夜空を照らすドローンが描いたのは、古代の神々とピラミッド。
ファラオ時代の象徴を現代の光で再構築した壮大なショーをもって、エジプトは長年待ち望まれていた「The Grand Egyptian Museum(大エジプト博物館・GEM)」を正式に開館した。この10億ドル(約1,530億円)規模のメガプロジェクトは、数千年にわたる文明の遺産を、豊かで現代的なかたちで蘇らせる試みである。

古代エジプトの姿を描いたドローンライトが夜空を彩る AP Photo / Amr Nabil
20年以上の歳月をかけ、エジプトの首都カイロの郊外にある都市、ギザのピラミッドとスフィンクスのすぐ近くに建設されたこの博物館は、エジプト政府が観光産業を再興し、低迷する経済に新たな活力を吹き込むための中核プロジェクトだ。
開館式には、ヨーロッパやアラブ諸国の王族や各国首脳が集結した(日本からは、三笠宮家の彬子さまや東京都の小池知事らが参加)。エジプトのアブデル・ファタフ・エル=シーシ大統領は、「この博物館を対話の場、知の目的地、人類のためのフォーラム、そして人生を愛し、人間の価値を信じるすべての人々の灯台としたい」と語り、壮麗な夜を国際的な祝祭へと昇華させた。

開館式で、各国首脳らと記念撮影に臨むエル=シーシ大統領 エジプト大統領府広報室提供 via AP

AP Photo / Amr Nabil
世界屈指の博物館を目指して
この大エジプト博物館は、2014年の就任以来、エル=シーシ大統領が進めてきた数々の巨大インフラ計画の一つ。長年停滞してきた経済を再生しようという、国家的な野心の象徴でもある。
エジプトは長らく、古代エジプトの王たち“ファラオの遺産”によって観光客を惹きつけてきたが、その膨大な出土品を整理・展示することは課題でもあった。装飾品から壁画、神々の像まで、その数は膨大で、発掘はいまも続いている。

ハトシェプスト女王像 AP Photo / Amr Nabil
新しい博物館は、「ひとつの古代文明に捧げられた、世界最大の博物館」として構想され、広大な展示空間と、VR(仮想現実)技術を融合。約5万点の遺物が展示され、1922年に発見されたツタンカーメン王の墓から出土した財宝のコレクションが、史上初めて一堂に会し、一般公開された。
それまで展示を担っていたダウンタウンの旧エジプト博物館は、ネオクラシカル様式の建築の美しさを誇りながらも、老朽化が進み、所狭しと詰め込まれた展示は“倉庫のようだ”とも形容されてきた。
大エジプト博物館の建設は2005年、当時のムバーラク大統領のもとで始まった。しかし2011年のアラブの春による政変で工事は中断し、さらに2025年夏に予定されていた開館も、イスラエルとイランの間で起きた12日間の戦闘により延期されていた。
現在、エジプトの観光・文化遺産大臣シャリーフ・ファティ氏によれば、年間500万人の来館を見込んでいる。これは、2024年のルーヴル美術館(870万人)、大英博物館(650万人)、メトロポリタン美術館(570万人)に肩を並べる規模だという。

グランド・エジプシャン・ミュージアムで、ラムセス2世像を撮影する観光客 AP Photo / Amr Nabil
ファラオの夜に響くファンファーレ
11月1日に行われた開館式の夜、ファラオ・マニアたちの熱気がカイロの空気を満たした。オーケストラが奏でるファンファーレとともに、古代の衣装をまとった俳優たちがピラミッドとスフィンクスの周囲を彩り、数百台のドローンが夜空に、古代エジプト神話のイシスやオシリスなどの神々を描き出す——まさに天空の祭典だった。
エル=シーシ大統領は、70か国以上の代表者とともに記念撮影に臨んだ。ベルギー、スペイン、デンマーク、ヨルダン、湾岸諸国、日本などの王族が列席し、各国首脳も姿を見せた。その光景は、1869年のスエズ運河開通式で欧州の王族が集った華やかな夜を彷彿とさせた。

AP Photo / Amr Nabil
王たちの記憶、光の建築の中へ
ピラミッドを思わせる三角形のガラスファサードを持つ建物には、約2万4千平方メートルの常設展示スペースが広がる。その入り口で来館者を迎えるのは、古代最強の王のひとり——ラムセス大王の巨大な花崗岩像だ。

ミュージアムの開館初日、ラムセス2世像を見つめる来館者たち AP Photo / Amr Nabil
博物館の12のメインギャラリーには、先史時代からローマ時代までの遺物が時代やテーマごとに展示されている。今回新たに公開されたツタンカーメンの展示室には、王の黄金のマスク、宝飾品、金箔を施した戦車、玉座、三つの葬送用寝台、石棺など……5000点を超える遺物が放つ光は、来館者を時の迷宮へと誘い、皆、その壮麗さに息をのんだ。「特に黄金のマスクは息をのむほど美しく、圧巻でした」と、ギリシャから訪れた観光客、ニコラス・ヴルガラキスさんは感嘆の声を上げた。
エジプトを代表する考古学者であり元文化財相のザヒ・ハワス氏は語る。「この博物館の真髄はツタンカーメンです。だからこそ、世界中がこの瞬間を待っていたのです」

ツタンカーメン王の黄金のマスク AP Photo / Amr Nabil
経済と観光の新たな夜明けへ
政府は博物館の周辺環境整備にも力を入れ、道路や地下鉄の新設、そしてカイロ西方にスフィンクス国際空港を開港した。観光客が長く滞在し、経済に新たな外貨をもたらすことを期待している。
政治的混乱や2011年以降の不安定な情勢、そしてコロナ禍や戦争の影響で低迷した観光業だが、ここにきて再び息を吹き返しつつある。2024年には約1,570万人がエジプトを訪れ、GDPの約8%を占めるまでに回復。政府は2032年までに年間3,000万人の来訪を目標に掲げている。

アクエンアテン像を背景にセルフィーを撮る来館者 AP Photo / Amr Nabil
「観光客がホテルに泊まり、タクシーに乗り、水を買う——その一つひとつがエジプト経済を動かすのです」と現地ガイドのワリード・エル=バトゥーティさんは話す。
古代と現代、永遠と一瞬。大エジプト博物館は、文明の記憶を未来へ手渡すための壮大な時間の装置として、砂漠の光の中に、静かにその姿を現した。

ミュージアムの休憩エリアからピラミッド群を望む AP Photo / Amr Nabil
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CAIRO (AP)
By SAMY MAGDY Associated Press
