スイスのオリンピック都市として知られるローザンヌ(国際オリンピック委員会とオリンピック博物館がある)で、現在、異色の展覧会「モンスターズ(怪物のようなという意味だが、並外れたものという意味も込めた)」が開催されている。2022年に開館したmudac(現代デザイン・応用芸術美術館)の300㎡の展示スペースには、まばゆいばかりのドレス、バッグ、デコレーションが並んでいる。これらのカラフルなファッションアイテムは、スイス人デザイナー、ケヴィン・ジェルマニエがデザインした。
ジェルマニエは現在30代前半(1992年生まれ)。高級な廃棄ビーズや廃棄布地を用いた彼の作品は、持続可能なファッションとしての【ファッションの未来像】を表現しており、高い評価を受けている。
フォーブス誌『世界を変える30歳未満の30人』にも選出

mudac, portrait de Kévin Germanier, 2025
© KEYSTONE/Jean-Christophe Bott
ジェルマニエは、再利用素材(余剰在庫や廃棄される物)を巧みに組み合わせ、鮮やかで彫刻的なデザインで注目を集めている。ファッション業界はより環境に配慮した生産・消費システムを確立しようと努力しているが、まだまだ道のりは長い。こうした状況で、ロンドンの名門、セントラル・セント・マーチンズ芸術大学を卒業したジェルマニエは、2018年にパリで自身のブランド『ジェルマニエ Germanier | Official Website 』を立ち上げた。ブランドの哲学は、【アップサイクル】と【倫理的】であること。2020年には、経済誌フォーブスの『30 Under 30(世界を変える30歳未満の30人)』で、ヨーロッパの芸術・文化部門に選出された。

Germanier, Haute Couture, FW25-26, Les Joueuses, 2025
© Courtesy of Kévin Germanier

Germanier, Haute Couture, FW25-26, Les Joueuses, 2025
© Courtesy of Kévin Germanier

Germanier, Haute Couture, SS23, 2023
© Courtesy of Kévin Germanier
彼の衣装は、レディー・ガガ、テイラー・スウィフト、ビヨンセといった大スターたちに着用されてきた。また、2024年パリオリンピック閉会式に登場した黄金の旅人、ゴールデンボイジャーのデザイナーとしても知られる。ショーや映画の衣装制作に加え、ハローキティの形をしたバカラのクリスタルオーナメント用の着せ替えファッション ハローキティ誕生50周年を記念する〈バカラ〉のクリスタルオーナメントをジェルマニエがドレスアップ。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS や、世界三大ジャズ・フェスティバルの1つ、モントルー・ジャズ・フェスティバル(今年、スイスで60周年を迎える)の2026年版の手縫いポスターなど、芸術作品も手掛けている。

(左)mudac, Les Monstrueuses. Carte blanche à Kévin Germanier, Vue d’exposition, 2025 © guillaumepython
(右)Germanier, Extrait de l’affiche de la 60e édition du Montreux Jazz Festival, 2025 © Montreux Jazz Festival
現在進行形のジェルマニエを知る『モンスターズ』展

mudac, Les Monstrueuses. Carte blanche à Kévin Germanier, Vue d’exposition, 2025
© guillaumepython

mudac, Les Monstrueuses. Carte blanche à Kévin Germanier, Vue d’exposition, 2025
© guillaumepython
mudacの展示では、ジェルマニエの最も象徴的な作品に出合え、創作プロセスを垣間見ることができる。使われないスパンコールやビーズ、余ったパール、リサイクル繊維、売れ残った生地は新たな意味と命が吹き込まれ、驚くほど美しい作品へと生まれ変わっている。エコファッションは往々にしてシンプルで迫力が弱くなりがちだが、ジェルマニエのファッションは大胆でエレガントで、変化に富んでいる。まさに色彩の爆発であり、見る人に希望を与えてくれる。

Germanier, Robe Caran d’Ache, Haute Couture, Les Globuleuses, SS25, 2025
© Nicolas Stajic
ジェルマニエはまるで魔法使いのように、ありふれた素材を宝石へと変貌させる。彼は常に、丹念に再利用可能な素材を探し求め、おもちゃや自転車の部品、電気配管の断片といった珍しい物まで使う。
展示作品の中には、昨春パリのオートクチュールショーで発表した、文具を素材にした傑作もある。スイスの有名筆記具ブランド、カランダッシュの工場を訪れ、製造過程を目の当たりにしたことをきっかけに、中古のカランダッシュ製品を使ってクチュール品を作るというアイデアを思い付いた。スイス国内外の店舗で集められたペンや鉛筆(家に眠っているカランダッシュ未使品を寄付するキャンペーンを実施)は、彼のパリのアトリエで、チームと共に研磨して形を整え、独特のフォルム(全体像はこちら CARAN D’ACHE + GERMANIER : L’UPCYCLING EN HAUTE COUTURE)が誕生したのだった。

mudac, Les Monstrueuses. Carte blanche à Kévin Germanier, Vue d’exposition, 2025
© guillaumepython
ジェルマニエの作品は、彼の故郷であるスイス南部ヴァレー州に住む祖母と母からも影響を受けている。2人とも熱心な編み物愛好家で、2人が作ったニットはジェルマニエのデザインに取り入れられている。また、世界各地の職人が作った個性的なテキスタイルも使っており、こうしたコラボレーションの中には、社会復帰支援活動と結び付いたものもあるという。
本展では、先述のモントルー・ジャズ・フェスティバルの刺繍ポスターも展示されている。黒いベルベットに縫い付けられたのは、6万個以上のビーズやスパンコールなど。すべてがアップサイクルされた素材で、6人の共同作業により完成した。

mudac, Les Monstrueuses. Carte blanche à Kévin Germanier, Vue d’exposition, 2025
© guillaumepython
会場には、ジェルマニエのファッションに身を包んだ2人がくつろいでいる、まばゆい部屋も設けられた。テーブル、ランプ、ラグもジェルマニエがデザインした。ジェルマニエはインテリアデザインにも強い関心がある。ジェルマニエのブランドを必要としない人に向け、「テーブルや椅子は生活必需品です。ジェルマニエの家具なら使ってみたいと思う新規顧客を開拓したいですね」とのことで、近い将来、新たに、家具コレクションを発表する予定だという。
持続可能性と優雅さの共存を、さらに促進


ストリートファッションや既成ファッションでは、エコロジカルな素材の使用が増えてきた一方で、オートクチュールにおいては異例のこととされていた。ジェルマニエはこの流れに革命を起こした。
彼は、世界経済フォーラム(WEF:世界の官民リーダーが終結して社会課題の解決を議論する)の芸術・文化リーダーズネットワークのメンバーでもある。WEFのインタビューで、ロンドン留学時代のエピソードを語っている。両親の援助に頼らず、様々な団体に何十通もの手紙を書いてようやく支援を得て、自費で留学費用を賄った。倹約のため、例えば制作で綿が必要なら、生地店で新品を買う代わりに中古ショップで安価な布団カバーを買ったそうだ。当時、彼はアップサイクルという言葉を知らなかったが、生活費に余裕がなかったことが結果的に彼のエコファッション作品の礎となった。
ブランドの設立以前、香港で研修していた時には、廃棄される寸前の大量のガラスのビーズを見て、「布地だけでなく、あらゆるものが再利用できる」と気付いたという。アップサイクルは新品素材のみを使う場合ほどの可能性を秘めているわけではないだろう。しかし、彼の創造性はますます磨かれ、集めた廃棄物から新しいものを作ることに大きな喜びを見出したのだ。
「ファッション業界が抱える課題について、真剣に行動すべき時が来ています。でも、強制的な態度を取るのではなく、問題に誠実に向き合って、サステナビリティについて議論する必要があります。そうすれば、ああ、こうすれば自分も持続可能な生活を送れると、人々の意識が変わると思います」 (同上インタビュー)
今後も、ジェルマニエは非凡な創造性と独創性で、ファッション業界における環境問題への意識向上に間違いなく貢献していくだろう。
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Les Monstrueuses, Carte blanche to Kévin Germanier
開催:2025年11月7日~ 2026年3月22日
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Photos by Satomi Iwasawa
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/
