フロリダ沖たった160㎞の遠い国キューバ
カナダのトロントを経由して、キューバの首都ハバナに到着したのは夜更け前。予約しておいたホテルにチェックインして部屋に入った。その昔はハバナでも有名だった老舗のホテルの部屋の窓にはガラスもカーテンもなく、両開きの木製の扉がついているだけ。フロアによってはもう使われていないのか、廃墟のようになっていてすっかり荒れているようだった。旧市街の古いホテルはこんなもんなんだろうと勝手に納得して、長かったフライトのせいでそのまますぐに眠ってしまった。
明け方に目が覚めて、その木の扉を開けてみれば、人々がまだ眠る街並みの向こうにカリブ海が息づいていて、南国の空が朝の色に染まり始めている。あぁ、ハバナに着いたんだなと実感した。

2つの通貨がある社会主義国
「キューバの雪解け」と言われた、アメリカとの国交回復から3年。フロリダからほんの160㎞南の海に浮かぶキューバは、急激に世界の注目を浴びてきた。その後、アメリカの政権が代わって政策にも変化があったが、その人気は衰えないばかりかさらに盛り上がっているように感じられる。
発展途上の社会主義国ということもあってか、この国の通貨の仕組みはちょっと面倒くさい。キューバの通貨はペソだが、主にキューバ国民が生活に使用するキューバ・ペソ(CUP)と、外貨と連動する兌換ペソ(CUC)の2種類があるのだ。旅行客はキューバに入国したのちに兌換ペソCUCに両替することになる。国外の銀行と提携するATMもなければ、クレジットカードを使える場所も非常に少ない。そのせいで、旅行期間中に必要なキャッシュを全額持ち込まなければならない。街の両替屋や銀行で両替するが、どこも時間がかかる。国営銀行は冷房が効いているので混んでいても比較的楽だ。
(*但し、クレジットカードによるCUCのキャッシングに対応したATMは利用可能。変化の激しい国なので、渡航される際には最新の情報を参照して下さい。)
兌換ペソ1CUCはキューバペソ24CUP。面白いことに商店などによっては、通貨は違っても金額を同じにしていることもあって、例えば1CUPのミネラルウォーターはCUCでも1CUC。つまりCUCを使えば24倍を支払っていることになる。旅行客でも、CUCからCUPに両替は可能だが、大量の紙幣になるので注意が必要だ。

コロニアルとミッドセンチュリー建築
ハバナの中心は旧市街と新市街に分かれてる。旧市街にはスペインの植民地時代からのコロニアル様式の建物が多く、手を入れられていない古い建物も多く、どこかうらぶれた感じがする。20世紀半ばのキューバ革命まではアメリカからの資本も多く投入されていて、その頃に輸入されたいわゆるアメ車が今も普通に通りを走っている。世界各国からの観光客の雑踏と、まるで時が止まったような街並みや車とのコントラストが面白い。

一方、比較的新しいビルも立ち並ぶ新市街にある高層ホテルHavana Libreは、ひときわ目に着くランドマーク。1958年に、アメリカのヒルトングループがHavana Hiltonという名前でオープンした。ミッドセンチュリーの近未来的なデザインが今でも刺激的なこのホテルは、オープンの翌年に革命軍のヘッドクォーターとして接収された後、1960年には新しい社会主義国家のもとに国営化されてHavana Libreという名前になった。ハバナにはこれ以外にも、20世紀中頃までに建てられ、当時の先端建築がほとんど手つかずのまま残っているビルが多く、どれも魅力的だ。

新市街の真ん中に50年以上前に建てられた夢のようなアイスクリーム・パーラー
この宇宙船のようなデザインのアイスクリーム・パーラーは、新市街の中心にある公園の、木々の緑の中にそっと隠れるように建っていた。革命から数年後にフィデル・カストロ首相がオープンさせたアイスクリーム・パーラーだ。アメリカとは経済的な断絶関係にあったその頃、カストロ首相はアメリカに負けないおいしさのアイスクリームを自国生産することにして、このパーラーを建設した。

メインの建物は、地元の通貨で支払うことができるエリアで、アイスクリーム1スクープが1CUP。自分はCUPを所持していたのでこちらの建物に入った。旅行客用には別の比較的狭いエリアが用意されていて、そちらではCUCで割高の金額を支払うことになる。
円形の建物の壁に向かってカウンターが並ぶ。カウンターの向こうにいる女性がアイスクリームをせっせとすくっては皿に乗せていく。この日はバニラとグアバの2種類が用意されていた。最盛期には26種のフレーバーが準備されていたそうだ。フロアを囲む壁の上部はあいているので、吹き抜ける風が気持ちいい。
ショコラと呼ばれるふわふわのスポンジ菓子を一緒に頼んでアイスクリームと混ぜ、キビ糖をかけて食べるとおいしいのだと、隣の席に座った青年が教えてくれた。確かに、よく合っておいしい。それにしても、みんな3つも4つもアイスクリームとたくさん食べている。隣の青年は5つ。みんなさっときて座っては、おいしく食べて、満足そうな顔になって帰っていく。一方2階はテーブル席で、そちらはグループの客が多いらしく、おしゃべりで賑やかだ。

今しか見れないだろうキューバを見ておきたい
例えば、インターネットと言えば、高速通信網にモバイルから接続して使用するのがどこでも当たり前だが、この国では全く異なっていた。限られたホテルのロビーや公園に公共のWiFiポイントがあって、接続容量をプリペイドカードで購入して使用するのだ。もちろん旅行客も例外ではない。WiFiのある公園の一つに行ってみると、夜中でも人が集まって、それぞれがスマートフォンの青い光に照らされている。インフラの工事があちこちで行われていて近代化が進んでいる様子もあるが、あまりスピード感は感じられない。
キューバはまだまだ昔からの姿を残している国。植民地時代の街並み、20世紀の建造物に、古いアメリカ製の車まで。しかし、世界から注目されているこの国が、これから速度を上げて変化していくことは確実だ。旧来のキューバらしさが残っているうちにぜひ訪れてみてほしい。
All photos by Atsushi Ishiguro
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参考
Hotel Havana Libre
OFFICIAL VOICE OF THE COMMUNIST PARTY OF CUBA CENTRAL COMMITTEE
DTACキューバ観光情報局
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石黒アツシ
20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。



