デンマークの首都コペンハーゲンには、ヨーロッパ各国へ旅する際にトランジットで立ち寄ることがこれまで何度かあった。とはいっても空港で数時間をやり過ごすだけなのだが、ショッピングモールには世界のファッションブランドが並び、ファーストフードから本格的なビストロ、回転ずしなどのレストランが賑わっていて楽しい。もうすぐ夏になろうかという5月、数日をコペンハーゲンで過ごすことにした。
空港から市街地に移動してホテルにチェックインするや否や、とりあえず空腹を満たしたいと街に出た。昼時なので、なにか簡単に旨いものを食べて、それからゆっくり歩いてみようと、観光客が集まる運河ニューハウンの方向に足を進めた。
デンマーク式「スモーブロー」のオープンサンド
道すがら、スモーブローの専門店「Ida Devidse」を見つけて入ってみた。間口が狭くオープンサンドだし、カジュアルなお店かと思っていたら、以外にも奥行きがあってちょっと高級感のあるお店。入ればすぐにショーケースがあり、その向こうにいる店員さんがこっちへ来いとフレンドリーに声をかけてくれる。そこに並んでいるのは20種類ほどのオープンサンド。しかし、それらは自分が持っていたオープンサンドの概念を全く覆すもので、まずはパンが見えないのである。そして、具のバリエーションが凄い。一言でいえばゴージャス。
趣向を凝らしたオープンサンドの旨さと価格
ニシンの酢漬けにニシンのフライ、生ハムと海老にジャガイモ、スモークした鰻とスクランブルエッグ、キャビアとポーチドエッグと野菜、ローストビーフ、塩漬け豚肉、などなど……。どれも旨そうだ。そしてどれもいい値段である。80デンマーククローネからその倍の値段がするものまで、日本円なら1,400円から2,800円といったところ(1DKK=¥17.5で計算)。北欧は物価が高いというが、オープンサンドに2,800円とは!しかし、食べてみれば納得なのであった。
初夏ということで「Ida’s Spring Fever」を頼んでみる。スモークしたランプフィッシュ(白身のあっさりした味)に、植物由来のキャビア風「Caviart」と卵黄がのっている。その下にあるのがライ麦パンのスライスなのだが、ほぼ見えない。そして、旨い。スモークにはオスのランプフィッシュのほうが肉質が軟らかくて向いているそうだ。
あまりの旨さにもう一品追加。「Ordinary Tartar」は、生の牛肉を使ったいわゆるタルタルということなのだが、それまでに見たものと全く違う形状なのだった。切れていないのである。薄く延ばされた牛肉がライ麦パンのスライスの上に大きな掛布団のように乗って、さらにケッパーやホースラディッシュといった薬味が乗っている。いずれも確かに納得させられる旨さだった。そういえば、日本でも寿司が伝統ファーストフードながらも旨いものは安くはないというのと似ているのかもしれない。
「精肉工場地区」がヒップで最先端!
コペンハーゲンの中心から南西へ、コペンハーゲン中央駅を超えた先に「Kødbyen=Meatpacking District」(肉の街) 精肉工場地区がある。その広さは東京ドーム3個分を超える。古くからの精肉産業の中心であったのだが、2000年以降はかなり面白い場所に変化してきた。精肉工場としてのファンクションが残る建物もあるのだが、いくつかの最先端のクラブ、ギャラリー、パフォーマンスアートのスペースなどが次々と集まってきたのだ。そしてもちろんバーやレストランも。
夜7時ごろになって出かけたのは(日照時間が長いのでかなり明るい)、精肉工場地区の中心となる建物にオープンしたのがシーフードの店「Kødbyens Fiskebar」。正面には大きな牛のレリーフが残っているから、確かに精肉施設だったと分かる。
ここは、北欧の海で捕れた新鮮なシーフードを、伝統に縛られない調理法とプレゼンテーションで楽しませてくれるビストロ。中央に巨大な円形のカウンターがあって、一人でも気軽に入ることができるし、フレンドリーな店員たちが気を配ってくれるので飽きさせない。
まずパンの皿に乗ってきた緑色のフワフワしたものに驚く。パンと一緒に口に運んでみると海藻が練りこまれたホイップバターだった。これは醤油も合うに違いないと思いながらも、おいしくいただく。
ヨーロッパでは海藻はあまり食べられてこなかったようだが、最近は海藻入りの海塩などが人気なようで、自然食を扱う店で売られていた。近海の牡蠣が新鮮で、夏の始まりによく合う爽やかさ。そして、軽くグリルしたホタテ貝も海藻と一緒に。ウォールナッツのソースが香ばしくて、新鮮なテイストだ。クリーム状のソースが乗ったキングクラブは、蕪とキャベツと、なんとローストした麹をミックスしたサラダの上に美しく盛られている。どれも創作的で楽しめる。
母さんの味って何?と聞いてみた。
翌日、仲良くなったホテルの従業員(男性30代前半と見える)に「母親の思い出の味ってなにかある?」と聞いてみた。その答えは「サーモンかステーキかな」。さらに、どっちが特に好きか聞いてみると「グリルしたサーモンが一番だね」と。そこでその日は、とりあえず港の人魚の像を見て、下町の食堂といった趣のビストロでランチにサーモンを食べた。立派なサーモンは、キャベツを粗みじんにして茹でたものを敷いたものの上に乗っていて、一緒に食べると楽しい。どうも、春にはこのキャベツを使ったスタイルが定番のようだ。付け合わせは新じゃが。ぽってりした重めのマヨネーズがよく合う。
地元のマーケットで気楽に楽しむ地元の味
どの町でも、地元のマーケットを覗くのは楽しい。コペンハーゲンの中心にあるトーブハーレヌ
(Torvehallerne) という名のマーケットへ出かけた。食材や惣菜店、スイーツにコーヒーの店など約60点が軒を連ねるマーケットで、どの商品もクォリティが高い。日本ではお目にかかったことのない色とりどりのトマトに、春が旬のアーティチョークにホワイトアスパラガスと、野菜のバリエーションが日本よりも多い。シーフードの惣菜店では、本格的な料理が手軽に楽しめる。そして、北欧と言えばのシナモンロールも、テイストがいくつもあって楽しい。
日本に帰ってからしばらくして、コペンハーゲンのシーフードが恋しくなってサーモンをグリルしてバルサミコのソースで食べた。塩鮭もいいけど、サーモンもいいなとあらためて思ったのだった。
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All photos by Atsushi Ishiguro
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石黒アツシ
20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。