2025年10月末、 パリ中心部のルーブル美術館のすぐ近くに『カルティエ現代美術財団』がオープンした。徒歩わずか4分の場所には、円形の美術館、ブルス・ドゥ・コメルス – ピノー・コレクションや、パリ装飾美術館もあり、カルチャーの宝庫だ。カルティエの美術館は、以前は、ここからメトロで20分離れた場所の全面ガラス張りの建物だった。ルーブル美術館隣の新美術館は、財団創立40周年を記念したもの。2026年8月まで開館記念展が開催中だ。

新館は大きい建物だ。ガラス張りだった以前の建築とは雰囲気が異なり、石造りのファサードや統一感のある窓、マンサード屋根(上部は平らで下部が急勾配)が特徴のオスマン様式。パリらしい壮麗なこの建物は、1855年建造の建物を改築したもので、外観は歴史的建造物にも指定されている。11月にパリを訪問することになり、「絶対に見なければ!」と思い、立ち寄った。

Fondation Cartier 外観

全面改築した内部~屋外が見え、展示台が昇降できる構造

The Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2 Place du Palais-Royal, Paris.
© Jean Nouvel / ADAGP, Paris, 2025. Photo © Martin Argyroglo

新館は、展示スペースが6500㎡(総面積は8500㎡)と、ガラスの旧館の1200㎡から大幅に拡張された。中に入ると、まずエントランスホールが美しい。ホールのガラスの窓越しにパレ・ロワイヤル広場の風景が見える。新館は直方体で、両脇の長さは各150mある。そこにも背の高いガラス窓があり、道行く人たちが視界に入ってくる。逆に、外からは、この窓から館内の展示が垣間見える。内と外との境界が曖昧な印象だ。

この建物はかつて約90年間、パリ市民に愛された老舗百貨店グラン・マガザン・デュ・ルーブルだった。デパートならではの非日常的な空間は、多くの人たちを魅了した。これからは、この場所を通りかかる人たちが、新館の窓から光彩を放つ作品に目を奪われることだろう。

The Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2 Place du Palais-Royal, Paris.
© Jean Nouvel / ADAGP, Paris, 2025. Photo © Martin Argyroglo

The Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2 Place du Palais-Royal, Paris.
© Jean Nouvel / ADAGP, Paris, 2025. Photo © Martin Argyroglo

展示の方へ進むと、作品とともに、暗い色の柱や天井、太いケーブルやフェンスも目に入ってきた。なんとなく工場のように感じられてきたが、それはまったくの間違いではなかった。実は、地下1階を含む3階建ての建物の内部は、舞台効果を変化させることのできる巨大な装置になっている。新たに設置された5つの可動式鋼鉄製ステージ(展示台)は、高さを細かく調節できる(5つの高さをずらして配置したり、5つすべてを地階の床に据え置くこともできる)。さらに、天井の可動式シャッターを開閉して採光でき、空間や明るさを変化させることができる。独立した展示室が連なるのではなく、手前からは通路や奥のエリアまで見渡せ、地階からは上階の展示も見える。内部全体がつながっていて、まるでプラネタリウムの中にいるような錯覚に陥る。

この革新的なコンセプトで館内を再構築したのは、フランスの建築界の巨匠ジャン・ヌーヴェルだ。ヌーヴェルはガラスの旧館も設計しており、ルーヴル・アブダビも彼の代表作の1つ。現在日本では、屋久島でプロジェクト(NOT A HOTEL YAKUSHIMA シェアタイプの別荘)が進行している。

Building site view of the Fondation Cartier pour l’art contemporain’s future premises, place du Palais-Royal, Paris. View of platform 1 in construction. December 2023. Photo © Martin Argyroglo

ヌーヴェルは新館の設計にあたり、劇場と航空母艦(航空機を積み、甲板の滑走路を使って海上で離着陸できる軍艦)をイメージしたという。ヌーヴェルの目標は「必要不可欠なもの以外、可能な限り撤去しなければならない。遮るもののない空間を見渡せることが必要」(プレス資料より引用)だった。これを達成するための改築は大きなチャレンジだった。古い間仕切りや風導管などが多数残っていただけでなく、建築や火災の基準に従って重量のある可動式ステージを設置する必要があったからだ。

当初、施工業者たちには改築は不可能だと思われたという。しかし、徹底的な調査を経て施工プランが決まった。完成まで5年を要した内部の様子には感動すら覚えた。

ヌーヴェルは、アーティストがインスピレーションや作品を最大限に表現する機会を提供し、キュレーターが創造性を存分に解き放てることを目指した。柔軟で適応性にあふれた館内の空間が、それを実現する。そして、この空間は鑑賞者にも無限の可能性を与える。私自身も、高さの異なる鋼鉄製ステージに驚き、変化する自然光の魅力を味わい、視点によって作品が重なり合う様子を楽しんだ。

開館記念展 『エクスポジション・ジェネラル』

入り口

新館の見どころは建築だけではない。開設記念展の『エクスポジション・ジェネラル(博覧会、展覧会の意味)』も非常に印象的だった。財団は毎年新しい作品を追加してコレクションを拡大しており、現在では約50カ国、500人以上のアーティストによる約4500点を所蔵している。本展では、その中から厳選された約600 点に出合える。100人を超えるアーティストの作品を通し、40年にわたる世界のアート活動を一挙に振り返ることができるのだ。 本展は、【建築の機械】【自然】【ものづくり】【現実の世界】の4つのテーマで構成されている。

Exhibition view. Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2025. Photo © Marc Domage.

Exhibition view. Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2025. Photo © Marc Domage.

【建築の機械】のエリアには多様な形態の作品が展示され、建築の実験の場と化していた。アレッサンドロ・メンディーニ作のガラスモザイクのチャペル『Petite Cathédrale』(金のモザイクタイルで作られた彫刻が収められている)、フレディ・ママニが新館のために特別に設計したきらびやかなイベントホール『Salón de eventos』など、威厳があり存在感が高い作品が並んでいた。

Exhibition view. Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2025. Photo © Marc Domage.


  

Exhibition view. Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2025. Photo © Marc Domage.

【自然】のエリアでは人間と自然との関係性を可視化し、生態系保護の重要性を問いかける。ルイス・ゼルビーニは、一辺が4mを超える正方形のテーブルを木、植物、竹、砂、貝殻、石など様々な素材で装飾し、生命体のような『Natureza Espiritual da Realidade』を制作した。彼が旅の途中で集めた素材もある。その隣には、石上純也がオーストラリア・シドニーのためにデザインした、高さ60mの白い迫力あるアーチ『Sydney Cloud Arch』の縮小版(4分の1)がそびえ立つ。このアーチは雲をイメージしたという。

サウンドインスタレーション『Night Would Not Be Night Without the Cricket』は、壁に沿った通路。ここでは、5000時間に及ぶ自然音(1万5000種の動物の鳴き声を含む)の録音から作曲したメロディーに包み込まれる。ミュージシャンで音響生態学者トのバーニー・クラウスと、サウンドアートプロジェクトを発表している国際的な団体、サウンドウォーク・コレクティブが新館のために制作した。自然界のもろさや複雑な相互関係を描き出し、危機に瀕した地球の声に耳を傾けるよう呼びかけている。

そのほか、何千枚もの鳥の羽根を使い、自然を人間と交流する神聖な存在として示したインスタレーション、写真やドローイングで先住民の土地と文化を守る闘いを表現した作品などもある。

Exhibition view. Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2025. Photo © Cyril Marcilhacy.

【ものづくり】のエリアでは、枯れ木で作った彫刻、平面の織物を使った立体彫刻などが展示されていた。これらの作品は、純粋芸術と応用芸術の境界を曖昧にし、工芸や絵画、テクノロジー、素材を融合させた新しいスタイルの可能性を追求している。プリアージュ(キャンバスをくしゃくしゃにしたり結んだりして絵具を塗った後で広げ、絵画に仕上げる技法)を創始したシモン・アンタイの作品もあった。

私の心に特に響いたのは、アンドレア・ブランツィ作の『Gazebo』だ。メタルの枠組みで四方からの開口部を備え、壁を網目にした構造は軽やかで、開放感に満ちている。丸いガラスや壁にかけられたセーターに愛嬌が感じられる。ベッド、枕、毛布が床ではなく高い位置にあったり、体操の吊り輪や棒もあったりとユニーク。現代社会のダイナミズムに呼応するように、建築は柔軟で透過性があり、流動的であるべきというブランツィの哲学を反映しているという。

Exhibition view. Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2025. Photo © Marc Domage.

【現実の世界】では、科学、テクノロジー、フィクションを融合させた世界が繰り広げられる。マルチメディアアーティストのサラ・ジーは、シリーズ作品の最新作の1つ『Tracing Falling Sky』へと鑑賞者を誘う。本作は、“考古学的発掘活動で発見された遺跡”として展示された。大理石の粉で作られた大きい円の中に、116個のメタルパーツで作った黒い円形の彫刻がある。円の周囲には、作品で使った材料の残りが規則的に配置してある。円の上では振り子が揺れ、周囲には映像が次々と投影される。見る者は時間や居場所の感覚を失い、幻想的な世界へ迷い込む。

コレクションの主要アーティストたちの作品も展示

Exhibition view. Fondation Cartier pour l’art contemporain, 2025. Photo © Cyril Marcilhacy.

本展では4つのテーマに加えて、【ソロ・アンド・グループ・エキサビション】のエリアに、財団のコレクションの主要なアーティストたちの作品も飾られている。例えば、人間の表情や肉体を精密な彫刻で表現するロン・ミュエックの『Woman with Shopping』(買い物帰りの疲れた表情の女性像)。同財団はこれまでにミュエックの個展を3回開催している。

本展では、旧館の展覧会で見たことがある作品を再発見し、ずっと見たいと思っていた作品にようやく対面し、見たことのない作品を発見できた。鑑賞している間、空模様や時間帯によって刻々と変化する空間の表情を観察するのも楽しかった。生まれ変わった『カルティエ現代美術財団』を次に訪れる日が、今から待ち遠しい。


La Fondation Cartier pour l’art contemporain

Page d’accueil — Fondation Cartier pour l’art contemporain
Exposition Générale 2026年8月23日まで開催

*日本では、財団と森美術館の主催で、2026年に森美術館でミュエックの個展が開催され、『Woman with Shopping』も展示(日本初公開 主な展示作品 | ロン・ミュエク | 森美術館 – MORI ART MUSEUM )される。

*130㎡の広さを誇る館内書店は、財団発行の美術出版物を幅広く取り揃えている。展覧会期中はチケット保持者のみアクセス可。会期外は誰でも入店できる。

Photos by La Fondation Cartier pour l’art contemporain and Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/