人口の約70%が中華系のシンガポール。中華系の移民は15世紀から始まったが、中でも戦前、プランテーションなどでの労働力として中国から来た人たちが多い。今ではシンガポールと言えば金融街などの近代的なビルが立ち並ぶ風景が思い浮かぶが、その原点は労働者の集まりであった。
近年、個性的なカフェやゲストハウスなどが増え続けるジャランベサールは、機械修理や金属部品の店が並ぶ労働者の街で、今は数少ない、シンガポールの成り立ちの原型をとどめたようなところ。そんなジャランベサールを、のんびりと歩いてみよう。
今と昔、昼と夜が混在する街
「ジャランべサール」は、通りの名前であり、その周辺のエリアを指す場合もある。2017年には同名の駅もでき、駅名としても使用されている。今回はジャランべサールを北側から南下していきながら、その周辺も含めて紹介しよう。
周囲が農地だった1880年代、収穫物の流通のために敷設されたジャランべサールは、周辺のプランテーションが発展し人が増えたことにより商業活動が盛んになり、通りとその周辺に、1階は商業施設、2階は住居の、中華、マレー、ヨーロッパの様式を取り入れた「ショップハウス」と呼ばれる建物が立ち並ぶようになる。
ショップハウスはシンガポールに点在していて、ほとんどのものがきれいに改装され、観光地化したところもあるが、ジャランべサール周辺のそれは時が流れるにまかせたような風貌のものが多く、街並みはいぶし銀の雰囲気。現在、多くに、古くからある機械修理や機械部品の店、そしてカラオケキャバクラのKTVが入るジャランべサールは、昼の顔と夜の顔を合わせ持つ。
若い世代が3Kの仕事を嫌がり、後継者をなくして姿を消した機械修理店の入っていたショップハウスには、入れ替わるように、バックパッカー向けの安宿であるゲストハウスが多く見られるようになった。また、近年はインディペンデント系のカフェやバーなども増え、機械工、金属部品店の老いた店主、外国人バックパッカー、流行に敏感なローカルなど、多様な人たちが通りを行き交う。
次々に現れるカフェやレストラン
ジャランベサールの北の端近くにあるオープン間もないLiberty Coffee(リバティ コーヒー)は、以前からカフェなどにコーヒー豆を供給していたロースターが開いたカフェ。
東南アジアは、域内で豆が生産されることもあってか、コーヒーが人々の生活に密着している国が多い。シンガポールもそこここにコーヒーショップがあり、老若男女、「コピ」と呼ばれるローカルコーヒーを楽しむ姿が見られる。
その影響か、シンガポールにはいち早くサードウェーブコーヒーのブームが訪れ、この10年であっという間に浸透し、ローカルのグルメコーヒーロースターも次々にできた。Liberty Coffeeはそんなロースターのひとつで、豆の焙煎だけでなく、飲食店のためのバリスタテクニックの教室も開催。
近隣には、シンガポールのサードウェーブコーヒーの草分けであるロースターPapa Palheta (パパ パルヘタ)の経営する人気カフェChye Seng Huat Hardware(チャイセンヒュ ハードウェア)もあり、ロースター同士しのぎを削る。
シンガポールのグルメコーヒーは、ヨーロッパや日本などとは違う、洗練され過ぎない素朴なコクを持つ傾向がある。シンガポールに来たら、ここでしか味わえないスタイルのコーヒーも試したい。
Liberty Coffeeを過ぎ、ジャランべサールを東の方へ曲がり進んでいくと、ケイヴァンロードにあるのが、アメリカンスタイルのBBQレストランRed Eye Smokehouse(レッドアイ スモークハウス)。大きな塊肉をグリルで焼き客を迎え、注文ごとにスライスして出してくれる。
肉は、仕入れにより、ブリスケット、豚バラ肉、スペアリブ、プルドポーク、鶏ももなどで、時には黒豚があることも。大きな塊で焼いた肉はジューシーで柔らかく美味、ワインがすすむ味だ。肉料理の割に値段は手ごろで人気。
信仰は各々の自由。宗教への寛容さを感じる寺
Red Eye Smorkhouse からジャランべサールの方向へ歩みを戻すと、途中のビーティーレーンに、屋根に五色の旗がはためき、庇に取り付けられた風鈴の音が響く、他の仏教や道教の寺と少し様相の違うThekchen Choling(テクチェン・チョリン)という寺が現れる。
Thekchen Cholingはチベット仏教の寺院で、開かれたのは2001年と比較的新しいにもかかわらず、多くの人たちから支持を得ており、昼夜を問わず、参りに来るローカルの姿がある。シンガポールの人々は、一般的に思い思いに自分の考えで宗教、宗派を選ぶことが多い。Thekchen Cholingはシンガポールの宗教への寛容さを体現している寺といえよう。
ダイバーシティが生み出した美しいテラスハウス
ジャランべサールに歩みを戻し、今度は西方面に伸びるペタインロードへ入っていくと、淡い色合いの花柄のタイルと装飾を多用した、格別に美しい植民地時代のテラスハウスが立っている。
1930年に建てられたそれは、特にいわれがある建築物ではなく、観光名所というわけではないが、多民族国家シンガポールのダイバーシティが、何気なく中華、マレー、ヨーロッパの美を取り混ぜて作り出した、ひっそりと咲く花のよう。
変わらずローカルを魅了し続ける店たち
ジャランべサールにあるのはもちろん、新興のヒップスターカフェばかりではない。通り沿いに続くショップハウスには昔から続く人気のローカルフード店が点在している。
店は古ぼけているが客足の絶えないBeach Road Scissor Cut Curry Rice(ビーチロード シザーカット カレーライス)は、日本のものと似た中華スタイルのカレーの店。ご飯に、ショーケースに並んだ、カツレツ、厚揚げ、目玉焼きなどの具材を選び乗せ、その上からカレーをかける。味もさることながら、具材を3つ選んでも3.50シンガポールドル(約300円)と格安なのも人気の理由だろう。
Swee Choon(スウィーチューン)は1962年から続く庶民的な飲茶レストラン。昼間の早い時間は空いているが、朝の6時までやっている夜は、遅くなるほど客足が増え、晩の8時も過ぎるころになると長い列ができる宵っ張りに人気の店。
放浪癖の大人のための宿
南下を進め、MRTジャランべサール駅を過ぎた辺りにあるディックソンロードを西に入るとすぐ、古い学校を改装したWanderlust Hotel(ワンダーラスト ホテル)がある。ブティックホテルのようなコンセプトながら、コスト高なシンガポールにおいて宿泊費が比較的安価。
部屋はコンパクトだが、フロント横にゲストハウスのような共有スペースがあり、屋外ジャグジーも完備。ソムリエが選んだ本格的で膨大なコレクションを誇り、酒類の高いシンガポールにおいてリーズナブルな価格設定で利用価値大のワインレストランWanderlust(ワンダーラスト)も併設されており、次のプランを考えたり、ゆっくり過ごすスペースがある。バックパッカーを卒業したが放浪マインドは忘れていない大人向けといった感じの、ジャランべサールらしいホテルだ。
モスクにも多様性
ジャランべサールが南端に迫ったところのダンロップストリートを西に折れ、しばらく行くと、ひときわ目を引くユニークなフィーチャーのAbdul Gafoor Mosque(アブドゥル・ガフールモスク)がある。1910年、南インド出身の商人たちが、北アフリカのムーアや、古代シリア・アラビア地方のサラセンのエキゾチックな要素を取り入れたデザインを採用し、建てた。今日、時間を問わず祈りを捧げに来る信者には、南アジア系も東南アジア系もおり、人種を問わない。
様々な出自を持つ人たちからなるシンガポールでは、ひとくちにモスクと言っても、建設した人たちも建築様式も多様。通りを歩けば異なったスタイルのモスクに出くわすのも、そこで見られる人たちの人種がさまざまであるのも、ダイバーシティ国家のシンガポールならではといえよう。
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All photos by Tamami Persson
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Liberty Coffee
387 Jln Besar, 209002
Red Eye Smokehouse
1 Cavan Rd, 209842
Beach Road Scissor Cut Curry Rice
229 Jln Besar, 208905
Swee Choon Tim Sum Restaurant
183-191 Jalan Besar, 208882
Wanderlust Hotel
2 Dickson Rd, 209494
Windelust
2 Dickson Rd, 209494
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パーソン珠美
シンガポール在住 通訳・ライター。さまざまな業界での通訳や取材、5ヵ国の在住経験と40ヵ国を超える海外渡航歴、国際結婚、子育て経験などから、軽快なフットワークをもってネタ収集に努める人生満喫中。
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