成田から釜山へは飛行機で2時間、福岡からなら飛行機でわずか50分、高速船でも3時間5分。釜山は気軽に行ける海外。

この、朝鮮半島南端の港町のことが特に気になりだしたのは2014年の韓国映画「国際市場で逢いましょう」が釜山を舞台にしていたからだった。その映画は、朝鮮戦争からベトナム戦争という厳しい時代を家族のために生きた男の物語。釜山の中心地に当時からある国際市場で、時代の流れに翻弄されながらもいさぎよく生活する人たちが魅力的に描かれていた。そんな釜山で2泊3日、土地の旨いものを食べつくすのがこの旅の目的だ。海の幸から、日本では食べることができなくなったレバ刺しまで、そう広くはない釜山の下町を歩き回って食べた。

いきなりディープな焼肉屋へ

釜山空港からバスでその中心街に。ホテルにチェックインしてすぐに、地元の人たちには有名だが、旅行客にはあまり知られていないという焼肉の店に出かけた。日本語も英語も通じず、メニューはもちろん韓国語。急に韓国語が話せない日本人が入ってきたのでは迷惑だっただろうに、店を切り盛りする女主人と思われるお母さんが、たぶん他の客を迎えるのと同じような当たり前な様子で迎えてくれた。それにしても焼肉の店なのだから総メニューが多いわけでもなく、その店の定番をすんなりと用意してくれた。壁に書かれた韓国語のメニューを指さし、価格は大丈夫かと確認もしてくれた。

最初にキュウリ、スモモ、干し魚の煮物がお通しで出ると、ごまの葉、レタス、キムチ、玉ねぎ、にんにく、辛みそにゴマ油などが運ばれてきた。まもなく豚肉が登場。お母さんが焼いてくれる。そして、野菜と一緒に食べろと皿に取ってくれる。でも、それは最初だけで、あとは自分たちのペースでどうぞとばかりに、少し離れたテーブルで常連客とビールを飲んでいる。たまに、ちょっと気にかけてくれているようにこちらを見てくれる。妙に愛想を振りまいたりしないが、しっかりと優しい対応が嬉しい。まずは1軒目。旨い焼肉を堪能できた。

ヌタウナギをこれぞ韓国という味付けで

店を出て歩けば、潮風が気持ちいい。6月ということで雨の季節だったが、幸い天気は持ちそうだ。港にあるチャガルチ市場の屋台に出かけてウナギを食べることにする。それはウナギと言ってもヌタウナギ。日本で食べる鰻とは全く異なる類のものだが、ぬるぬるとしてうろこがない見かけは確かにウナギに見える。

港湾地区の再開発の一環で、魚介の小売店が集まり、購入した食材を即座に調理をしてくれる屋内市場といった新しい複合ビルもあるのだが、ここはあえて昔ながらの屋台に入る。ウナギを食べたいというと、水槽からウナギを取り出しさっと捌き、それをコチジャンと唐辛子をベースとしたたれで焼いてくれる。コリコリとした食感と、いかにも韓国料理といった味付けで焼酎が進む。隣の席にいた地元の家族と話が弾んで焼酎を酌み交わす。話が弾んでと言っても、お父さんが少し日本語がわかるのでどうにかなったというわけで、お互いに想像力をたくましくして、身振り手振りを入れてコミュニケーション。昔の港の様子や、最近の変わりようについて、おもしろおかしく話してくれた。

豚クッパとポルトガルシチューの共通点

2日目の昼食には豚クッパと決めていた。生鮮食品から、衣料品、生活必需品までそろう国際市場なら、どこかに旨い店があるだろうと適当に歩いていると、店頭で豚の顔や足を盛大に茹でている店を見つけた。内臓や肉が取りにくい部位などを使った豚クッパだけを出す店だ。中に入れば、市場で働く人たち、学生、買い物に来た主婦など様々な人たちが、湯気が立ち上がる丼からおいしそうに食べている。

そういえば、ポルトガル料理にも「豚シチュー」という豚の耳、皮、内臓、血のソーセージなどを煮込んだシチューがあった。貧しい人たちが、売りに出せずに捨ててしまうような部位を工夫して食べるようにした庶民の食べ物だった。この豚クッパも、まさにそのような一品。元気が出る。

韓国では日本の2倍近く豚肉を食べている

早い時間から、大型焼き肉店に入る。こちらもメインは豚肉。日本語の表示もあってわかりやすい。大きな座敷があって、地元の人たちが宴会の真っ最中だった。家族連れやカップルも多い。それにしても、みんなワイワイと大騒ぎ。よく食べてよく焼酎を飲んでいる。
ところで、韓国では年間一人当たり28.3㎏の豚肉、16.9㎏の鶏肉、10.3㎏の牛肉を消費するという。日本は15.4㎏の豚肉、14.1㎏の鶏肉、6.6㎞の牛肉ということなので、全ての肉類の合計消費量も少ないが、韓国でどれだけ豚肉がたくさん食べられているのかよくわかる。

日本ではNGのレバ刺しから夜の屋台へ

夜になれば、いよいよレバ刺しの店へ。日本で食べることができなくなってしばらくたつが、韓国では当たり前に食べられている。富平カントン市場のそばの店にあたりをつけていた。30歳くらいのマスターは流暢な日本語を話す。早速、レバ刺しを頼めば、これが新鮮で旨い。塩とゴマ油がよく合ってビールがすすむ。

さらに生の牛肉のユッケも。卵黄とよく混ぜたユッケは、えごまの葉に、梨、ショウガ、海苔とチーズと一緒に巻いて食べるのが流行っているのだという。

そういえば釜山は映画の街でもある。釜山国際映画祭が毎年開催されているので、耳にしたことがあるかもしれない。その映画祭の象徴でもあるBIFF(Busan International Film Festival)広場は繁華街のど真ん中にあって、その近辺は夜になればたくさんの屋台が出て盛り上がる。飲食の屋台もあれば、カフェ、占いなどもあって、こちらも様々な世代が集まってくる。冷かしながら見て回ってから、1軒の屋台に座った。ここでも、キュウリにスモモが出てくる。イカの一夜干しを焼いたものでビールを飲む。この日は金曜日で、周りは週末を迎えた人たちがワイワイと盛り上がっていて活気が凄い。静かに飲んでる日本人を気にかけてくれたのか、おかみさんが「サービス」といって餃子を出してくれた。

朝一でタコの踊り食い

最終日の朝には、また港のチャガルチ市場へ。どうしても食べたいものがもう一つあった。それは、タコの刺身。生け簀にいる新鮮なタコを選べば、それを生きたままぶつ切りにくれる。塩とゴマ油で食べるのだが、口の中でタコがまだ動いていて吸盤は舌に吸い付いてくる。確かにちょっと残酷なように思うが、何しろ新鮮なタコの甘さがいいのだ。まだ午前中だというのに周りにはこれまた宴会を開いている一団がいて盛り上がっている。釜山には、いつでも好きな時に宴会ができる環境がしっかり整っているということらしい。

それにしても、2泊3日でよく食べてよく飲んだ。ここに書いたものの他にも、屋台で揚げたカマボコをつまんだり、東京なら新大久保でも人気のフライドチキンを食べたり、おやつ替わりには冷麺も。釜山は、日本から気軽に行ける食の街。次の小旅行の候補としてお勧めしたい。

All photos by Atsushi Ishiguro


石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。

HP:http://ganimaly.com/