2026年、アメリカ合衆国は建国250周年を迎える。
しかし、この節目を誰もが同じ視点で見つめているわけではない。
19世紀、西部開拓を推し進めたアメリカは、その裏側でネイティブ・アメリカンの土地を奪い、共同体を分断し、文化や言語を抑圧してきた。条約は繰り返し破られ、強制移住や同化政策によって、多くの部族社会は存続の危機にさらされた。
そんな時代のなかで、ラコタ族の女性たちはある選択をする。彼女たちは卓越したビーズワークのなかに、星条旗やアメリカの愛国的なシンボルを取り入れた。
それは単なる同化ではなかった。むしろ、支配的な文化のなかに自らの価値観を織り込みながら、共同体の記憶を未来へ残そうとする静かな抵抗だったのである。文化は時に、声高な主張ではなく、美しい手仕事のなかに受け継がれていく。
そして建国250周年を迎える今、ネイティブ・アメリカンのコミュニティには、痛みと誇り、そして複雑な愛国心が共存している。
若者たちは「1776年が自分たちにとって何を意味するのか」をテーマに文章を書き、美術館は歴史を物語るビーズ細工を展示する。現代アーティストたちは、キャンバスを通じて今なお続く政治的課題を問い続けている。それは単なる歴史の振り返りではない。文化はいかにして生き残るのか。その問いに向き合う機会でもある。

赤・白・青のビーズで彩られたタオス・プエブロのモカシン。「Stars, Stripes and First Americans」展の展示品の一つ。ニューメキシコ州サンタフェのインディアン芸術文化博物館にて AP Photo / Susan Montoya Bryan
ネイティブ・アメリカンとアメリカの特異な関係
学芸員や部族研究者たちは、アメリカという複雑な歴史の織物を語る上で、ネイティブ・アメリカンの経験を無視したり矮小化したりしてはならないと語る。
チェロキー族の血を引き、先住民族の領域地図を制作しているアーロン・カラペラはこう話す。「ネイティブの歴史が先に存在していなければ、アメリカ合衆国は成立しなかったでしょう。私たち先住民がアメリカという国の基盤に織り込んだ影響は数え切れません」
歴史研究者でもあるカラペラ氏は、建国の父たちの多くが部族が主権を維持して存続するとは考えていなかっただろうと指摘する。彼らは、いずれ部族はアメリカ社会に吸収されると考えていたのだ。
しかし実際には、1830年に大統領アンドリュー・ジャクソンが署名した「インディアン移住法」や、1887年に大統領グロバー・クリーブランドのもとで制定された「ドーズ法」などにより、多くの部族が土地を奪われ、強制移住させられた。
その代表例が「涙の道(Trail of Tears)」。過酷な移動によって多くの命が失われた。また、部族が所有していた何百万エーカーもの土地も細分化され、奪われていった。
ミネソタ州や南西部では先住民に懸賞金がかけられ、カリフォルニアでは民兵組織が活動し、部族の領土はさらに縮小した。その後には寄宿学校政策が続く。ネイティブの子どもたちは家族から引き離され、文化や言語、宗教とのつながりを断ち切ることを目的とした教育を受けさせられた。これは遠い昔の話ではない。部族指導者たちは、これらの政策の影響を現在もなお受け続けていると語る。
一方で、現在、アメリカ政府は575の部族を主権を持つ存在として公式に認めている。2025年12月にはノースカロライナ州のラムビー族もその一員となった。
完璧ではない。それでも、多くの国の先住民族政策と比較したとき、部族の主権や自治を一定程度尊重する仕組みは独自の発展を遂げてきた。

ナバホ族アーティスト、キー・ヤジーによる作品。インディアン芸術文化博物館にて展示 AP Photo/Susan Montoya Bryan
先住民がアメリカに与えた深い影響 受け継がれる戦士の精神
先住民の影響は、建国の父たちが参考にした民主主義の考え方から、土地を守るために戦った戦士の精神に至るまで多岐にわたる。それは現代アメリカ人が抱く愛国心とも通じる部分がある。
ニューメキシコ州の「インディアン芸術文化博物館」で開催されている「Stars, Stripes and First Americans(星条旗と最初のアメリカ人たち)」展の中心には、キー・ヤジーによる《Diné Code Talker》という絵画が展示されている。
描かれているのは、第二次世界大戦中にナバホ語を用いて解読不能な暗号を作り出し、アメリカ軍の勝利に大きく貢献したナバホ族のコードトーカーたちを讃える作品だ。
同館館長でオグララ・ラコタ族の一員でもあるダニエル・ミーンズは、コードトーカーはナバホ族だけではなかったと説明する。チョクトー族、コマンチ族、カイオワ族、ホピ族、マスコギー族、スー族、セミノール族など、多くの部族出身者が軍に参加し、その言語や知識を活用し同様の役割を果たした。
「退役軍人はネイティブ社会の祝祭や儀式において非常に重要な存在であり、大きな敬意を集めています。国のために戦士となるという意識は、多くの部族社会に深く根付いているのです」
ネイティブ・アメリカンは人口比で見ても全米有数の高い軍務率を誇り、多くのコミュニティで退役軍人は特別な敬意を集める存在となっている。

アメリカ独立宣言署名250周年を記念する展示の一環として公開された、2着のネイティブ・アメリカンのドレス。ワシントンD.C.のスミソニアン国立アメリカン・インディアン博物館にて Jourdan Bennett-Begaye / ICT via AP
芸術と文化に受け継がれる影響
ワシントンD.C.の スミソニアン国立アメリカン・インディアン博物館(National Museum of the American Indian)では、建国250周年を記念し、二着のドレスが展示されている。
一着は約100年前に独立記念日の祝祭用として作られたと考えられるラコタ族のビーズ装飾ドレス。もう一着は、ネイティブ・アメリカン女性退役軍人団体が着用する現代のジングルドレスで、2003年のイラク戦争で戦死したホピ族出身のロリ・ピエステワを称えるパッチが付けられている。
時代は違っても、その根底に流れているのは同じ問いである。「私たちは何者なのか」。
ナバホ族のアーティスト、ポーリーン・トーマス氏は、2001年9月11日の同時多発テロ後、多くのネイティブ兵士が戦地へ向かうことに不安を感じたという。現在73歳の彼女が9.11後に制作した織物作品も、ニューメキシコ州の展覧会で展示されている。
彼女にとって織物は、単なる工芸ではない。歴史の記録であると同時に、ナバホ文化を未来へ伝える手段でもある。「とても大切なことです。私は自分たちの文化を失いたくありません。子どもたちには、自分たちの祖先やルーツについてもっと学んでほしいのです」

ナバホ族アーティスト、ポーリーン・トーマスの織物作品を前に、展示準備を進めるダニエル・ミーンズ館長(左)とエリサ・フェルプス学芸部門責任者。ニューメキシコ州サンタフェのインディアン芸術文化博物館にて AP Photo / Susan Montoya Bryan
未来への道は一つではない
ダートマス大学(Dartmouth College Hood Museum of Art)の先住民芸術キュレーターであり、オセージ族の一員でもあるジャミ・パウエルは、アメリカと部族の関係を「植民地主義的な絡み合い(colonial entanglements)」という言葉で表現する。
彼女は学生たちにこう伝えている。「物事は白か黒かではありません。今の状況に至るまでの困難な歴史に対して、複雑な感情を抱くことは自然なことなのです」

ネイティブ・アメリカン女性退役軍人団体「Native American Women Warriors」のメンバーが着用する現代のカラ―ガードドレス。ワシントンD.C.のスミソニアン国立アメリカン・インディアン博物館にて Jourdan Bennett-Begaye / ICT via AP
同博物館では建国250周年に合わせて若きネイティブ・アーティストたちの作品を展示している。それらの作品は鋭い批評精神を持ちながらも、これからの200年について考えるきっかけを与えてくれるという。
そして、その未来においてネイティブの若者たちが自らの声を持ち続けることが重要だと語るのが、先住民青少年支援団体の代表であるトレイシー・カナード・グッドラックだ。
ウィスコンシン州のオナイダ族およびムスコギー・クリークの血を引く彼女は、建国250周年をテーマにした作文コンテストで若者たちの声が力強く響いたと語る。そこには、「主権」「自己決定権」「土地とのつながり」「文化継承」といった言葉が数多く綴られていた。
彼女はこう語る。「彼らは自分が何者で、どこから来たのかを知っています。自らのアイデンティティや文化、歴史を理解しています。だからこそ、その声を社会全体に届けられる道筋を私たちがつくっていかなければならないのです」
文化とは過去の遺産ではない。変化する世界のなかで、自らのルーツを再解釈しながら未来へつないでいく営みだ。建国250周年は、アメリカという国家を祝う節目であると同時に、先住民たちが守り続けてきた文化の強さと創造性を見つめ直す機会でもある。
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By SUSAN MONTOYA BRYAN Associated Press
SANTA FE, N.M. (AP)
