瀬戸内発のスパークリング酒

広島県呉市、瀬戸内海に浮かぶ人口21人の小さな島、三角島。対岸の久比は、知る人ぞ知るレモンの名産地。そのレモンを、日本酒と組み合わせて作ったユニークな酒が話題だ。スパークリングレモン酒「ミカドレモン」がそれ。三角島に拠点を置く「ナオライ」が、創業1856年の老舗日本酒メーカー「三宅本店」とのコレボレーションで生み出した、まるでシャンパンのような日本酒は、和食のみならずフレンチやイタリアンの食中酒としても楽しめる新しい日本酒として注目されている。

これを開発したのは、「ナオライ」の代表、三宅紘一郎さん。三宅さんは親族に酒蔵関係者が多く、日本酒には特別な思い入れがあったのだという。だから、日本酒を造る蔵の数が徐々に減り、酒造りに携わる人が少なくなるという状況に危機感を覚え、酒の文化を盛り上げて日本のSAKEを世界に発信しようと「ミカドレモン」のプロジェクトを立ち上げた。

Photo by Haruna Kawanishi

広島は全国有数の酒どころであり、また、レモンの出荷量も国内トップクラス。広島が誇るこの2つの食材を組み合わせた商品開発をしようと、試行錯誤を繰り返して生まれたのが「ミカドレモン」だ。糖分を一切添加せず、酒の本来の甘みを生かしてレモンの酸味と調和させることで、レモンが香るさわやかなスパークリング酒が誕生した。「これはひとえに、三宅本店の熟練杜氏たちの確かな技術と丁寧な仕事のおかげ」と、三宅さんは言う。日本酒でありながらどんな料理にも、あるいはデザートにも合わせられる酒は、発売以来人気が少しずつ高まっている。

三宅さんにとってこの「ミカドレモン」の開発は、日本のSAKEを世界のステージに引き上げるための第一歩。世界で“戦える”日本酒をつくりたいというのが三宅さんの目標だ。

地方から世界へ、ダイレクトにつながる

「ミカドレモン」に使うのは、三角島産のレモン。「ナオライ」はこの島に自社レモンガーデンを有し、そこで無農薬のレモンを作っている。「瀬戸内海の温暖な気候はレモン栽培に適していて、良質のレモンがとれるのです。防腐剤を使わない国産なので、皮ごと使っても安全だし、香りも素晴らしい」

Photo by Haruna Kawanishi

「ミカドレモン」は、この健康なレモンを丸ごと使って作られる。果汁はもちろん、皮からも果汁を抽出して配合している。だからこそ、香り豊かな酒が仕上がるのだという。

世界を視野に入れる三宅さんは、この三角島のレモンでまた一つ新たなチャレンジを始めた。三宅さんにとって三角島はもはや「日本の地方にある小さな島」ではなく、「世界のフラットな地図の上にある三角島」という位置付けだ。東京や大阪などの大都市を通過することなく、島からダイレクトに世界につながることができる今の時代、コミュニケーションの可能性はいくらでも広がる。そんな視点から、「ナオライ」は三角島で島への体験ツアー事業をスタートした。これは、農家に宿泊する、いわゆる民泊のひとつ。旅行者がレモン農家に滞在し、農業体験をしたりイベントに参加したりしながら三角島の生活に触れる、というものだ。このツアー、大々的に宣伝したわけでもないのにじわじわと評判になり、最近ではグランピング感覚で農家に滞在する人も少しずつ増えているそうだ。面白いのは、海外からのアプローチが増加していること。ファームステイに興味を持つ人たちが、まさにフラットな視点で世界から直接コンタクトしてくるというわけだ。

そうした交流は、高齢化が進む農家の人たちにとってもモチベーションを上げる要因となっている。自分たちの作るレモンが世界に認められ、商品となって羽ばたいていくのが、嬉しくないはずはない。「生産者が直接消費者とコミュニケーションをとるのがなかなか難しい現代。だからこそ、こうした体験が大切なのだと思っています。実際に久比・三角島に足を運んで草1本でも抜いてくれたら、あるいはレモンひとつでも収穫してくれたら、その人はもう『ミカドレモン』の生産者仲間。そうやってレモンに少しでも携わってくれる人を増やすことで『ミカドレモン』を中心にしたコミュニティができたら、と、そんなことを考えています」。

社名の由来である直会(なおらい)とは、神事の後に供え物をおろして参加者でいただく行事のこと。神と人の結びつきをより強くしたいと願っておこなわれる日本古来のしきたりだ。酒の神と食の神に守られて、三角島が世界とつながる。そんな素敵な夢のはじめの一歩、「ミカドレモン」。世界に誇れる日本のSAKEを、じっくり味わってみたいものだ。


MIKADO LEMON Sparkling lemon sake
6,000円(750ml)
企画・プロデュース:ナオライ(株)
醸造元:(株)三宅本店
詳細はこちら:http://naorai.co/mikado-lemon/


沼田美樹

フードエディター、ライター。

大学卒業後、広告制作会社、アートギャラリー、出版社で勤務した後、フランスの美術センターにてキュレーターのインターンを経験。帰国後、美術雑誌、インテリア雑誌、グルメ雑誌、グルメサイトの編集を経て独立。食とライフスタイルを中心に編集、執筆を行う。