東京ほど、「隠れ家」が似合う街はない。
洗練と喧噪が同居するこの街では、まるで宝探しのように想像もしていなかった場所に隠れた名店が存在する。ただし、幸か不幸か、情報が早いのも都会の特徴。お気に入りの一軒をやっと見つけたと思っても、2か月後には座ることすらできない人気店になっていてがっかりすることも。
そこで、導き出されたのは「完全紹介制」というチョイス。美しい女将が営むワインバー「瑠璃(るり)」は、さまよえる東京民にまるで懐かしい我が家に帰ってきたような心地よさを与えてくれる。
- Photos by Daijiro Kaneda
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大都会の隠れ家に漂うノスタルジー
子どものころ夢中になった「隠れ家」がくれたのは、自分だけの場所という特別感。そして、秘密を持つことへの少しの背徳感と、高揚感だ。大人になった今、そんな空間が都会で手に入るとしたら?
都内でも有数の繁華街の駅から、歩いてほんの少し。古ぼけた雑居ビルの上階に、その隠れ家は存在する。店名も書いていない、まるで事務所のように無機質な扉を開けると、流れてくるのはジュークボックスが奏でる暖かい音色。リアルタイムで聴いたことなどないスタンダードナンバーが妙に懐かしく感じられるのは、自分が大人になった証拠だろうか。

Photos by Daijiro Kaneda
6月にオープンしたばかりのワインバー「瑠璃」は、和洋折衷の光で彩られていた。ワインにちなみ葡萄をモチーフにしたステンドグラスに、古民家の欄間を利用した大きなランプシェード。西洋のアンティーク家具と日本の古道具が組みあわされた空間は、大正時代、夜の街に咲いたサロン文化から影響を受けたそう。ジャガード織りのゆったりとした椅子やソファが11脚並ぶラウンジには、部屋の端から端まで届く大きな窓があり、都会のビル群を臨むことができる。
夕暮れどきには灰色のビルたちが桃色に染まりだし、一日の終わりを優しく迎えてくれるよう。テラスが気持ちいい個室スペースはシェフのいるキッチンもあり、気の置けない仲間数人と集まるのにぴったり。メニューも相談できるというから、夏はスパークリングワインを片手に涼みに、冬は囲炉裏でお鍋を囲むのもいいな、とどんどん想像を掻き立てられてしまう。海外のゲストにも喜ばれそうなこの空間を、思わず「マイ・ハイドアウト(隠れ家)」なんて自慢気に紹介したくなるのは、きっと私だけじゃないはずだ。

Photos by Daijiro Kaneda
美しい一皿と旅する、イタリア縦断の夜
落ち着いた店内で一際目を引いたものといえば、なんといってもエントランスで客人を出迎えるウォークイン・ワインセラーだろう。イタリアワインを中心にしたボトルたちは北部から南部まで地域別に並べられ、ほのかに照らされたその姿に思わず息をのんでしまった。豊かな文化と歴史を持つ、美しいイタリアの街並みが浮かび上がってくるよう。このセラーのボトルは、テイクアウェイとして購入できるのも嬉しいところ。お店で飲んだお気に入りの一本をその場で購入して、自宅で楽しむこともできるというわけだ。
ほっと自分の席に身を沈めたあと、ワインの次に目を楽しませてくれたのは色とりどりの小皿料理たち。女将がセレクトするワインにあわせて、シェフが手掛ける旬の素材をつかった和食やイタリアンの料理が届けられる。おばんざいの前菜から、スープにパスタまで。食材があれば調理法も自由にオーダーできるという、小さい店舗ならではの贅沢さ。空間が和洋折衷なら、当然お料理も和洋折衷。さまざまな文化が入り混じっても決して乱雑にならない上品さは、今の東京の街にぴったりだ。
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和装の女将には、ワイングラスがよく似合う
そしてグラスにワインを注ぎ足してくれる細い指先の持ち主こそ、このバーの名前にもなっている女将の瑠里さん。女性の私でも思わず照れてしまうようなはんなりとした佇まいとは対照的に、ワインの話になると途端にその大きな瞳を輝かせ、饒舌になるのが可愛らしい。恵比寿のイタリアンレストランで10年間もマネージャーを務めただけあり、イタリアンの知識も豊富な頼れる女将だ。
好きなイタリアの州は?と聞いてみると、「リグーリア」とちょっと珍しい答えが。リグーリアは伊北部にある、イタリアンリヴィエラと呼ばれる山も海もとても美しい州だけれど、あまり選ぶ人に出会うことがないのも事実。ただ、女将の決め手は微笑ましいくらいシンプルだった。「とにかくジェノベーゼ(ジェノヴァ発祥のバジルペーストのソース)が大好きなんです」と、照れて笑う姿にすっかり心を許してしまいそうになる。仕事で疲れたときに会いに行きたくなるのはこんな笑顔だろうな、と思わず納得してしまう温かさが、「瑠璃」のお店の雰囲気とも共鳴しているようだった。

Photos by Daijiro Kaneda
「瑠璃」での滞在予定時間は、長居することを想定して少し多めにとることをおすすめする。だって、ここは東京。女将に見送られながら扉を開き一歩踏み出せば、繁華街の喧噪はすぐそこだ。道を流れるタクシーの光も、人々の笑い声も途切れることはない。だからその喧噪に戻る前に、もう少しだけ自分だけの心地いい時間に身を浸してみよう。この空間で過ごすひとときは、私たちに大都会を楽しむ余裕を与えてくれるはずだから。
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瑠璃(るり)
所在地:非公開
電話番号:非公開
営業時間:月~金 16:00~25:00
定休日:土日祝
席数:11席+個室
チャージ料:5,000円(ワイン2杯+おつまみ3皿付き)
来店には、紹介が必要です。
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Makiko Oji
イギリスの大学を卒業後帰国し、女性モード誌のエディターとして慌ただしい日々を送る。5年ののち独立してからは、ファッションのみならず以前から興味のあったカルチャー全般で撮影や記事執筆を担当。登山と読書、そして美味しいものが大好きで、本を読むのに気持ちいい空間を常に探索中。










