昨年、ブルータリズム建築と架空の建築家を描いた映画『ブルータリスト』が数々の賞を受賞したことは記憶に新しい。

ブルータリズムとは、コンクリートやレンガといった素材そのものが持つ荒々しさをあえて強調した建築様式のこと。機能性をそのまま露わにし、過度な装飾を排除したストイックな美学は、20世紀後半に世界各地へと広がっていった。

そんなブルータリズム建築の傑作を求めて、ロンドンを訪れた。巨大住宅地『バービカン』は16ヘクタール(4万8400坪)という広大な敷地に、2000戸を超える集合住宅が並ぶ壮大な都市空間だ。1982年の完成から長い時を経た今でも、この場所を訪れる市民や観光客は絶えない。その理由のひとつが、コンサートホール、劇場、映画館、アートギャラリー、図書館を擁する複合文化施設『バービカン・センター』の存在だ。施設内にはレストランやバーに加え、デザイン性に優れたアイテムをセレクトしたショップも並び、都市文化のハブとして多くの人を惹きつけている。

文化施設バービカンセンター(右手の建物)前の広場

もちろん、建築そのものを鑑賞しようと訪れる人も多い。敷地内を歩いて回る90分の有料建築ツアー(住居内は見学不可)が1年中開催されている。

総計13万立方メートルのコンクリートを使ったバービカンの一連の建物は、重厚な質感だ。しかし、巧みな高低差や自然を盛り込んだ設計により、躍動感あるムードが生まれている。地中海の風土もイメージしたことから、明るく開放的な感じも漂う。建築ツアー中に撮った写真で、バービカンの雰囲気をお伝えしよう。

端から端まで続く住まい

敷地に入ると、まず巨大な住居群のスケールに圧倒される。コンクリートの塊は、敷地の端から端まで広がっている。バービカンには約20のブロックがあり、そのうち3棟が高層タワー3、残りは低層ビルだ。ほとんどが分譲住宅で、それぞれの建物には英国の歴史を彩る人物の名が冠されている。たとえば、ピューリタン革命を率いた政治家オリバー・クロムウェル、『ロビンソン・クルーソー』の著者ダニエル・デフォー、地図製作者ジョン・スピード、そして『ユートピア』で知られる人文主義者トマス・モアなどだ。

3つのタワーはいずれも40階以上。当時としては非常に珍しい高さの集合住宅だったという。また、タワーの平面が正三角形(厳密には多角形)に近い形をしているのは、強風による倒壊を防ぐという実用的な理由だそうだ。

タワーの1つ、『シェイクスピアタワー』(模型の写真:3つのタワーの中央)は116戸のアパートを有し、長年にわたり、ヨーロッパで最も高い住宅ビルとしてギネス世界記録を保持していた。かつてシェイクスピアは、この地区に一時期住んでいた。またバービカン・センターは2000年代まで劇団ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)の本拠地だった。ちなみに、このタワーのアパートの一例はこちら Shakespeare Tower Barbican Property Photographer で、快適な様子が伝わってくる。

バービカンの建築家は、チェンバリン氏、パウエル氏、 ボン氏の3人

アパートの設計においては、1日に得られる自然光の量も考慮されたという。どのアパートもキッチンやバスルームには窓はなく、居間や寝室で採光している。

住居群は外から見ると統一感がある。洗濯物を外に干してはいけない、室内の床はカーペット敷き(フローリングは禁止)など、アパートには厳格なルールがあり、バービカン在住のツアーガイドによると、ルールに違反した人は強制的に立ち退きになるとのことだ。

構想から完成まで、20年以上かかった

バービカンの建設は波乱に満ちていた。建設は復興プロジェクトだった。昔、この地区は布問屋から仕立屋まで集まった繊維産業の中心地で、約1万4000人が暮らしていた。しかし第二次世界大戦中の爆撃によって大きな被害を受け、荒地となった。戦後の住民数は48人にまで減ったという。

初めに出された計画は商業的だった。ある建築事務所は商業的・工業的な地区の建設を提案し、政策者側(シティ自治体と呼ばれるロンドンの特別自治市)は新しい道路と巨大なオフィス街の建設を企画した。そこへ住宅開発推進派が現れ、近隣の戦後団地(小規模)プロジェクトを進めていた3人の建築家が「中高所得層をターゲットに、学校や芸術センターを含めた巨大な団地を作ることが可能だ」と主張。1955年に最初の報告書を当局に提出した。3人は計画を何度も改訂し、最終的に1960年にプロジェクトの建築家に任命された。

そして工事は始まったが、給与や安全性に関して不満を持った労働者がストライキを起こしたりしたことで、進行は遅れた。ツアーでは建物の裏側にも案内してもらい、様々な建材がパッチワーク状になった壁も見た。「バービカンは実験的な建築でもありました。これは、いわゆるムードボードで、どの材料が最適かを決めるためのサンプルでした」とガイドは説明した。

計画は建設中にいろいろと変更や修正が加わった。敷地の周囲に堀を作ったり、居住者用のショッピング街を作るといった案は消えていった。地中海の雰囲気を強く出すために、白い大理石の外装や色付きの柱にして、建物を“全体的にカラフルにする”アイデアは予算の制約により却下された。装飾が少なく、コンクリートの質感を前面に出すブルータリズム様式の特徴は、実は修正案だったのだ。

確かに、敷地を歩きながら建築の細部を観察すると、ブルータリズム建築とは言い切れない部分があることに気付く。3人の建築家はブルータリズム建築に魅了されていたがブルータリストだとは考えてはおらず、最高の建築を作ろうと、多様なスタイルからインスピレーションを得ていたとのことだ。

水辺と建物のフュージョン

バービカンには人工の湖がある。ただし、湖とはいっても水深はわずか50センチメートルほど。敷地の真下を地下鉄が走っているため、深く掘れなかったそうだ。2日おきに完全に循環されるという水は着色してある。着色によって建物と水との間に視覚的なバランスが生まれ、藻類の繁殖を防ぐのにも役立つという。

湖には、イグルーと呼ばれる、植物で覆った半球の空間もある。水面が目の高さになるように設計してある。残念ながら、居住者しかアクセスできない。

随所の草木に心が和む


 
バービカンは緑が豊かだ。居住者専用の庭には入れないが、歩いていると至る所で草木が視界に入ってくる。

グリーンといえば、世界中から集めた1500種以上の植物が育つ温室(コンサバトリー)もある。この温室は、王立植物園キューガーデンの温室に次いでロンドンで2番目に大きい。ツアーでは温室内には入らなかったが、ガラス越しにコンクリートの建物が草木で覆われている様子は見ることができた。温室の入場は無料だ(チケットのオンライン予約が必要)。

遊び心あるデザイン

敷地内には2つの学校がある。私立のシティ・オブ・ロンドン女子校と、40%が留学生というギルドホール音楽演劇学校(大学・大学院)だ。女子校の外壁の柱は鉛筆の形をしている。ギルドホールの方は音叉の形の柱が並んでいる。これはガイドが教えてくれて初めて気づいた。

秘密は他にもある。敷地内に時折、城のイメージが現れるのだ。見張り塔のような窓のある高い建物がいくつもあり、西側の端には矢狭間を備えた茶色い小塔もあった。

不思議なデザイン

ガイドから聞いたデザインで他にも興味深かったのは、ベランダの外側にある濃い色の縞模様だ。単なる汚れだと思っていたが、実際には居住者の提案で手描きされたものだった。

1番不思議だった設計要素はこちら。平らな床の部分が、振り返って眺めると階段のように見えたことだ。円柱と窓枠の入った角柱が交互に並んだ通路で、両者の隙間を見た時に起きた目の錯覚だった。近付くと、レンガ舗装の色はグラデーションになっているが、凹凸はないことがわかる。建築家たちがこの効果を意図していたかどうかは不明とのことだ。

ツアーは参加者から質問がたくさん出て、予定時間を超えた。ツアー後、敷地内を再散策してみたが、「半日いても飽きないだろう!」と感じた。ブルータリズム建築は賛否を呼んできたが、あまり魅力を感じない人も迷路を体験してみる気持ちで行ってみはどうだろう。ロンドンの隠れた名所として、バービカンはぜひおすすめしたい場所だ。

バービカンによる短いビデオ

『バービカン』の建築ツアー

※複合文化施設のバービカン・センターは、2028年6月末から約1年間にわたり、改修工事のため閉鎖されるそうです。


Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/