ山では著しく高く、至る所に彼の「任侠」テイスト像が設置してある。好物だったタバコを指に挟むのみならず、寄進のお金を像にお供えする人が多いため、ただでさえ任侠っぽい像がさらに俗世の香りを漂わせてしまっているが、ミャンマー的にはこれで十分ありがたい存在に映っているようで、深く頭を垂れて祈りをささげる信者が後を絶たない。
ボーミンガウン以外にも、ポッパ山はポッパメイドウと呼ばれるナッの女神が有名だ。彼女の像は緑色の衣装を着た美女に描くことが多く、こちらも日本人の目には俗っぽく映る。
彼女の双子の息子であるシュエッピン兄弟もナッ神として全土で信仰を集めており、ポッパメイドウが双子を生んだとされる穴もポッパ山には残っているので、訪問の際はぜひ見学を。
ミャンマー旅行でバガン遺跡を訪れるなら、ボーミンガウンとポッパメイドウの聖地ポッパ山へも是非、足を伸ばしてみてほしい。仏教国ミャンマーの意外な一面を見ることができるだろう。
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All photos by Maki Itasaka
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シュエダゴンパゴダ | Shwe Dagon Paya
住所:Shwe Dagon Paya Rd., Bahan Tsp., Yangon
拝観時間:5:00~21:00 無休
拝観料:1万チャット(約780円)
ポッパ山 | Mt. Popa
アクセス:遺跡で有名なバガン(ヤンゴンから飛行機で約1時間)から南東へ約50km。車で約90分。
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板坂真季 ITASAKA Maki
日本でのライター業を経て中国・上海やベトナム・ハノイなどで計7年間、現地の日本語情報誌の編集を務めるかたわら、日本の雑誌、書籍、webマガジンなどへ多数寄稿。各種ガイドブックの編集・執筆・撮影、取材コーディネート業にも従事。2014年よりヤンゴン在住。著書に『現地在住ライターが案内するミャンマー』(徳間書店)など。