三軒茶屋のにぎやかな商店街を抜けた静かな通りにふと、ブルーが印象的な小さな店が現れる。

「ビストロ・リゴレ」は、フランス料理の名店で経験を積んだシェフが、4年ほど前にこの場所にオープンした料理店だ。新鮮な魚介類を使った料理と、フランスらしいビストロメニューがじわじわと人気を呼び、2018年のミシュラン東京ガイドでは、「ビブグルマン」に選ばれた。

オーナーシェフの亀谷剛さんは、島根県隠岐島の出身。子どもの頃から、食堂を営む両親の背中を見て育ち、自らも料理の道に進んだという。

「高校を卒業したあとは島を出て大学に行こうと思っていたんですが、受験がうまくいかなくて、結局料理の学校に進みました。でも今ひとつ腹をくくることができないというか、気持ちが定まっていませんでしたね、当時は」。

調理師学校を出たあとはイタリアンレストランで働く予定だったのだが、店の都合で就職ができなくなり、先生の推薦で初めて厨房に入ったのが、当時四谷にあったフランス料理店「スクレ・サレ」だった。「まさか自分がフレンチをやるなんて思ってもなかった」という亀谷さんだが、戸惑いつつも着実に技術を身につけ、やがてシェフの紹介でフランスのレストランで働くことになった。準備期間もほとんどないまま出発し、そこから3年にわたって6軒のレストランで働くことに。

「最初は言葉も全くわからなかったけれど、聞いているうちに自然と覚えて、同僚のコック達ともコミュニケーションできるようになりました。ただ、やっぱり慣れない外国での仕事がきつかったのは確かです。日本でそれなりにやってきて自信を持っていたことが、なかなかそのまま通用しない。最初の1年は大きな壁にぶつかったようでした」。とはいえ負けず嫌いの亀谷さん、がむしゃらに頑張る中である時ふと「ここは外国、自分は外国人。何も気負うことはない」と吹っ切れたのだという。

「それまで、自分が『こうしなければならない』と思っていたことが、フランスではそうではないということに気付いたんです。郷に入っては郷に従え、ではないですが、フランスにはフランス流がある。せっかく外国に来ているのだから、柔軟にその国の流儀を受け入れて吸収した方が絶対にいいに決まっている」。フランスでのこうした経験を経て、亀谷さんは本気でフレンチの道を進もうと決心した。その思いを抱いて帰国、東京のフレンチレストランでコックをつとめたのち、古巣の「スクレ・サレ」のシェフ、白金台の「ルカンケ」のスーシェフを経て、2014年に三軒茶屋に「ビストロ・リゴレ」をオープンした。

「ビストロ・リゴレ」には毎日、亀谷さんの故郷、隠岐島から新鮮な魚が届く。その日の魚に合わせて様々な料理法を駆使し、いちばんおいしい状態で提供。魚料理はこの店の看板でもある。一見斬新に思える料理も、実は伝統的な料理のレシピをベースに新しく解釈し直したり、再構築したりと、亀谷さんらしい伝統への敬意がうかがえる。

例えば、シグネチャー・デイッシュと言われる「フィッシュ&チップス」。これは、クラシカルなパイ包み焼きの、新たな解釈なのだと言う。「パイ包み焼きをそのまま出すと、どこか古い感じがする。それをなんとかポップにカジュアルに、それでいてちゃんと伝統を感じられるような料理にしたかったから、ちょっとだけ遊びの要素を入れてアレンジしました」。あえて「フィッシュ&チップス」とネーミングしつつ、中身はしっかりフレンチ。そのギャップが客の心をそそる。

お店のシグネチャー・デイッシュと言われる「フィッシュ&チップス」

クラシックな中にこそ、フレンチの真髄がある。基本を大切にしながら「今」の空気を取り入れた料理、それが、亀谷さんの目指す「自分らしさ」だ。見た目の美しさや新しさももちろん魅力的だが、それだけでは心もとない。「ビストロ」と名乗るからには、伝統的なビストロ料理も必須だ。「魚料理を前に出してはいますが、肉料理にもファンは多いんです。豚のあらゆる部位を楽しめるようなロースト料理ややシャルキュトリは、うちの絶対定番ですね」

トレンドを取り入れつつ極端にとがらず、あくまでも自然体。「ビストロ・リゴレ」の料理は、他のどの街でもなく、ここ三軒茶屋にしっくりと馴染んでいるように見える。肩の力を抜いて誰もが気軽に楽しめる料理、それこそが亀谷流”三茶系”フレンチなのだ。


ビストロ・リゴレ Bistro Rigolé
〒154-0024
東京世田谷区三軒茶屋2-24-16 1F
tel. 03-3424-6177
営業時間: 12:00〜14:00L.O(土日12:00- 15:00L.O)、18:00〜23:00L.O
定休日:月曜
Bistro Rigolé


沼田美樹

フードエディター、ライター。

大学卒業後、広告制作会社、アートギャラリー、出版社で勤務した後、フランスの美術センターにてキュレーターのインターンを経験。帰国後、美術雑誌、インテリア雑誌、グルメ雑誌、グルメサイトの編集を経て独立。食とライフスタイルを中心に編集、執筆を行う。