成田を出発しアブダビまで11時間30分。飛行機を乗り換えて、モロッコの首都、カサブランカのモハマド5世空港までさらに8時間45分。モロッコへは日本からの直行便がないのだから仕方がない。そのまま列車に乗り込んでマラケシュに向かった。出発も到着も遅れた列車を降りたのは午後遅く。自宅を出てから24時間以上だ。日本のような鉄道システムとは違うのだから、時間通りにいかないのも当たり前のようだった。

マラケシュで泊まるならリヤドがいい

マラケシュの駅には、予約しておいたリヤド(民宿のようなモロッコ特有の宿泊施設)の管理人、ユーネスさんが迎えに来てくれていた。マラケシュのメディナ(旧市街)は路地が迷路のように入り組んでいて、車も入ることができない。宿泊客を迎えに出るのはそれが理由だった。広場から商店が続く道に入り、右に折れてしばらく歩くとかばん屋が2軒あるのでその間の路地に入り、右へそして左へ。一番奥の緑のドアが入り口だった。

吹き抜けのパティオが気持ちいい。

シンプルながら美しくデコレーションされたパティオを囲んで、1階にはラウンジ、キッチン、客室、2階にも客室。数年前に古い建物を改築して作られたとはいえ、モロッコのデザインを踏襲したインテリアが美しい。マラケシュではリヤドにぜひ泊まったらいい。モロッコの人たちはもてなし上手だから快適だ。

色彩溢れるメディナ、夜はなまめかしく

暗くなる前にスーク=市場に向かった。とにかく路地の入り組み方が複雑で、似たような建物が続き、同じように見える商店が並んでいるので、なかなか方向感覚がついていかない。それにしても色彩が鮮やかだ。名産のなめし皮で作るサンダルの色も、モロッコ菓子の山も、料理のためのスパイスも。翌日王宮に出かけてみれば、美しい色とりどりのステンドグラスが夢のような光の空間を作っていた。なるほど、この色彩感覚はこの土地にずっと生き続けてきたものなのだと実感させられる。

夜のメディナはなまめかしさを増していくようで、昼間とはすっかり違う表情だ。暗くなってからも店は開いているが、人々は少しリラックスしたように見える。暇を持て余しているような店番がたまに声をかけてきたりするが、ちょっとのんびりした時間だし、しつこくもないので面倒には感じない。むしろ人懐こく感じられたのは、異郷の地で興奮していながらも、深まっていく夜の心細さを感じたせいかもしれなかった。

メディナで出会った人たちにマラケシュの名物料理は何かと聞けば、皆「タンジーヤ」という。豚肉を壺に入れて長時間煮込むものだという。どうにもそれだけではイメージがつかめない。しつこく聞いてみると、「壺に羊肉のあっちこっちの部位とハーブを入れて壺に入れて紙でふたをするだろ。それををハマム(公衆浴場)に持っていくと、火をくべているそばの灰の中に埋めておいてくれるんだ。あとで取りに行けばできてるよ」と、地元の渋いカフェでコーヒーを飲んでいる年配の男が教えてくれた。「ハマムの裏にいくつか店があるから行ってみたらいいよ」。

ハマムの裏のタンジーヤ店へ

マラケシュのメディナの入り口にあるフナ広場は、夜になれば屋台が出て大道芸人たちが集まってくるマラケシュ観光の目玉の一つ。かなり広い。その奥の端のほうにピンク色のハマムの建物がある。

裏側に回り込んでみると、あった。数件の店が並んでいて、店先にはタンジーヤの壺がたくさん重ねられている。ここだ。どの店を選んだらいいかわからず、一番賑やかな真ん中の店に入ってみた。

早速タンジーヤをハーフでオーダー。小さめの壺らしい。出来立てというか、奥でずっと作り続けていただろうタンジーヤをテーブルに運んで、皿の上に中身の具をあけてくれた。ゴロゴロと出てくる羊肉。骨付きのものもあれば、柔らかい脂身のようなものまでいろいろだ。玉ねぎ、ニンニク、コリアンダー、レモン、ターメリック、サフランなどを使っていると、店員が教えてくれた。後で地元の人に聞いたのだが、脳みそも入っていたらしい。そういえば店頭には羊の頭が飾られていたのだった。

モロッコの定番料理

実はタンジーヤとは本来はこの壺のこと。タジン同様に、そもそも調理道具だった名前が、料理名のように使われるようになった。マラケシュの新市街に足を伸ばして、魚料理の店が並ぶ通りで魚のタジンを注文してみた。海からは100㎞以上あるのに、ショーケースには氷の上に新鮮な魚介が並んでいる。なるほど、これはこれで旨い。モロッコは魚もよく食べる国なのだから当たり前と言えば当たり前だが、華やかなスパイスの香りが蒸した魚や野菜のうまみとよく合うのだ。魚好きにとっても、モロッコは魅力的だと思う。

チキンのクスクスをメディナの奥のほうの店で食べてみた。クスクスは米粒よりも小さなパスタ。野菜とチキンをタジンで調理したものがその上に乗っている。どうも基本的には同じ調味料を使っているようで、魚のタジンと同じような味付け。スープを吸ったクスクスの独特な食感がおいしく楽しい。こちらも野菜がたっぷりで、この一皿できっちりバランスが取れる。

ケバブも旨い。フェズという町で入った店で、モロッコサラダとラムのケバブを頼んだらこんな美しい光景に。新鮮な生野菜はどの国でも食べることができるわけではない。中華圏では火を通すし、もっと途上国に行けば衛生的な問題もある。古くから伝統として生野菜を食べてきたモロッコなら大丈夫。そしてミントの葉が羊によくあう。

スパイスと素材を生かした料理法が独特なモロッコ料理。たどり着くのに長時間かかったとしても、それだけの時間をかけて食べに行く価値があった。


All photos by Atsushi Ishiguro


石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。

HP:http://ganimaly.com/