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	<description>世界と繋がるミレニアル世代に向けて、国際的な視点・価値観・知性を届けるメディアです。</description>
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		<title>戦争、罪悪感、別れのキス…首都キーウを包む見せかけの平穏</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Jun 2022 23:55:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>NewSphere</dc:creator>
		<category><![CDATA[Society]]></category>

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		<description><![CDATA[　ウクライナの首都キーウを流れる雄大なドニエプル川沿いには、ベニスビーチと名づけられた魅力的な砂浜が広がっている。ここに設けられた屋外ジムで、セルヒ・チョルニ氏（32）は重い鉄アレイを上げ下げして、夏に向けた身体づくりを [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="wprt-container"><p>　ウクライナの首都キーウを流れる雄大なドニエプル川沿いには、ベニスビーチと名づけられた魅力的な砂浜が広がっている。ここに設けられた屋外ジムで、セルヒ・チョルニ氏（32）は重い鉄アレイを上げ下げして、夏に向けた身体づくりをしていた。</p>
<p>　同氏がこれほどまでに力を入れるのは、夏の海岸でビキニ姿の女性にアピールするためではなく、ウクライナで繰り広げられている総力戦に貢献したいからだ。州兵であるチョルニ氏は近く東部の戦場に派遣される予定だが、ロシアの侵略軍と戦うのにだらしないお腹をすっきりさせたいと思っている。</p>
<p>　同氏は「ジムにいるのは身体を整えるためだ。ともに戦う仲間を助けられるように。自分の居場所は戦場にある……残された手段はただひとつ、防衛あるのみ。ほかに選択肢はない、道は一本だけだ」と語る。</p>
<p>　キーウにも厳しい夏がやって来た。太陽は眩しい光を放っているものの、悲しみと悲壮な決意がこの地を覆っている。多くの兵士が前線に送り込まれており、仲睦まじいカップルもこれが最後のキスにならないという確信は持てない。空を飛び回るツバメが巣を作る傍らでは、家を失った人々が廃墟のなかで涙を流している。心の平穏が失われたいま、ここにあるのはかりそめの平和だ。</p>
<div id="attachment_81142" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-81142" src="https://master.newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161666361980.jpg" alt="" width="630" height="420" class="size-full wp-image-81142" srcset="https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161666361980.jpg 630w, https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161666361980-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 630px) 100vw, 630px" /><p id="caption-attachment-81142" class="wp-caption-text">Natacha Pisarenko / AP Photo</p></div>
<p>　ウクライナはロシアの侵攻を受けた3月、キーウへの最初の攻撃の際には遺体と廃墟を積み上げながらも撃退に成功した。その後、ロシアのプーチン大統領が兵力と軍事資源を東部と南部に振り向けて戦闘が激化するなかにあって、傍観者的な立場というやや居心地の悪い状況にキーウは置かれることになった。</p>
<p>　西側から供給された兵器のおかげで、戦場では多くのロシア製戦車が煙をあげる廃棄物と化した。こうした状況下にあって、焼け落ちた戦車の残骸は首都近郊から運び出されている。カフェやレストランは営業を再開し、屋外に設けられたテーブル席からは話し声とグラスの音でにぎやかになり、見かけ上は平静さを保っている。午後11時から午前5時までは夜間外出禁止令のため街は静まり返るものの、キーウ陥落の危機に見舞われた頃と比べると行動制限は緩和された。</p>
<div id="attachment_81144" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-81144" src="https://master.newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161656021908.jpg" alt="" width="630" height="420" class="size-full wp-image-81144" srcset="https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161656021908.jpg 630w, https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161656021908-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 630px) 100vw, 630px" /><p id="caption-attachment-81144" class="wp-caption-text">Natacha Pisarenko / AP Photo</p></div>
<p>　ある日の夕方、芝生の上で友人とワインを楽しんでいたアンドレイ・バシュトヴィー氏は「ここでは戦争と無縁のように見えるが、仲間が負傷した、動員されたなどという話をしている」と話す。最近、軍の健康診断に合格したため、やがて戦地に向かうことになるだろう。</p>
<p>　キーウを含め占領されていない都市の生活、ニュース、イベントを扱うオンラインマガジン『The Village』の編集長を務めるバシュトヴィー氏は「召集されたら、訓練施設に行かなくてはならない。そこで半日の訓練を受ける」と述べる。</p>
<p>　いまでも空襲警報が定期的に鳴り響き、スマートフォンのアプリが甲高い警報音を鳴らすものの、猛攻を受けている前線の町や都市と比べてその頻度は少ないため、気に留める人はほとんどいない。6月5日にはキーウの倉庫と鉄道車両の修理工場が巡航ミサイルによる攻撃を受けたが、それは5週間ぶりのことであった。まだ炎が燃えているところでも、犬の散歩をする人やベビーカーを押す若い親が平然と歩いている。</p>
<p>　ロシア軍が3月にキーウの包囲を試みたとき、ビタリ・クリチコ市長は200万人の住民が避難したと述べていた。その後、全員ではないにせよ、多くの住民が帰還した。とはいえ、東部と南部では数百人もの兵士が死傷しているため、キーウで広がる現実離れした平穏には気持ちの整理がつかない罪悪感がつきまとう。</p>
<div id="attachment_81146" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-81146" src="https://master.newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161655246318.jpg" alt="" width="630" height="420" class="size-full wp-image-81146" srcset="https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161655246318.jpg 630w, https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2022/06/AP22161655246318-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 630px) 100vw, 630px" /><p id="caption-attachment-81146" class="wp-caption-text">Natacha Pisarenko / AP Photo</p></div>
<p>　スネジャナ・ヴィアルコ氏は「誰もが感謝の気持ちを持っているが、『自分は果たしてこれでいいのだろうか』と自問している」と話す。ボーイフレンドのデニス・コレイバ氏と、街中で営業している果物屋から大ぶりのイチゴを買っていた。ここは数週間前まで、神経をとがらせた戦闘部隊が砂袋や戦車のトラップを備えた検問所を設けていたところだ。</p>
<p>　いまでは警備の数も警戒心もかなり落ち着いたため、にぎわいを取り戻した車の往来の合間で住民は手を振り合い、暇つぶしで見ている携帯電話の画面から目を離すこともほとんどなくなった。</p>
<p>　平和が訪れたといっても盤石ではなく、多くの人がいまを大切にしたいと思っており、彼らのエネルギー、時間、資金そして体力が、破壊された村、町、都市の支配をかけた消耗戦で命を賭している兵士の支援に注がれている。</p>
<p>　料理人としての訓練を受け、いまはジャーナリストとして働いているヴォロディミル・デニセンコ氏は、兵士に配給される食事に刺激を与えようと、自作の唐辛子を使いボトル100本分のスパイシーソースを作った。クラウドファンディングで集めた銃眼、暗視スコープ、ドローン、医療キット、そのほか戦地で必要とされる道具も加えて、キーウから前線に向かう隊列に乗り込むボランティアたちとともにこのソースを運び出した。</p>
<p>　同氏は「ウクライナの国民は全員、軍隊や兵士に手を貸さなければならない。彼らは私たちの国、自由そのものだ」と話す。</p>
<p><small>By JOHN LEICESTER Associated Press<br />
Translated by Conyac</small></p>
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