地中海に浮かぶ、騎士団とイギリスゆずり
地中海のマルタ諸島には、大小3つの島がある。格別の美しさから、幾度も映画の舞台になっている。シチリア島にとても近いため、この共和国がイタリアに属すと思っている人もいるそうだが、遺跡や自然を愛し、ほとんどがカトリックを信仰し、「非常に安全です」と誇るマルタ人の土地だ。他国の支配を受け続け、最後は、1964年まで160年以上イギリスが統治していた。イギリスの郵便ポストや電話ボックスが使われ、車はイギリス同様に左側走行(ヨーロッパでは右側走行が普通)など、統治時代の面影が残る。観光客らしきイギリス人も多く、あちこちからネイティブが話す英語が聞こえてくる。マルタ人たちは互いにマルタ語で通じ合い、マルタ語を話さない人には英語で対応するバイリンガルだ。
6人に1人が観光業に就いていて、旅人たちを迎える仕事に就いている率はヨーロッパの中でも極めて高い。とはいえ日本からここまで散策に来る人は、まだ多くない。約20年前のイギリス留学時にマルタ人と知り合った私は、史跡めぐりと、海の幸との出合いを求めて、水に囲まれたこの小国に初めて降り立った。
首都ヴァレッタは要塞の町
旅の拠点は、町全体が世界遺産の古都ヴァレッタにした。戦いのために砲台や砦などが築かれ、戦陣が移動しやすいように碁盤の目の構造にしたこの要塞都市は、2018年、EUの欧州文化首都に選ばれた。店が立ち並ぶ通りは、開店準備で小トラックが行き交い、朝から活気づく。観光客が集中するきらびやかな聖ヨハネ大聖堂や、ヴァレッタ同様に石造りの家並みが美しい3つの半島スリーシティーズ(マルタに来た騎士団が最初に築いた本拠地)を臨む公園アッパーバラッカガーデンは、やはり見逃せない。裏通りでは窓辺に洗濯物がたくさん干され、窓から顔を出して外の様子をうかがう高齢者もいたりして住人の様子が垣間見られる。夜は人通りがぐっと減って静かだ。ヴァレッタに近いスリーマやセント・ジュリアンは夜もにぎやかで、そちらに宿をとる人も多いけれど、地元の人に聞いてみたら「歴史を感じるなら、やはりヴァレッタのほうがおすすめ」とのことで、自分の選択はよかったと嬉しくなった。
ヴァレッタでも、食べたい料理には事欠かない。マルタらしい料理に加えてイタリア系、アラブ系、アジア系と揃っている。マルタで肉といえば、ウサギを指す。さっぱりして歯ごたえがあるとはいえ、日本では食べないから抵抗がある人もいるだろう。私も試しに食しただけで、あとは魚を探した。マルタの市場に出る魚介類は近海で釣れたもので、どれも新鮮でおいしい。種類と味のよさに、魚天国と表現する人もいる。ヴァレッタで印象的だったのは、生イカのオーブン焼きだ。イカ足を刻んでゆでたポテトと混ぜ合わせて詰め、オーブンで焼くというシンプルな料理。散らした香草やソースまですっかり食べた。イカもポテトもとろけて、胃に届く前に消えてしまったかのようだった。
マルタの典型的な魚スープとビール
あらゆる調理法がある中、定番フィッシュスープ、アルジョッタ(Aljotta)も食べた。魚をだしにして、魚の身、タマネギ、ニンニク、トマト、ミント、マジョラムなどが入っている。私のスープにはご飯が少し入っていたが、ポテトを入れるレシピもある。トマトの風味が若干強かったが、ほかの料理からもマルタの人がたっぷりのトマトが好きな様子がわかったので、私のスープもマルタ人好みの味付けだったのだろう。旅を終えて家で調べてみたら、オンラインに英語でレシピが多数出ていた。自分でも、ぜひ作ってみよう。
アルジョッタを注文するとき日差しが急に強くなり、アルコールをあまり飲まない私もマルタの冷えたビールについ手が伸びた。チスク(CISK)はマルタを代表するビールだ。
アルジョッタを食べたのは、北にあるゴゾ島だ。ヴァレッタからバスに揺られること約1時間半でフェリー乗り場に到着、そして25分で海を渡りゴゾ島へ。そこから再びバスに乗ると中心部のヴィクトリアが見えてくる。マルタには鉄道がない。車を借りれば自由度は高いが、バスルートが島々を網羅していて丸7日間乗り放題チケットが約2,400円と知って、今回は迷わずバスの旅に決めた。
海を渡る手前で海水浴場近辺を通った。私が訪れたのは4月下旬というのに、ここにもツーリストの姿が割合たくさんで、早くも夏の気分味かとほほえましくなった。
海の男たちが働く町
魚を食べたいなら、南部の漁業の町マルサシュロックを外すことはできない。ヴァレッタから、またバスに乗って40分ほどで、カラフルな小型船の数々が目の前に広がる。船上で作業をしたり、魚を捕る網の掃除をしたり、船に塗料を塗っている海の男たちが見えた。
訪れた日は魚市の日ではなかったが、魚料理をメインに出すレストランが海辺に軒を連ねる。下調べをしなかったので、手元のドイツ語のガイドブックを開いて参考にした。いくつかのおすすめのうち、入り口が小さくて1番目立たない店構えの食堂になんとなく惹かれて、いざ中へ。2階の、窓越しに海と船が見える席をあてがってくれた。迷いに迷って、前菜はシーフードスパゲッティ、主菜はスズキの仲間の焼き魚にした。焼き加減、身の新鮮さ、ムール貝とマッシュルーム入りソース、付け合わせの野菜とポテトのすべてに満点をつけられるほどだった。店を出るときは、満席になっていた。
マルサシュロックからヴァレッタまで、またバスで帰路についた。マルタのバス運転手たちはのんびりしている。時刻表の時間より5~10分遅れるのは普通のことだと、現地入りしてすぐに学んだ。案の定、停留所に着くと、次発のバスが遅れて到着した。バスは景色を楽しめるとともに車内の観光客と地元の人をつぶさに観察できて面白い。そのバスに5人組の10代男子が乗ってきた。しばらくすると、5人の女子たちも乗車した。その日は土曜日、みんな、ヴァレッタに出かけるに違いない。マルタで映画の撮影に使われるのは特定の場所だ。でも、私にとっては、そんな乗客の光景でさえ映画のワンシーンを見ているようだった。
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Photos by Satomi Iwasawa excl.the Houses by Arsenie Krasnevsky / Shutterstock.com
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岩澤里美
ライター、エッセイスト
スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。