先日、スイス最大の都市チューリヒで、チューリヒ・アート・ウィークエンド(Zurich Art Weekend ZAW)2026 Zurich Art Weekend – Zurich Art Weekend が開催された。今年で9回目となる今回も、6月の3日間(金・土・日曜日)にわたり、70か所を超える会場で美術作品が展示され、ガイドツアー、アーティストの在廊、シンポジウム、新刊発表会、パフォーマンスなど150以上のイベントが無料で繰り広げられた。朝から夕方までZAWを訪れてみると、どの会場も活気にあふれ、あらゆる年齢層の人たちがアートに関心を持っていることを改めて感じた。

ZAWは、チューリヒのギャラリー設立者やパリ・アンテルナショナル(新世代のギャラリーを支援することを目的とした現代アートフェア)の共同設立者といった【ZAW創設メンバー5人】と、美術館長やキュレーターから成る【学術委員会】によって、「チューリヒの美術機関とアート関係者のネットワークを強化し、世界の美術界におけるチューリヒの存在感を高める」というビジョンの元に発展してきた。

美術館訪問もイベント訪問も、思いのままの3日間

 

チューリヒ美術館の新館。著名なイギリス人建築家デイヴィッド・チッパーフィールドが設計

ZAW26. Kunsthaus Zürich, Guided Tour of Kerry James Marshall by curator Catherine. Photo by Dominik Meier. Courtesy of Zurich Art Weekend 2026

ヨーロッパのアート都市といえば、ロンドン、パリ、ベニス、マドリードなどが特に人気が高い。しかしチューリヒにも数多くの素晴らしいコレクションがあり、アート好きな人を必ずや満足させるだろう。必見の美術館は、旧館と2021年にオープンした新館とが地下通路でつながっている【チューリヒ美術館】(Kunsthaus Zürich)、そして、アジアやアフリカ系を含む非ヨーロッパの美術を専門とする【リートベルク美術館】(Museum Rietberg Zürich)だ。どちらもZAWに参加している。

老舗ビールブランド、レーヴェンブロイの元工場には、複数の美術館が入居している

茶色の外観が目を引く大きな建物、レーヴェンブロイクンスト(Löwenbräukunst)もおすすめしたい。ここでは、4つの美術館を一度に楽しむことができる。ZAWの3日間は4つすべてが無料だった。4つとも訪れて特に印象的だったのは、2つの展覧会だ。

1つは、現代アートに重点を置いている【ミグロ現代美術館】(Migros Museum für Gegenwartskunst)での展覧会。この美術館は、あまり知られていないアーティストの作品の紹介にフォーカスしていて、訪れる人を常に驚かせてくれる。

アルジェリア生まれで現在パリ在住のMohamed Bourouissaは、家族、親戚、友人、知人など、自身の人生に関わる人々のストーリーを語る個展を開催している。写真、ビデオ、木製の枠、彫刻で構成された空間は独特で、魅惑的だった。

1階に置かれた色鮮やかなL字型の彫刻は、アルミニウム、スチール、人体の一部のオブジェ、鏡面箔、ランプ、ポリウレタンフォームなど、彼のスタジオにあった素材を用いて制作された。彼はこれを、自身の人生を辿る一種のタイムカプセルだとしている。

2階は小石で覆われ、彫刻が点在していた。この空間は、歴史の暗い側面を象徴していた。通路脇とカーテンの背後に置かれた2つの大きな金属彫刻は、乳歯を模しており、アルジェリアにおけるフランスの植民地支配が人々の健康に与えた悪影響(不十分な歯科医療など)を物語っている。黒い頭蓋骨の彫刻も、フランスからの独立を求めて戦ったアルジェリアの犠牲者たちを象徴している。また、性労働者として働き、波乱に満ちた人生を送った彼のおばに捧げた作品もある。

もう1つの展覧会は筆者のお気に入りの美術館の1つ、 【ハウス・コンストルクティヴ美術館】(Museum Haus Konstruktiv)にある。この美術館は、スイスにおける幾何学的な表現の作品やコンセプチュアルアートのパイオニア的存在として知られている。この分野の先駆的なアーティストと、現在活躍する国際的なアーティストとのつながりや相違点を探ることができる。1年前に、この建物に移転した。

スイス人アーティストのKatja Schenkerの個展は、赤みを帯びたドローイングと、格子状に張られた赤い銅製のバネのフレーム(5人の女性が白い糸玉を投げ合い、バネの間に糸を通すアートパフォーマンスを行った)で構成されていた。ダイナミックなドローイングもバネが変化したフレームも、身体、肉体の動き、身体知覚をテーマにしている。彼女の作品は完成形ではなく、変化し続ける開かれたものだという。展示空間にいる間、まるで自分が人体の中に入り、細胞の生と死を観察しているような感覚を覚えた。

オフスペースでも楽しめる

ZAWでは、非営利団体が運営する独立系アートスペースも開放される。これらのスペースでは、伝統的な芸術の枠を超えたプロジェクトを展開しており、今回は10か所が参加した。

筆者が訪れたのは、1983年設立の【BINZ39財団】だ。この財団は創作スペースを提供し、特に若いアーティストの育成に力を入れている。チューリヒ市内で合計42のスタジオを運営しており、アーティストは奨学金を受けて制作したり、展示ができる。また、川沿いのシルケ133番地のスタジオは、ヨーロッパ諸国やアメリカの現代美術の展示会場として長年利用され、エッジの効いた作品が見られることでも知られている。

ZAW期間中、シルケ133のスタジオでは、文学や美術史と深く結びついた作品を生み出すSamuel Haitz (1997年スイス生まれ)の展覧会が行われていた。

ガイドと共にギャラリーを巡る『チューリヒ・アート・ウォークス』

アートを直接体験できる場所として、アートギャラリーの存在を忘れてならない。ギャラリーは、作品を販売するビジネスの場所で、美術館よりも小規模なため「敷居が高い」と感じるかもしれない。しかしギャラリーは世界に名を馳せているアーティストから新進気鋭のアーティストまで、幅広く美術品を紹介する重要な役割も果たしている。チューリヒを訪れたら、鑑賞のみの目的でもぜひギャラリーに足を運んでほしい。チューリヒのギャラリーは、先述のチューリヒ美術館近辺、レーヴェンブロイクンスト付近、そして数多くの商店が集まる活気にあふれたシュタウファッハー(広場)界隈に集まっている。

ZAWでは、ギャラリーを含めて美術館やオフスペースも効率よく回れるよう、『アートの小道 Getting Around – Zurich Art Weekend』を提示している。また、美術の専門家による解説付きの無料ギャラリーツアー(歩いて巡る)もある。今回は5つのルートが用意された。どのルートも人気が高いため、早めの登録がおすすめ。このツアーに参加すれば、チューリヒのギャラリーシーンの豊かさを実感できるだろう。なお、ギャラリーツアーでは通常の観光で訪れないような裏道を通るため、よりディープな没入感のある観光体験もできる。

以下、筆者が参加したギャラリーツアーについてご紹介しよう。

Galerie Oskar Weiss

ギャラリー・オスカー・ヴァイスは、チューリヒ中央駅から10数分歩いた狭い通りにある。ヴァイスは共同経営していたギャラリーの閉鎖後、自身のギャラリーをオープンした。ヴァイスは、アーティストブックを出版する独立系出版社、Hacienda Booksも運営している。展示作品はコンテンポラリーアートの分野が多く、ここでは2つの展覧会を鑑賞した。

Laura Langer(1986年ブエノスアイレス生まれ)は、4つの部屋で風景画シリーズを発表した。作品のうち3つは飛行機内から見た光景を描いたもの、2つは黒く太いT字の周りに草が茂ったような画だった。物事のスケールを変えることに惹かれるという彼女の作品は、私たちが通常、自分の見たい視点から情報を処理していることに気付かせてくれる。彼女の作品を見つめていると、予期せぬメッセージや感情が湧き上がってきて、脳が刺激されているように感じた。

Daniele Milvio(1988年ジェノヴァ生まれ)は、クラシック音楽に囲まれて育ったが(音楽家を目指し、彼はバイオリンを特訓していた)、絵画に専念するようになった。簡素化した幾何学的な作品に現代社会への皮肉を込め、現代生活の不条理を描写しているという。

Galerie Mark Müller

ギャラリー・マーク・ミュラーは、スイス出身者を含めた有望な西洋若手アーティストを紹介するプラットフォームとして1990年に設立された。世界に大きな影響を持つスイスの現代アートフェア、アート・バーゼルに定期的に参加している。

ここでは、広いスペースにReto Bollerによる巨大なインスタレーションが展示され、小さいスペースにはMarkus Weggenmannの家の絵があった。

チューリヒ生まれのReto Bollerによる大規模なインスタレーションは、4つの作品で構成されている。

●「Abwicklung」・・・シミや手形がついた3枚の大きな布が、木の支柱に支えられた紐から吊り下げられている。Abwicklungとは処理・対応、整理・解消といった意味。本作は避難所を表現しているらしい。

●「Pentagram」2作・・・メタルをパズルのように組み合わせて、5つの角を持つ星(五芒星)を描いている。星を崩すことで、このシンボルが示す様々な意味がさらに曖昧になる。

●「Hope」・・・枝の上にテント用のシートがかけられている。仮設の保護空間を示唆している。

●「Sog」・・・アクリル絵具と接着剤で描いた絵。Sogは吸引力という意味。

Bollerは、日常的に使われている物や拾い集めた素材を使い、新たな文脈を作り出すことに長けている。一見しただけでは理解しにくい彼の作品とじっくり向き合い、その意味を解き明かしていく過程を楽しみたい。

Markus Weggenmannは、色彩の本質や在り方を探求するアーティストで、1990年代にストライプの絵で名声を博した。重厚な雰囲気のスイスの家屋の画は高濃度のテンペラ絵具(顔料や卵などで作る)で描かれている。プロの塗装職人が色を塗った。通りに面した大きな窓から光が差し込むこの空間で、この絵の色彩をどう味わうかは鑑賞者次第だ。また、ギャラリーの事務所には、80㎝ × 50㎝の3枚の絵が飾ってあった(ちなみに1点あたり、約160万円)。非常にシンプルな作品なのに、見る者を惹きつけるインパクトがあった。

Lullin + Ferrari

約20年前にリュラン・エティエンヌとコラード・フェラーリの2人が開いたギャラリーでは、目の肥えた美術愛好家の期待に応えるべく、質の高い国際的な現代美術を紹介している。訪問時は、8人のアーティストによるグループ展「語り(ナレーション)の断片」が開催されていた。

Slawomir Elsnerによる赤みがかった大きな水彩画は、巨匠ルーベンスの絵の中で、ルーベンスの妻がつけているブレスレットの石の色からインスパイアされて描いた。その他にも、Eleni Gkinosati作の緑色の絵画、日本のマンガに着想を得たFranziska Furterによる赤と白の絵、そしてRachel Lumsdenによる色彩の共鳴が魅力的な2枚の絵などがあった。多様なスタイルながら全体的な調和が保たれていて、心地よく感じられた。本展は「すべての芸術作品には、様々な形で語りの断片が含まれている」ことを示している。

世界3大“メガギャラリー”の1つ、Hauser & Wirthも訪れよう

ギャラリーツアーには組み込まれていなかったが、ハウザー&ワースも見逃せないギャラリーの1つだ。チューリヒで設立されたハウザー&ワースは、世界各地にアートスペースを展開している巨大ギャラリー。『世界3大メガギャラリー」の1つにも数えられている。(参考記事 知っておくべき3大メガギャラリー。ガゴシアン、ペース、ハウザー&ワースとは何か?|美術手帖 デイヴィッド・ツヴィルナーが加わり、世界4大メガギャラリーとなる場合もある)

右の赤い背景の絵がJarvaise作(1963年)、左の黄色い背景の絵がTaylor作(2015–2025)。2人のアーティストの共通の関心事を見て取ることができる。

ハウザー&ワースは、チューリヒには2つのアートスペースを構えており、ZAW期間に3つの展覧会が始まった。中でも、Henry Taylorと、彼の師であるカリフォルニアのモダニズム画家James Jarvaiseを対話させた『時には、まっすぐな線も曲がらなければならないことがある』展は見応えがある。Taylorは、アフリカ系アメリカ人コミュニティの現実を描写した作品で国際的に高く評価されている。

Taylorはジャーナリズム、文化人類学、舞台美術など多岐にわたる分野に興味を持っていて、絵画はJarvaiseから学んだ。Jarvaiseは、Taylorの並外れた才能を学生時代から見抜いていたという。展覧会のタイトルは、Taylorが受け取ったJarvaiseのアドバイスから取られている。

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3日にわたるZWAは、あっという間に過ぎ去った。次回のZAWは1年後。来年もきっと、多くの人々に芸術に浸る素晴らしいひとときをもたらしてくれるに違いない。


Zurich Art Weekend

『ZAW 2027』は、2027年6月中旬の予定

取材協力:スイス政府観光局 

Photos : Courtesy of Zurich Art Weekend 2026 and Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/