ミャンマーを初めて訪れた人は、民族衣装であるロンジーを着ている人の多さに驚くだろう。日本ではあまり知られていないが、ミャンマーは男女ともに日常的に民族衣装を着ることで知られているのだ。

伝統衣装とはいえ現代人が日々着用するもの。そこには当然、モードが生まれる。ロンジーの流行を振り返れば、その時々の社会情勢がみてとれて興味深い。

先にボトムを決め、上着はそれに合わせる

ロンジーとはどのような民族衣装なのか。ここでは女性用ロンジーについて説明する。

基本型は上下に分かれており、女性用はトップスを「インジー」、ボトムを「タメイン」と呼ぶ。タメインは1×2yd(約92×183cm)の布の短辺同士を縫い合わせて筒状にしたもので、着る人はこの中にすっぽり入り、余った布を折りたたむようにして左右どちらかの腰に挟む。このため、タメインにする布は上記のサイズに切って売るのが一般的だ。

インジーとタメインを同じ布で作ることもあるが、たいていの場合は柄のあるタメイン生地を先に決め、それに合う無地布をインジー用に選ぶ。生地店によってはあらかじめ、タメイン用とインジー用の布をセットにして販売しているところもある。

プリント生地もロンジーのサイズで販売。上の無地の生地はインジー用。

めまぐるしく変化する柄の流行

ロンジーにおいて、シルエットの移り変わりは何年もの単位で変遷する。この10年ほどはからだの線に沿ったスタイルが主流で裾は長め。くるぶしが出るほど短く着ているのは、たいてい一定年齢以上の女性だ。また近年は、ぱっと見は普通のタメインだが、実はスカートのようにサイドにホックやファスナーをつけて脱ぎ着するものが増えた。ずり落ちを気にせず着れて便利なのだ。

生地の流行はもっとスパンが短い。この数年だけを振り返っても、シックな彩りの細い縦縞やブルーやピンクを基調にしたファンシーな色合いのチェック柄、濃い目の地色に白い幾何学模様を裾にだけ入れた薄手の布など、様々な流行が現れては消えていった。

日本人に馴染み深いものでは、2010年前後にはやった「キモノ」と呼ばれる柄がある。

これはビルマからの帰還兵だった東京のふとん店店主が、布団用の布をロンジーにすることを思いつき、それがミャンマーでヒットしたものだ。数は少なくなったが、今も生地店で見かけることがある。

日本人には見慣れた柄の「キモノ」ロンジー。

サイズが適さない布もロンジーに

2015年から2016年頃に流行したタメインには、緞子に似た分厚めの織物の上下に黒い布を縫い合わせたスタイルがある。

タメイン用の布はその性質上、人間の腰からくるぶしくらいまでの幅が必要だ。しかし上下に別の布を足せば、もっと短い幅の布でもタメインに仕立てられる。この緞子風の布もこのままでは幅が足らなかったが、このデザインによって利用価値が生まれた。

もともとタメインに分厚く織った布を使う際は脇に挟みやすくするため、腰の部分に滑り止めの黒い布を足すことがあった。上下に黒い布を足すスタイルはこれの変形といえる。この流行は2014年頃から鎖国的な経済制裁が解け、本来ならタメインに適さない生地も海外からどんどん入ってくるようになったことと無関係ではないだろう。

このスタイルはさらに進化し、現在は下の写真のように黒以外の布を足す方向へシフトチェンジしている。

ファッションは政治に優先する

ロンジーの流行の中でも2010年代以降の最も大きな変化は、民族の壁が取り払われたことだろう。ミャンマーは135もの民族が共生する多民族国家で、各民族には特有の衣装文化がある。かつては主流民族であるビルマ族が他の少数民族の特徴を持つ布を使ったロンジーを着ることはあまりなかったが、いまやすっかり普通になった。

経済発展で台頭してきた中流層女性たちがファッションによりお金を使うようになり、民族衣装へ向けるまなざしも、アイデンティティの象徴からファッションアイテムのひとつへと変化したのかもしれない。

カチン族のロンジー。

そういった少数民族ロンジーの中でも特に人気が高いのはカチン族のロンジーだ。菱形をメインに幾何学模様を組み合わせたカラフルなデザインが、女性の目にはかわいく映るのだろう。ちなみにビルマ族はカチン族と今に至るまで続く深刻な民族紛争を抱えているが、女性たちはファッションには政治を持ち込まないようだ。

しかし、カチン族本来の民族衣装は下の写真のようなもので、現在「カチン族のロンジー」として市場に出回っているものとはかなり趣きが異なる。

カチン族と並んで女性に人気が高いチン族のロンジーも、伝統的なものはとてもシックな柄だが、近年になって生地店に並ぶようになったものはかなりカラフルだ。

こうした変化について、「商業主義が伝統文化を汚染してしまった」と嘆く人もいるかもしれない。しかし、化学染料で着色した鮮やかな彩りの糸を安価に手に入れられるようになったことで、本来彼女たちの文化が持っていた「カラフル志向」が花開いたと考えた方が、個人的にはしっくりくる。

最新流行はタイドラマの影響

現在、最大都市ヤンゴンの最新モードは、女性たちが「タイ風」と認識しているスタイルだ。タメインは巻きスカートアレンジのタイトスカート風で、裾がかなり短い。ミャンマー女性が好むタイのドラマに登場する女優たちが着ている服を模しており、生地もタイの伝統柄を使うのがトレンドだ。

こちらが現在のトレンド「タイ風」。

しかし、もっと顕著なのはロンジー離れともいえる変化だ。ミャンマー人にとってロンジーは正装という意識が強いため、通勤や宗教行事、冠婚葬祭の場では今もロンジーが主流だが、家庭では洋服を着る人が増えている。

衣料品を専門に扱う店舗が集まるショッピングセンター「ユザナプラザ」でもこの数年でロンジー専門店が減り、代わりにタイや中国の安価な洋服を扱う店が増えてきている。民主化の進展で海外製品が流通しやすくなり、洋服が安く市場に出回るようになったためと考えられる。

社会の変化を映してきたロンジーだが、ロンジー自体がその変化の波に飲み込まれる日が遠からず来るのかもしれない。

ヤンゴンでロンジーを買うなら

ヤンゴンでロンジーがもっとも種類豊富に揃うのは、ボージョーアウンサン市場と上で紹介したユザナプラザだ。価格は袖なしの上下1着分(3yd=約27cm)で安いものなら6000チャット(約500円)からで、織りが凝ったものだと1万チャットくらいからある。仕立て代はデザインによりまちまちだが、こちらも1万チャットほどから。通常、仕立てには2~4習慣を要するが、観光客が多いエリアなら特別料金を払えば2、3日での特急仕上げをしてくれる店もある。短期の旅行なら、レディメードのタメインを購入するのもよいだろう。

せっかくのミャンマー旅行なら、初日にレディメイドおロンジーを買い、パゴダ観光に来ていくのがおすすめだ。とっておきの旅の思いで写真が撮れるだろう。


ボージョーアウンサン市場/Bogyoke Aung San Zay
住所:Bogyoke Aunga San Rd., Pabedan Tsp., Yangon
電話:なし
営業時間:9:00~17:00(店舗による) 月曜・祝日・一部の満月&新月の日休

ユザナプラザ/YUZANA PLAZA
住所:Ba Nyar Da La Rd., Mingalar Taung Nyunt Tsp., Yangon
電話:01-220810
営業時間:9:00~17:00 日曜・祝日休

プロフィール
板坂真季 ITASAKA Maki

日本でのライター業を経て中国・上海やベトナム・ハノイなどで計7年間、現地の日本語情報誌の編集を務めるかたわら、日本の雑誌、書籍、webマガジンなどへ多数寄稿。各種ガイドブックの編集・執筆・撮影、取材コーディネート業にも従事。2014年よりヤンゴン在住。著書に『現地在住ライターが案内するミャンマー』(徳間書店)など。