世界の旅人の定番ガイドブックであるロンリープラネットの 「Top 10 Asian destinations」(2017年版)のひとつに選ばれた、シンガポールのケオンサイクロード。

ヒップなレストランやバーがひしめく注目のストリートは、悪名高い赤線地帯であった過去を持つ。立ち並ぶお洒落な店の間に昔から変わらないノスタルジックな顔ものぞかせるこの通りを北から南へ、寄り道をしながら歩いてみよう。

ローカルも知らない混沌

ケオンサイクロードを北端から歩き出すと、左手に、チャイナタウンコンプレックスという古い複合施設がある。観光客の押し寄せるチャイナタウンにありながら、ここはガイドブックにはほとんど載っていない。他のエリアに住むローカルも滅多に訪れないため、昔から周辺に暮らす住民と大陸から来た中国人のみが作り出す独特の空間となっている。

チャイナタウンコンプレックスの1階は服飾品や雑貨を売る「ドライマーケット」、地階は生鮮品を売る「ウェットマーケット」。売り手も買い手も年寄りが目立ち、時代に置き去られたような場所だ。地階には、南国フルーツやローカル野菜などの他に、シンガポールの他のマーケットではあまり見ない、食用の生きたカエルや亀なども売っている。

チャイナタウンコンプレックスの2階は固定式屋台の集まるホーカーセンター。薄暗く、老朽化した雰囲気だが、ランチ時間には行列のできる有名店も多い。

Zhong Guo La Mian Xiao Long Baoはミシュランガイドでも紹介された人気の中華料理店。店頭で手作りされる小籠包が特に知られるが、他も何を食べても間違いのない美味しさ。レストランに劣らぬ味ながら、小籠包は10個で6シンガポールドル(約480円)、ジャージャー麺は4シンガポールドル(約320円)というホーカー価格が嬉しい。

Zhong Guo La Mian Xiao Long Bao

シンガポール人の優しさをサポートできる居心地の良いカフェ

チャイナタウンコンプレックスを後にして歩くとすぐに、ケオンサイクロードはクリタアヤロードという小道と交差する。クリタアヤロードを左に曲がったところにある The Social Spaceというカフェは、南国のリゾートを思わせる優しい色合いの店内に柔らかい光が差し込み、つい長居してしまう居心地の良さ。

The Social Space

このカフェは、社会生活を送るのに困難のある男女を、生きていくためのスキルが積めるようにとの目的で雇用している。メニューはエコフレンドリー、フェアトレードの材料にこだわる。また、精神疾患者を支援する団体が作るアクセサリーや、購入者が容器を持参するリフィラブルのシャンプー等のトイレタリーなど、社会や環境に配慮したものも販売しており、飲食や買い物をすることで客もコンセプトに協力できる機会が与えられている。

注目を浴びる美食ストリートを彩る店たち

歩みを進めよう。ケオンサイクロードにルートを戻すとすぐに、赤いラインで縁取られたアイコニックな建物に突き当たる。古いアール・デコ様式の3階建のビルは、バリの有名レストランPotato Headのシンガポール店。1、2階はハンバーガーショップ、屋上はルーフトップバーになっている。

ハンバーガーはどれもパテがジューシー。メニューには、他ではなかなか食べられないラムバーガーがあり、牛肉とは違うこってりし過ぎない旨味でおすすめ。

さらに南下を続けると、左手にジャックチュアンロードという小道が現れる。そこを入っていくと突き当りの角にあるのがEsquina。バルセロナ出身の若手スペイン人シェフCarlos Montobbioが作るのはモダンなアレンジを加えたカタルーニャ料理。ハイエンドなレストランの多いケオンサイクロードでは比較的手頃な値段設定ながら、スペインからわざわざ取り寄せた材料などをふんだんに使った料理は丁寧に作られ美味。店の雰囲気もしゃれていて、満足度の高い店だ。

アンタッチャブルな過去

ケオンサイクロードを舞台にした回顧録が近年、ローカルのメディアで話題に上った。1970年代、売春宿の並ぶ赤線地帯だった同地で育った著者の子供時代を綴った「17A Keong Saik Road」がそれだ。30年代にマレーシアの貧しい農村から8歳の時に売られ、働き、のちに売春宿のマダムとなった著者の母の話も合わせ、母娘2代の物語となっている。

『Pipa girls』と呼ばれた、派手なドレスと香水で着飾った女性たちがアヘン窟で客にアヘンを出したり、舞台で歌や踊りを見せたりしていた歓楽街だった30年代。そして60年代に入り次第に赤線地帯へと姿を変えたケオンサイクロード。社会のタブーとされ、触れられることのないまま忘れ去られようとしていたその過去に光が当てられ、人々の関心を誘った。

政府公認の売春宿は建物の外に赤字の番号が記されているが、ケオンサイクロードでは現在そのような看板はわずかに2件見られるのみとなっている。

2008年のリーマンショックの影響で、外資系企業の多くが、東京に置いていたアジアの統括拠点を、香港・シンガポールへ移した。また、ロンドンやニューヨークなどに見切りをつけアジアへ移動した金融マンも少なくなかった。その後の東日本大震災は外国人の東京離れに加速をつけ、結果、シンガポールには舌の肥えた外資系ビジネスパーソンが多く移り住み、需要に応えてシンガポールには欧米の大都市に劣らぬほどクオリティの高い店が増えた。

金融街からほど近かったため、ケオンサイクロードは、色を塗り替えるように、欧米のビジネスパーソン好みのバーやレストランがひしめくようになり、街の様相は変わった。
ケオンサイクロードの南端近くにぽつりと現れるCundhi Gong Templeは、正面にベルギー製のタイルをあしらった、福建と西洋の折衷で南洋スタイルと呼ばれる様式の寺で、小さいながら意匠を凝らした作りになっている。

1928年の建設以来、今日も、ここに祀られた観音菩薩に救済を求めに来る人たちは絶えることがない。時代の流れに姿を変えていったケオンサイクロードとそこを行き交う人々を見つめ続けた小さな寺は、今、何を思っているだろうか。

ケオンサイクロードは全長400mほど。にもかかわらず、取り上げるべき店はまだまだ他にも多数。美食に舌鼓を打ちに、まったりと酒を楽しみに、そして、今となっては物語のようでしかない、男の欲望と女の人生が交錯した時代の余韻を感じに、この通りを訪れてみてはどうだろう。

(レートは2018年6月現在のもの)


All photos by Tamami Persson

Zhong Guo La Mian Xiao Long Bao
#02-135, Chinatown Complex
335 Smith St, 050335

The Social Space
333 Kreta Ayer Rd, #01-14, 080333

Potato Head
36 Keong Saik Road, 089143

Esquina
16 Jiak Chuan Rd, 089267


パーソン珠美

シンガポール在住 通訳・ライター。さまざまな業界での通訳や取材、5ヵ国の在住経験と40ヵ国を超える海外渡航歴、国際結婚、子育て経験などから、軽快なフットワークをもってネタ収集に努める人生満喫中。
HP:https://unasaka8.jimdo.com/