地上36階に集うロンドナー

ロンドンの町を見渡せることで新名所となっているスカイ・ガーデンは、金融街にそびえたつ160メートル・37階建てのモダンなビル。無料で最上階にある展望台に行けるとあって、オンラインでの予約表が随時出ると、あっという間にその無料チケットがなくなってしまう。世界中の観光客がここを訪れたいと思っているから当然だろう。とはいえ、展望台のレストランに予約して食事をするならそのチケットは不要だし、ウォークイン・アワーズという朝と夜の特定の時間帯は予約なしで入ることができる。私はこの6月、スカイ・ガーデンを思い切り楽しんできた。眺めを堪能するだけでなく、汗も流して。

スカイ・ガーデンではほぼ毎日、誰でも参加できる朝ヨガを開催している(要予約、ヨガマット持参)。平日は朝6時30分から1時間で、週末は遅めに開始、そのあと朝食をとりたければ、レストランでのビュッフェもセットにできる。「平日の朝にヨガなんて、きっとロンドナーたちが集まっているに違いない」と、ヨガ実践者でない私はワクワクしながら予約した。

当日は、眠い目をこすりながらホテルを出た。ヨガマットを肩からかけ、ヨガレギンスにTシャツという、いかにもヨガに行きますという服装は気恥ずかしかったけれど、「これこそロンドナー気分!」とばかりに、自然と足取りが軽くなった。

スカイ・ガーデンの入口に着くと、同じ出で立ちの女性が2人いた。3人でエレベーターに乗り込んで一気に35階へ。椅子やソファをほどよく配したカフェがあり、背後にはガラス越しにロンドンの町が見えた。36階へ続く階段脇には、たくさんの草木があしらわれている。階段を上ると、会場の展望台が目の前に開けた。前面や側面には、青く輝く空の下にパノラマが広がる。見上げれば、ガラスの天井から柔らかな日差しが注いている。20分ほど早く着いたのに、もうマットを敷いている人たちがいた。ヨガが終わればサッと仕事へ向かうのだろう、始まる前からこの景色にどっぷりと浸りたい気持ちはよくわかった。

インストラクターがアジアンテイストの音楽を流し始めた。友だち同士で来ている人は少ないようで、ほとんどの人たちが自分のマットに座って、朝ヨガの始まりを静かに待っていた。

空と緑のコントラスト

違う音楽に切り替わると、インストラクターが前に出てきた。いよいよだ。ぎりぎりで到着した参加者たちもいて、いつの間にか40人以上になっていた。そして、インストラクターの指示に従って、みんなで一緒に深呼吸。それからは、ヨガに集中した。ヨガはいろいろなタイプがあるから、「今日のヨガはどんな感じだろう」と少し心配だったものの、とりわけ難しいポーズはなく進むことができた。ただし、利き足や体の重心の癖などがあって、ポーズをとりにくい側があることに気が付いた。

早朝の澄みきった空とロンドンの町を一望しながらのヨガは、空に浮かんでいるような感覚を味わわせてくれた。飛行機が通って、普段、道から見る距離感とはまったく違い、空との近さをさらに実感した。階段から続くヤシの木もときどき視界に入ってきて、心が和んだ。階段脇の草木やあちこちに置かれた植木はヨガの最中は見えなかったけれど、緑がたくさんある空間にいて、なんだか脳がリラックスしているような気がした。

最後は仰向けで寝そべって、両膝を外側に開き、足の裏を合わせる合せき(がっせき)のポーズでリラックス。天井にうっすらと反映したみんなの姿が面白かった。インストラクターが自己紹介して、お開き。最初にかかっていたアジアンテイストの音楽がまた流れ、会場に咲いたマットの花がすぐ片づけられた。展望台は、また人の気配のない空間になった。

インストラクターにいつもこんなに人が来るのかと尋ねてみると、「平日はこれくらいが普通です。週末は80人以上も来るからすごいですよ。やっぱり、この眺めに惹かれてくる人が多いですね」と笑顔で答えてくれた。彼女にとっても、ここでヨガを教えることは日常の中の特別な時間なのだろう。

朝ごはんも楽しめる

ヨガを終え、今度は同じ階のレストラン、ダーウィン・ブラッセリ―へ。せっかくなので、朝食をセットにしておいたのだ。朝食ビュッフェはイングリッシュブレックファーストのように卵料理やベイクドビーンズやソテーしたマッシュルームはなく、ハム類、チーズ、パン各種、シリアル、ヨーグルト、そしてドライフルーツとサッパリ系だった。

一皿目は、パンとサラミとバナナチップスを取り、飲み放題のドリンクからはオレンジジュースとコーヒーを選んだ。テムズ川にかかるロンドン塔がよく見える側に座っての朝食は、変わった体験だった。二皿目は、ヨーグルトに蜂蜜をたっぷりかけて味わった。ヨガのおかげと素敵な雰囲気に包まれて、三皿目にも手が届きそうだったが、ランチまでにお腹を空かせておかないといけなかったので、ブッフェを撮影しながら目で楽しんで食事を終えた。

外に出ると、ラッシュの波

EUで1番高い310メートルの尖ったビル、ザ・シャードも、ほかの高層ビルも、すぐ目の前にあるかのようだった。エレベーターで地上階へ降りるのがもったいなくて、もう1度、展望台をぐるりと回った。「今日はすごく早起きして来てくれて、ありがとうございました」。耳に残っていたインストラクターの言葉が、また聞こえた。早朝に訪れたことで得をした気分だ。訪問者がまばらで、空と庭をほぼ独り占めできたのだから。

3年が過ぎて、すっかりロンドンの風景になじんだスカイ・ガーデンは、上階が膨らんでいる外観デザインが、完成時、地元では不評を買ったという。でも、この眺望を経験したら、きっと、よく行きたい場所になるだろう。

外に出ると、足早に勤務先に向かう人たちの波があふれていた。自転車通勤の人も多く、歩く人とぶつかりそうになって、小さい口論になっていた。「こういう人が朝ヨガをやったらいいかもしれない。1日を焦らず過ごせるのではないかしら」。そんなことを思いながら、ラッシュの波の邪魔にならないようにしてスカイ・ガーデンを下から眺めた。


All photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美

ライター、エッセイスト
スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。

イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。

HP https://www.satomi-iwasawa.com/